注文していたハサミが出来た。
けど時を同じくして、雨季がやってきた。
カインズパイセンが予想していた通りの大雨だ。
今頃ミリスは領内についているだろうか?
持たせたミントスプレーセットが尽きる前についてたらいいけどな。
「兄ちゃんさー、もしかして暇なの?」
「お、わかるか? これ差し入れのハーブチキンサンドだ」
「いただくけどさ」
「ミントスムージーもあるぞ」
「これも好きだけどさー」
なんだかんだ理由をつけて、俺はシャルの工房に毎日のように顔を出していた。
ハウゼンパイセンとの顔馴染み。
たった一週間バイトで同じ釜の飯を食った程度の中でしかないが、一緒にクエストを受けたという共通認識に、そこに受注主という関係性が生まれてさらに絆は盤石になった気がする。
俺がなぜこんなにも毎日何もしてないかといえば、普通に暇だからだ。
仕事はあるが、生産の都合上待ってもらってるミント製品ばかり。
バイト関連は軒並み全滅。
そもそも雨季にクエストを受ける冒険者は皆無だった。
みんな宿にこもって装備の手入れをしてるか、酒場に繰り出して飲み食いしてる。
普段冒険してる奴が副業でアイテムを販売してたり、そういうのもよく見かけた。
「で、だからって用がないのに来られたってこっちは困るわけだけど」
「そこで俺から一つ注文がある」
「お、なになに? ショートソードとかハンドアックスとかハウゼン兄ちゃんから教わってるんだよね。コーヘイ兄ちゃんならハンドアックスとかおすすめだよ」
注文する意思がある。
そう言っただけでさっきまで面倒くさそうなシャルの顔が笑顔で満ちた。
ごった返していたテーブルにスペースを開けるなり、棚にかけてあった片手で扱えそうな武器を並べてく。
この前作ってもらった採取用鋏と比べて随分とごつい。
「あー、こういうのじゃなくてな」
「え、もしかして盾? そっちはまだ習ってないんだよな」
「違う違う。そもそも俺が武器を振るう姿って想像できるか?」
「あー」
シャルは言葉では発さず、態度で表す。
腕を組んで考え、差し入れのハーブチキンサンドを咀嚼してから答えた。
「護身用に?」
「重すぎるわ、馬鹿たれ。欲しいのはこういう形した包丁だよ」
「ほうちょう……」
シャルの瞳からどんどん光が失われていく。
そんなに武器以外はショックかよ。
「ハウゼンパイセンに頼むのが手っ取り早いんだが、あの人全然捕まらなくて」
「あー、ハウゼン兄ちゃんな。雨季は仕事がないからギルドに研ぎの仕事に行ってるよ」
「仕事がない?」
街の一角に店を構えているとこの前紹介してもらったのに、おかしな話だった。
「あー、これ。あたしが喋ったって内緒にして欲しいんだけど」
シャルは俺に念押ししてハウゼンパイセンの身に起きた顛末を話してくれた。
名工ハウゼン。
ローズアリア一の名匠であり、王家御用達の鍛冶屋だった。
召喚された勇者、ユウキやシズクお姉ちゃんの装備を作ったのもハウゼンパイセンだという。
どうしてそんな人が今無職に?
それは相当に胸糞の悪い話だった。
誰が悪いかと聞かれたら、タイミングが悪いとしか言えず。
前倒しされた納期を超過した。
ただそれだけで地位の剥奪が行われた。
パレードが遅れた理由が専用装備の納期遅れという話は聞いたことがない。
国もメンツを保つので精一杯だったのだろうが、それで未来ある職人から仕事を奪うのはどうかと思う。
「兄ちゃんさ、今でこそ平静を保っているけど任を説かれた時は相当に荒れてさ。酒に溺れて見てられなかったよ。でも子供が生まれたばかりで、奥さんも身重で家族を食わせていくんだって立ち直って。本来ならやらなくていい仕事やバイトに顔を出して。相当無理してる。そもそも城の連中も無理させすぎなんだ。槍千本の受注をしておいて、息をつく間もなく勇者用の武器だぞ? 兄ちゃんは喜んで引き受けたが、精も根もも尽きてる時に取り掛かるべきじゃなかったんだよ」
シャルは憤慨たるやと息巻いて語る。
しかし俺からパイセンにかけてやる言葉は見つからなかった。
素人が職人の世界に口出しできないのもそうだが、バイト先で知り合っただけの俺がプライベートに首を突っ込むもんじゃないと思ったからだ。
「じゃあ、この仕事はパイセンに持ってったほうがいいかな」
「だね。でも結局はうちに受注したほうが早いかも」
今パイセンはシャルの実家に世話になっている。
身重の奥さんと生まれたばかりの赤子の面倒を任せているのだ。
だから仕事を受けるんなら、けえ極この工房を使うと言われて納得した。
「じゃあ、頼んだぜ。報酬はそうだな、これくらいで」
「あたしの作ったハサミより高いじゃんかよ」
提示した金額を見てシャルが唸った。
採取用鋏と包丁じゃ用途が違うだろうよ。
鍛治職人から見たら一緒なのかもしれないが。
「名工に作ってもらうんだ。金額だってそれなりに敬意を払うもんさ」
「兄ちゃんがいいんならそれでいいけどさ」
どこかでチャランポランなおっさんだと勝手に思い込んでいた。
けどそれは取り繕った内面を隠すための演技で。
本当はもっと武器に実直な男だったのかもしれない。
「探しましたよ、パイセン」
「お、コーヘイじゃねーか。どうした? 儲かった分一杯奢ってくれるってか?」
「いいっすね。たまには」
「どうしたんだ? ケチなお前がらしくねーぞ」
あんたにだけは言われたくないわ!
苦笑し、軽口を叩き返す。
「実はさっきシャルの工房に顔を出したんすよね」
「お前しょっちゅう出向いてるよな。うちの弟子が気に入ったか? ガハハ」
「っす。なのでそろそろ実用的な包丁が欲しいと頼んだんすけど」
俺は宿屋のレストランでその腕を振るっていることを公表している。
厨房の一角を任されてはいるが、まだ自分用の包丁は持っていなかった。
「あいつに包丁はまだ早いか」
「ですってね。なのでパイセンにお願いできないかなって」
「俺の仕事は高いぞ?」
「それでもいいんでお願いしますよ」
ギルドでそれとなく発注して、金に糸目はつけないと金額の上限は設定しないで、納期も自由としておいた。
「おい、納期は設けろ。俺を馬鹿にしてんのか?」
包丁一本ぐらい、すぐにできると豪語するパイセン。
「どうせ雨季空けるまで暇でしょ? 俺も急ぎじゃないんで」
「あのなぁ」
「まぁまぁいいじゃないですかハウゼンさん。コウヘイ君もこう言ってくれるんですから」
「いや、でもよぉ」
いつになく言葉を濁すパイセン。
儲け話に飛びつかないなんていつも守銭奴なパイセンらしくないっすよ。
「ったく、しょうがねぇ奴だな。まぁお前が俺の腕を高く買ってくれるってんなら。そうだな、腕によりをかけて作ってやる。完成したら震えて声が出ねぇくらいの一品にしてやるからな。あとで金額聞いてビビるなよ?」
「そこはちょっと手加減して欲しいっすね」
その日は食事と酒を奢り、気持ちよく帰らせた。
そっちこそ、俺の提示した金額でびびってなきゃいいけどな。
そう思いながら、俺は遠く離れたユウキに向けて手紙を書く。
ギルドのお姉さんからそういう話が上がったので、ちょっと検証も兼ねてあるものを送ったのだ。
これが朗報となるかどうかはパイセン次第なところもあるけどな。
「勇者様、ギルド便です」
「ああ、そこに置いておいてくれ」
「ああ、いや。ご本人様に受け取ってもらうようにとの言伝で」
「オレに?」
ユウキはギルドからの荷物を渋々受け取り、サインを書き留めると配達員を見送った。
王国の最北端にある、ここウォール領では局地的な豪雨に見舞われており、ユウキたちはここで足止めさせられていた。
「あら、ユウキさん。どちら様からですか?」
「わからないんだよね。オレ宛でって」
結構な小包だ。
開けたら手紙と他には葉っぱに包まれたサンドイッチが挟まれていた。
この大雨の中、生食を入れてくるセンス。
一体どこの誰の嫌がらせだと手紙の主を暴き、そして破顔した。
「耕平からだ!」
王国に置いてきぼりにした親友が、気になって仕方のなかったユウキは、手紙に視線を落としながら耕平らしいなーと読み進めていく。
そこで一緒に同封された生食について理解した。
耕平のミントは食べ物を保存する効果がある。
その検証として荷物を送る際に包んでカビてないかの検証をしたかったそうだ。
「なんて書いてありましたか」
「相変わらず『漢気チャレンジ』を続けてるって」
「まぁ」
「それで森でゴブリンと戦ったって書いてあったよ」
「無理をしてなければいいんですけど」
「耕平はちょっと生き急ぐ傾向にあるからね」
「ユウキさんだって人のことを言えないのではなくて?」
何度窮地を救ったかわからないぞとシズクは微笑む。
それを言われたら弱いとユウキは肩をすくめた。
「あと、オレたちの武器の姉妹品を手に入れられるかもって書いてある。『俺は置いていかれたけど、すぐに追いつくからな! 次会うときまでどっちがビッグになってるか勝負だ!』って」
「相変わらずですね」
「うん、耕平はどんな場所でも耕平だよ。オレはオレのままでいられるかな?」
勇者としてのユウキ。耕平の親友としてのユウキ。
そこに違いはないと信じているけれど。モンスターを殺して、賊を殺して。
平和な世界に必要なことだとわかっていながらもどこかで割り切れないでいる自分。
もし再会した時に「変わったな」と言われるのが怖かった。
それでも、勇者としての使命はユウキに重くのしかかる。
「勇者様、領主様が今後の方針についてお話をしたいと」
「わかった。今行く」
耕平の手紙を大事そうに懐にしまいこみ、面会の場へ向かう。
魔王復活による異常現象。
特にこの豪雨の原因を突き止めるのはユウキにとっても最重要任務だった。