最初は言われるがままに始めた商会の仕事。
本当はもっと多くの失敗を経験すると思っていたけど、そんなことはなく毎日楽しくやらせてもらってる。
それは領主のアルハンド様もそうだけど、やはり一番の助けはアスタールさんが俺の専属秘書を申し出てくれたからだと思う。
元勇者パーティの一員だったこの人は、俺に何を見出し、接触してきたのだろうか。
今では切っても切り離せないこの偉大な人物の目的を知りたいと、俺の商売人としての勘が告げていた。
「はて、私めのお話ですか?」
「そう。なんで俺に協力してくれる気になった、とか」
「人柄に惚れ込んで、というのではお気に入りませんか?」
「ちょっと無理があると思うんだよね。正直、俺って普通じゃん?」
「普通?」
おい、なんでそんな不思議そうな瞳を向けるんだ。
普通じゃないか。
え、もしかしてそう思っているのって俺だけ?
「いや、ミントはおかしいけど、俺の中身の話」
「あぁ」
納得されちゃった。
悲しい。
「いえいえコウヘイ様はとても素直で優しい方ですよ。本来はそういう方なのでしょう。こちらの世界においては、その素直さを維持できる方のほうが貴重。かつてこの国に来た勇者様方も立派ではありましたが、すぐに染まっってしまいましたからね」
「へー」
ユウキもそういうのに染まっちゃうんだろうか?
ちょっとだけ心配だ。
あいつは俺の前でだけカッコつけてるけど、中身は気の弱い女の子だかんな。
強いから大丈夫、だなんてことは絶対にない。
俺がそばにいてやんないと、いつボロが出るか心配だった。
そのためにも俺がこの世界であいつの横に並べるくらいにはビッグになってなきゃなんだけどさ。
「コウヘイ様はかつての旦那様と同じ雰囲気を持っています」
アルハンドさんのお父さんのお話だそうだ。
本名は百園勝という人で、俺たちと同じように通学中にこっちの世界に召喚されてしまったらしい。
他にも『剣聖』と『神官』『賢者』などが居たけど、旦那様は『家事手伝い』の宿命を歩まれたそうで。
なんつーか、共通点のある宿命にとてもシンパシーを感じる。
「家事手伝いは、流石に非戦闘要員じゃないんすか?」
「そこは持ち前の行動力でなんとかなさっていました。他の方は旦那様がいて、ようやく回るダメ人間たちでしたので」
「あー」
なんとなくその情景が思い浮かぶ。
それを言ったらユウキは料理全般が苦手で、部屋の掃除こそするが家庭的か? と聞かれたら疑問が残る。
シズクお姉ちゃんは、ほら、あれだ。乙女の秘密が多すぎて、俺に詳しい事情は語ってくれなかったからな。
きっと汚部屋の住人だったに違いない。
「なんかそれ、わかる気がする。俺は一緒にいて、身の回りの世話をすることが多かったんだ。でもこんな能力だからさ、先に信用が潰えちゃって」
「それは本当に信用が潰えたのでしょうか?」
アスタールさんが妙に目を光らせて尋ねてくる。
確かにあの突き放し方はおかしいなとは思っていたけど、ミント被害を察するにそうされてもおかしくない状況ではあった。
「実はかつて旦那様も似たような理由で袂をわかったというお話を聞いています」
「その時は?」
「どうせ自分の心配をしているだろうから、と追放を一身に受け止め、むしろ自分の存在がいかに大切かを理解するほど大きくなってやる、と」
「あー」
状況どころか性格までそっくりでびっくりした。
「今のコウヘイ様と同じですな」
「なんとく理解した。でもさ、それだけで今まで支えていた家を出る覚悟なんて出てこないでしょ。俺の商品が転機だったって聞くけど」
「いやぁ、ははは。これはあまり誰にも話したくはないのですが。そこまで知りたいというのなら、お話ししましょう」
アスタールさんは俺の作ったというその商品に出会うまで希望もなく、ただ寿命が尽きるのを待ってるだけの老耄に成り果てていた。
ちょっと信じられないくらいの衰え具合だ。
その原因は髪。
毛根が、びっくりするくらい後退していって、表に出るのが恥ずかしいとのことだった。
「今思い返してみると『神官』八代みゆき様の代償がそれであったのではないかと」
「代償?」
「瞬時にして裂傷していた傷の回復、欠損の回復。中には瀕死まで追い込まれたものが息を吹き返したという伝承まであります」
アスタールさんは発見が遅れていたら死んでいたぐらいに疲弊していたという話だ。
それから縋るようにして助けてもらい、見習いとしてパーティに参加した。
頼りにして欲しくて結構な無茶もした。
無事魔王を討伐し、当時のおまけ勇者、百園勝の専属秘書として貴族の一員になったらしい。
そこまでは順風満帆。
翳りが出始めたのが、40代後半からと。
そこからは若々しい肌はくすみ。
毛根は徐々に後退。
一気に老け込んだとか。
「その時には神官の魔法の代償だって気づかなかったんすか?」
「大恩ある方にそんな不躾な質問などできませんよ。その頃から体調不良を隠すようにスキンケアで肌を整え、カツラを被る生活を送っていました」
聞くも涙、語るも涙の生活だったらしい。
そんな折に出会ったのが俺のミント商品。
選りによってミント洗剤の方だった。
スプレーとちゃうんかい。
いや、ワックスと言っていたからそっちかなとは思っていたけど。あれは油汚れを落とすやつで、髪を生やす効果まではない。
多分。俺も詳細をよく知らないんだけど。
「最初こそ偶然でした」
それはほんの些細なミスから始まったという。
年中気落ちしっぱなしのアスタールさんはうっかりミスで手にミント洗剤を付着させたままで髪のお手入れをしてしまった。
そんなうっかりあるぅ?
とか思いつつも話を聞いていたら、パウダーが、育毛剤と混ざってかき集めたのち塗りたくっていたら、今迄復活の兆しを見せなかった毛根がみるみる元気になり、カツラをかぶらなくても良いくらいまで状態が回復したらしい。
なるほど、既存製品と混ぜたんだ。
そりゃ俺でもわからないわけである。
「それからは秘密裏にその洗剤を買い足し、育毛剤に混ぜて使用しております。若き日の毛質に戻ってきており、60を超えてなお前向きになれる元気をいただきました。コウヘイ様には感謝してもしきれません」
「お、おう。よかったですね」
「コウヘイ様も、若くしてそのように髪を痛めてばかりですと……」
アスタールさんが脅すように、カツラを被る仕草をとった。
俺のこれがヘアカラーであると理解しての脅しだ。
怖い。
「なら、それも売りに出す?」
「今はやめておきましょうか」
あ、この人技術の独占するつもりだ。
「どうしてっすか?」
「こんなのが表に出れば、暗殺者を放たれかねません」
「えっ」
「コウヘイ様のことですから、ことの大きさをご理解できていないでしょうが……ゴニョゴニョ」
そっと耳打ちされる。
しかしその内容の恐ろしさに首を縦に振るしかなかった。
この世界の裏家業には、ただ命を奪うだけじゃなく、毛根の勢いを衰えさせてやる気をなくす秘術があるという。
最初はその線を疑ったが、裏を嗅ぎ回ってた族は全員殺してきたと宣言したアスタールさん。
それくらい髪に対する執着はでかいらしい。
もしこれが表に出れば、それで飯を食っている裏家業が俺を殺しにくるかもしれないと。
本当かなぁ?
「今はまだコウヘイ様はお守りが必要なほどに弱々しい」
「はっきり言うじゃん」
「それくらい危険ということです。どこに裏の人間の耳があるかわからない状況ですから、商品登録はしないほうが賢明です。でもそうですね、勝手にそういう裏技的な利用法があるという噂は流していいかもしれません。もちろん、なんの効果もないように工夫する必要がありますが」
「すっごい念入りな計画じゃん」
「こんなの誰にも教えられない、という私の覚悟を感じ取っていただきますれば」
「お、おう」
すんごい血走った目で見られた。
こっそり誰かに教えたところで足がつくそうだ。
教えられるなら教えてやりたいところだが、俺が成長してからでも遅くはないと念押しされた。
とにかく情報が漏洩するのだけが怖いとのこと。
だから教えるにしたって、信頼のおける、絶対に裏切らない人だけと言われた。
毛生え薬はこの世界において、とっても製造が難しい薬品の一つに挙げられるらしい。
そりゃ作ったら殺されるかもしれないんなら、誰も作らないか。
「育毛剤との違いは?」
「その効果があまりにもはっきりと目に見えてわかるからです」
それは問題だね。
つまり育毛剤にはそれがないと。
殿様商売じゃねーか!
ともあれ、どうしてこんな優秀な人材が俺についてきてくれたのかとてもよく理解できた。
「あわよくば、世界の名だたる、ちょっと頭部の後退で困ってる人をこれを理由に仲間に引き入れられるってわけだ?」
「良い着眼点をお持ちですな。この話を聞けば、今はやる気をなくしており、各所から不要と断じられる優秀な人材を引き抜くことは容易いでしょう」
「じゃあ、俺がより強大な力を得るためにも、そんな人材を集めないとな」
「選別は私めにお任せください」
「そうだね、そこはアスタールさんにお任せするよ」
そういうことになった。
そして俺たちは、二週間後。
新たな従業員を獲得するために砂漠の街に訪れた。