「座りすぎてケツ痛ぇ」
「わははは、旅に慣れてない奴の特徴だな!」
「パイセンは随分慣れてる感じじゃん」
鍛治職人が旅慣れしてるのはおかしいだろとツッコミを入れる。
カインズパイセンは冒険者だから納得できる。
けど完全に仲間意識を向けた相手から裏切られた気分だ。
「俺だってこの地位につくまでそれなりに苦労したんだぞ? それこそあちこちの職人に頭下げにいって弟子入りしたりさ。一朝一夕で腕は上がんないんだわ」
「へー」
ウォール領に向けて出発したはいいが、道中あまりに暇すぎてハウゼンパイセンと駄弁って過ごすこと二日。
特にこれといったイベントもなく、舗装されてるとはお世辞にもいえない道を走り、ついに尻が悲鳴を上げた。
「と、いうわけでこれをこう!」
俺は即座にズボンからミントを生やしてクッションにした。
尻が痛い? 椅子が固い?
そんなものは俺のミントの前には無問題!
ミントを生やした場所は、なぜか痛みがなくなっている。
生やすだけで傷が癒えるのは明らかにおかしいが、今更だな。
俺は考えるのを辞め、ふかふかのミントクッションで椅子に座り直した。
「あぁ、楽ちんだわ」
「お前から生えるミントだけ異様に頑丈なのずるいよな?」
「むしろこれ以外に取り柄がないんですが?」
「お前がそう思ってるだけだろ。ほら、包丁貸してみろ。メンテナンスしてやる」
「別に壊れるような扱い方してないぞ?」
「暇なんだよ。作業してれば時間は潰せる」
「そういうのは俺の使用率の低い包丁よりもさー」
護衛にきてもらってる冒険者の武器とかをやるのが筋だろうに。
「そっちは全部終わってるんだわ、モンスターと出会ったわけでもないのに、刃が溢れるわけねーだろ」
パイセン曰く、使用率が高いのは俺の包丁らしい。
それはそれでどうなんだ。
「コーヘイ、今日はここまでだ。飯の準備を頼めるか?」
「任せてくださいよ。つーわけで、包丁返してくださいよ」
「チッ。これからいいところだってのによ」
見れば、包丁はバラバラに分解されていた。
柄の部分と刃の部分だけかと思いきや、見えないところに文字が刻まれていた。
「それがルーン文字って奴っすか」
「ああ、あんまり乗っけてることは大広げにいうんじゃねーぞ? 一応秘伝だからなこれ」
「そんなのを包丁にくっつけないでくださいよ」
「ただの包丁に法外な値段をつけた依頼主がいたんだよ。ほらよ、できたぜ。美味い飯を頼むわ」
「素材採取班次第なんすよね、パイセンは調理器具のメンテナンスとかしたらどうっすか?」
「まぁな、それも得意っちゃ得意だが」
メンテナンスという名の分解を終えて手に取った包丁は、渡した時よりも随分と手に馴染んだ気がした。
「あれ、何かしたっすか?」
「少し重心が歪んでたな。軽く叩いて直した」
「うわ、全然気づかなかった」
「たまにメンテナンスはしとけ。知らんうちに歪んでいる。気がついた時には手遅れってことも結構あるぞ」
「見てわかるもんなんすか?」
「俺くらいになればな」
ドヤってるパイセンを尻目に、俺は料理の腕を振るう。
臭み消しにミント! 香り付にミント! 血抜きにミント!
香り付けにミント! ミントのエキスに浸した肉を鉄板焼きで豪快に焼く!
ミントづくしの料理の完成だ!
それをミントペーパーで包んで全員に配る。
これに包んでおけば、保温に某カビにありとあらゆる恩恵がある。旅のお供に持ってこいだ。
「お前の包丁、色々突っ込みたいところはあるが便利だよな」
「羨ましかったら作って貰えばいいじゃないっすか」
制作者と一緒に旅してるんだから、いうだけならタダでしょ?
そんなふうに問い掛ければ、カインズパイセンは盛大にため息を吐いた。
「あいつは何だかんだ足元見るだろう? 俺が発注して同じ値段で引き受けてくれる可能性は限りなく低い」
「あー」
肩書によっては金額ふっかけそうなイメージあるもんな。
頷きながら俺もワニのハーブ焼きを口に含む。
臭みを取ったら鶏肉だな。これはこれでうまい。
「そういえば、ウォール領ってあとどれくらいかかるんすか?」
「もう入っているぞ?」
「えっ」
森に入ったなと思ってから景色が一切変わってないから、もっとかかるのかと思っていた。
「先に言っただろう? ミントだらけになっていると。おかげでランドマークとなる建物全てがこの有様でな」
「あー」
これ、森じゃなくてもしかして街だったってオチ?
にしたって仕入れてくる肉はワニなのか。
森にいるって話は聞かないが。
近くにでかい川でもあるのかな?
「泥沼に沈んだ街からこれだけ人の生活圏を取り戻してくれたことには感謝の限りだが、この前出た時よりも随分と生い茂っているな。なんとかならないか?」
「うーん」
俺はミントに指示を出す。
道を示せと命じれば、足場ができた。
「さすがだな、ミントの宿命」
「ダメ元でもやってみるもんすね」
「なんかこういうのは直感でわかるもんじゃないのか?」
「普段、周囲をこんなミント塗れにしたら怒られるのが普通なんすよ。試す機会がそもそもないみたいな?」
「それもそうだな」
軽く談笑しながら、これからは俺が御者に相乗りする。
俺が命令を出せるのは、視界に入る景色のみ。
今まで通り荷馬車の後ろでハウゼンパイセンと駄弁っているだけじゃ、馬が機嫌を損ねる回数を上げるだけだと聞いた。
なんか頻繁に馬が止まると思ったら。
「また馬蹄にミントが詰まってる。一度休憩だ」
こういうことだった。
ミントが詰まるって何? と思ったら、俺に対しては無害なミントも、それ以外には有害であるらしいこと。
特に踏みつける重さが強ければ強いほど攻撃性が上がるらしい。
馬は荷車を引く都合で地面を踏み締める力が強くなる。
それがミントに攻撃性が拍車をかけていたと。
「パイセン」
「なんだ?」
「俺、そこの馬にミント生やしていいっすか?」
「お前、俺の話聞いてたか?」
「いやいや。地植えしたやつと、俺が直接生やすんじゃ格が違うんすよ。ちなみに俺は尻から生やしてその場に座れる男っす」
「お前のミントも大概おかしいよな」
「それ、料理の時に振る話だったんじゃないっすか?」
「ハーブとしての実力は知っていた。それだけだ」
「あちゃー」
「やるだけやってみろ。それで馬が嫌がらなかったらそれでいい」
許可をもらい、早速実行。
「ヒヒン♪」
「なんか気に入ったみたいっすね」
やっぱり仲間意識を芽生えさせるのが一番だな。
足元のミントからも受け入れ体勢が整った。
しかしそれに納得がいかない相手が一人。
パイセンだ。この非常識な現実を前に頭を抱えていた。
「嘘だろ。なんで足からミント生やしただけでその上に乗れるようになる?」
「これは俺も不思議なんすけど、どうもミントの中で仲間意識が生えるみたいなんすよ。こんな感じっす」
俺はその場で包丁を落とす。
するとミントをさっくり切り刻み、地面に突き刺さった。
これが普通の状態だ。
「で、これにミントを生やします」
もう一回地面に落とす。
するとミントがトランポリンのように弾んで包丁が俺の手元に帰ってきた。
「俺の中でわかってるのはこれくらいっすね。ちなみにこんなこともできるっすよ」
荷馬車全体にミントを生やすと、軽く押すだけで荷馬車がミントの上を滑っていく。
「俺はこの機能を使って荷物持ちをしてた時期がありますね」
「理解はできんが、便利だな」
「あんまり深く考えないことをお勧めするっす」
「なんなら荷馬車が必要ない可能性も?」
「人は運べないんすよね、これ。俺は運べるけど、他の人はダメだったっす」
「じゃあ馬車は必要か」
「っす」
なぜ馬車に生やして馬車が浮くかの理屈はわからない。
そんなこと言ったら俺のミントはわからないことばかりだ。
「で、どうします? もう出発します?」
「他の奴らには俺から通達しておく。あとはそうだな、領主邸を探すことを頼みたい。できるか?」
「俺、その領主邸がどんなのか知らないんすけど」
「俺が知ってる。まずはミントをうまいこと退けてくれ」
「っす」
馬は走り出し、荷馬車はミントの上を滑ってく。
なんだったら馬も滑り出し、ブレーキが全く効かなくなった。
その度に俺が制御して止めているのだが。
「コーヘイ」
「なんすか?」
「ついでにブレーキ役も任せていいか?」
「あー」
ミントはよく滑るからなぁ。
俺は快諾し、パイセンに道案内を任せた。
馬車はミントの上を爆走した。