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09_俺はミントと『仕事』を観察する!

 長い長い雨季が終われば、ずっと仕事ができなかった人たちがみんな晴れやかな態度で仕事に取り掛かる。

 そして俺も、完成したハサミの使い道を模索していた。


「と、いうことで採取系の仕事をしたいんすけど」

「雨季の終わりはモンスターが活発化するのよね」


 受付のお姉さんはそんなに俺に仕事をさせたくないのか、どこか上の空。

 ここ最近、外に出る系の仕事を振ると、書類仕事から目もはなさい。

 そんな日々が続いている。

 そこにハウゼンパイセンが景気良さそうな顔で話しかけてきた。


「コーヘイ! 今日も無茶な注文でアイリスちゃんを困らせてんのか?」

「あ、パイセン。よかったら今回も護衛してくださいよ」

「どっかの誰かが寄越した受注でそれどころじゃないんだわ。連れてくんならシャルのやつ連れてけ」


 しっかり忙しいアピールを忘れない。

 しかし前回シャルは大して活躍してなかったように思うが?


「シャルってそんな強いの?」

「強さはそれほどでもないですけど、植物への理解が深いですよ」


 仕事を舐めてる素人のお前よりはマシだろう。

 そんな瞳で見られて俺は黙りこくった。


「護衛依頼ってことであればお誘いできますね」

「みんな俺から金を奪っていくじゃん」

「そこを安く仕上げて命取りになってもいいのなら、どうぞご自由に」


 絶対脅しじゃん、それ。

 確かに冒険者の知り合いは少ない。

 カインズパイセンやミリスは街にいないし。

 ハウゼンパイセンは俺の注文した包丁に取り掛かってて忙しい。

 じゃあ知ってる知り合いはシャルくらいで。


「じゃあそれでいいっす」

「はい、決まりね。そこで待っててくださいね。今ご連絡いたします」


 この世界にはある程度裕福な家には電話のような通信魔道具がある。

 シャルの実家にもそれが備わってるようで、今呼んでいるところらしい。

 流石に外に出るのに装備も何もないのはあまりぬも無防備。

 俺は無防備の権化なのでシャルの姿が過剰に見えるほどだった。


「お待たせ。で、クエスト内容は?」

「こいつの使い所を探したい」

「何それ。まぁいいけどさ」


 自分の仕事の集大成を見たくないのか?

 そんなふうに意気込んでいると、背後から呼びかけてくる声があった。


「あれ、シャルじゃない?」

「あ、フレッタ。久しぶり。王立学園以来だっけ?」

「だね。そこの子は?」

「うちの依頼主。これから採取に付き合うんだよ。この街のミント製品の大手産業主だから、見た目で誤魔化されないでね?」

「あ、ミントスプレーの人?」


 知ってる! とばかりに声を上げる金髪三つ編みめがね女子。

 話を聞く限りではシャルのお友達、あるいはクラスメイトか。


「どうも、ミントスプレーの人です」

「ファンです! もっと安くなりませんか?」

「あー、それはまた難しい話だな。そもそも大量生産もしてないから」

「そっかー。あれのある無いで仕事の効率全然違うのよねー」

「仕事?」


 俺が首を傾げると、シャルが代わりに説明してくれる。


「フレッタは魔道具技師なんだよ。あたしと一緒に学園の生産科で一緒に勉強したんだ。ね?」

「あ、はいそうです。実家はそこの表通りにあるエミール魔道具店で」

「へー」


 そういえばあんまり街の中って見て歩いてなかったな。

 どうしたって知ってるところしか行き来しないから。


「そういえばフレッタ。今暇?」

「暇かそうじゃないかでいえば、そこまで用事は立て込んでないけど」

「ヨシ、じゃああんたも来なさい」

「えっと、これなんのパーティです?」

「採取クエスト。まだどれを採取するかも決めてない」

「えーと?」


 意味がわからないという顔。

 まぁそうだろうな。

 なんせ目的はシャルに作ってもらった採取用鋏の試運転がてらで、どれに使った方がいいかをこれから調べるんだから。

 説明をすれば合点が行ったかのようにフレッタは頷く。

 要は金持ちの道楽であると言うことに。


「なるほど、そういうことでしたら私もお手伝いできるかもです」


 ヨシ! 護衛もう一人ゲット!


「おねえさーん、護衛もう一人追加で」

「はーい」


 俺が受付に呼びかけると、だべり相手のお姉さんが護衛依頼の人数を書き足した。

 そこに記された報酬を見てフレッタの目玉が飛び出る。


「え! え? こんなにもらえないよ」

「いいのいいの。どうせ俺は非戦闘員だし。護衛を頼む以上危険はつきものだ。その上植物知識もない。長時間拘束するんだし、これくらいの手当はあって然るべきだろ?」

「観念しな、フレッタ。コーヘイ兄ちゃんはとびっきりの世間知らずだ。その上で金払いがいい。このチャンスを逃す手はない。あたしはもう諦めた」

「そりゃ、お金はあればあるだけありがたいけど」

「ヨシ、それで決まりだな。失敗は気にしなくていいから。気楽に行こう」

「変な依頼ですね。こういうのはもっとこう、絶対に失敗できないから意気込んでやれよとかいうところじゃ無いです?」

「兄ちゃんにそれを期待しない方がいい。この街切手の変人だからな」


 こら、そこ。誤解されるようなことを言うんじゃありません!


「いってらっしゃい。暗くなる前に帰ってきてくださいね?」

「ガキじゃ無いんだから」

「私からしたら子供ですよ」


 それ、一生年齢差埋まらないやつじゃん!

 やいのやいの言いながら出立。

 そして冒険慣れしてる護衛の実力に早速驚かされた。


「まずはこっち。探してるのはフローラの苗木、トレントの枯れ木、マンドラゴラの蜜でよかったよね?」

「それって危険度的にどんなもんなの?」

「全部駆け出しが一人で集め切れるものかな」

「学園での日課でよく集めて回ってたねー」

「早速お出ましかな。兄ちゃん、下がってて」


 シャルが血気盛んに片手斧を構える。

 フレッタが杖を振り上げて、下ろした。

 それが戦闘開始の合図だった。


「付与術・フレイムエンチャント」


 フレッタの魔法でシャルの構えた手斧が赤熱する。


「唸れ! 斧術・トマホーク!」


 放り投げられた赤熱した手斧は、木々の隙間を縫って現れた大木モンスタートレントにクリーンヒットし、その体を爆発させた。


「よし!一発成功」

「お見事!」


 え、この世界の一般人強すぎない?

 ていうかスキルみたいなもの使ってた!

 いいなー。俺も使いたい!


「何その術みたいなの。俺も使えるかな?」

「え? どうかな。歩む宿命によるとしか」

「うん、そうですね。シャルは鍛治職人だからそれに付随する斧術、槌術が使えるね。私は魔道具技師だから付与術とか簡単な魔法は扱えますけど、コウヘイさんは?」

「ミント栽培だな」

「じゃあそう言うことだと思います」


 レベルが上がらなければステータスも伸びない。

 その上でスキルも絶望的なんて、完全に詰んでるじゃねーか!

 手紙ではユウキに「すぐ追いつくから待ってろ」とか偉そうなこと言っちゃったし、どうすんだよ。

 まじでここから成り上がる手はないのか?


「兄ちゃん、人には得手 不得手があるって。実際、あたしは鍛治以外からっきしだ。それを言ったらフレッタも魔道具技師以外にゃなれない。でも兄ちゃんは違うじゃん。ミントでみんなを元気にしてる。これはあたしたちにはできないことだと思うけどな」


 シャルに言われて、それもそうだなと思い直す。

 確かに俺は武技や魔法を使えない。

 でもミントは誰よりも巧みに扱える。

 ユウキに追いつくには外部の力じゃダメだ。

 このミントの力で追いつかなきゃな。


 そう覚悟を決める横で、フレッタがシャルの装備を素直に誉めていた。


「それにしても、さっきの手斧すごかったね。おじさんに作ってもらったの?」

「自作。あたしもいつまでも駆け出しじゃないからなー」


 経験を積んでんのよ、経験を。

 そう言って自分の腕を捲っては叩いた。


「言うじゃない。学園で成績ギリギリだったくせに」

「卒業できさえすれば問題ないの!」

「学園か。やっぱり宿命ごとに教わる教科が違うんだ?」

「まぁね」

「でも生産科は一纏めだったよね」

「それなー。やっぱり花形は戦闘できてなんぼだよ。あたしらはせいぜい課題の素材集めできる程度だもんな」

「ねー」


 これだけ戦えても、まだ下から数えた方が早いとか……恐ろしすぎんだろ、異世界。

 ハウゼンパイセンもまぁまぁ強い方だと思ってたけど、もしかして俺の認識がずれてんのか?

 冒険者って、いったいどれほどの化け物と戦わせられるんだよ。

 俺を置いて旅に出たユウキたちが心配になってきた。

 それと、年下に戦わせてばかりでいい加減自分もなんとかしなきゃって言う気持ちも湧いてくる。


「ヨシ、ここで休憩だ。動き回って疲れたろ?」

「いえ、荷物は持ってもらいましたし。なんならもう小一時間頑張れますよ。これじゃあ報酬に見合わないっていうか」

「え? だって二時間以上歩き通しだぞ?」

「兄ちゃん。うちらはまだ若いから活動時間が長いんだ。ハウゼン兄ちゃんとかと比べたらダメだぜ?」


 確かにあの人、しょっちゅう休憩入れてたな。

 でもシャルだって普段はもっと頻繁に休憩するじゃんか!


「あのさ、鍛治してる時としてない時では集中力も労力も違うからな?」

「がーん」


 それはそう。なんで気づかなかったんだ、俺は。


「コウヘイさんて面白い人ですね。ミントで荒稼ぎしてるって聞いた時はもっとケチな商人だと思ってました」

「ひどくない?」

「兄ちゃんはもっと需要に対する供給を学んだ方がいい」


 二人してボロクソ言われた。

 けど、なんだかんだ俺の用意したサンドイッチは完食してた。

 大丈夫とか言っといて、お腹空かせてんじゃねーかよ。


「ごちそうさまでした。こんなに美味しいお昼が出るとは知らず、用意してきちゃいましたよ」

「兄ちゃんはバトルはからっきしだけど飯はうまいぜ?」

「そのセリフ、普段世話になってなきゃ出てこないものだよ?」

「ちげーし、兄ちゃんが勝手に持ってきたのを仕方なく食べてるからだし!」


 フレッタがジトっとした視線をシャルに送った。

 シャルは慌てふためきながら撤回を要求している。

 仲がいいよね、この二人。軽い疎外感を感じながら帰路に着く。


「今日は色々ありがとうございました。また機会があったらお誘いください。暇じゃなければお付き合いできますので」

「うん、またね」

「じゃあな、フレッタ。おばさんによろしく」

「では」


 俺たちにお辞儀をしてフレッタは店の方角に向かった。


「魔道具のお店ねー。あとで行ってみるか」

「一見さんお断りだよ」

「えっ 今日結んだ縁でなんとかは?」

「無理じゃないかなー? あたしもそうだけど、フレッタも店の主人ってわけじゃないし。あと、魔道具は安くても100ゴールドからだし」

たっか!」


 今の俺の稼ぎで買えるものは何もないと遠回しに言われて、ちょっとだけショックを受けた。

 流石に消耗品にその値段はぼったくりを疑うレベルだった。

 でもそれがあれば、無力な俺でも戦闘に参加できるかもしれない。

 そんな気持ちがむくむく湧き上がる。

 どこかでコネが繋がってくれないかなぁ、とかなんとか思いながら、俺は宿に帰って明日の販売分の仕込みを始めた。


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