頼りになりすぎる親友、耕平の力を借りることで、オレ達は街の被害を最小限に抑える作戦を開始する。
「シズク姉ちゃん、頼む」
「わかっています。みなさんに加護のバリアを張ります。ここにいる限り開い物の心配をする必要はありません。ですがそこまで長くは持ちません。今は皆が武器を手に取って戦う時です。勇者様もいますので勝てる戦いでしょう!」
「「おおおおおっ!!」」
こういうところが心強い。
オレはどうにも一人で抱え込もうとしすぎるきらいがあるからな。耕平にも何度突っ込まれたことか。
「勇者様!」
「ご指示を!」
「オレが血路を開く。皆は続け!」
「ハッ!」
領主お抱えの騎士団長が後に続く。
数はあまり多くないが、今は一人でも戦力を持っている人が必要だ。
耕平は言った。
『俺はばらけさせるのに集中する、あとは任せる』と。
昔からアイディアだけはオレの上をいく男だ。
そういうところに惚れ込んでいる。
漢気勝負だなんてものに引っ張り出された時は、ひたすらに困惑したものだが、まぁあの頃の引っ込み 思案だった私には程よい刺激だったのは確かだ。
剣術道場の生まれで、身長が高く、女子らしくないと言われた当時。私はクラスで孤立していた。
その頃かな? うちの道場に習いにきていた耕平と出会ったのは。
結局すぐ辞めてしまったけど、その頃からの縁で、今も付き合いがある。
『お前、女子だけど背が高くてかっこいいよなぁ、俺も剣術習えばお前みたいになれると思ってたんだけどよー、ダメだったわ』
私の持つコンプレックスを羨ましいと。
はっきりとそう言われた。
『でも女の子は背が低い方が可愛げがあるんじゃないの?』
『ばっか、お前。それは自分より背が高い女子が気に入らないだけだって。男の傲慢だよそれは』
それを聞いた時、なんだ、そういうことなのかと超速理解。
私の周りにやたら敵が多いのは、みんなこの身長を羨んでいただけなのか、と腑に落ちたものだ。
『耕平君はさ、私と一緒にいて変な目で見られてない?』
『どっちが女かわからなくなるって』
それはそう。
耕平は名前を聞かなければ女子と交われる程度にはカワイイ顔つきをしている。
そういえば植野家は女系家族でお姉さんと妹さんに囲まれて暮らしてるとか。
やっぱり生まれた場所に関係してるとかあるのかなと当時は思ったものだ。
『なぁに、それ』
『俺はさ、もっと男らしくなりてぇんだよ。だからユウキ、頼む! 俺がどうすれば男らしくなれるか指導してほしい!』
『それ、女の子に聞くことかな?』
『俺はユウキみたくなりてぇんだ。漢気勝負だ。もう見た目でカッコよくなるのは諦める。でも、心では男らしくありたい!』
それから、私と耕平君の不毛な、ちょっと馬鹿らしくなるほどの戦いが始まったんだっけ。
それが何の因果か、知らない土地で『勇者』だなんて呼ばれるようになって、今もまたこうやって頼られている。
あの頃の勝負は、耕平の中でまだ続いているのだ。
それが、
「ふぅ」
息を吐く。
敵の数はいまだに増え続けている。
正直、人間を相手にするのは怖い。
ここに来るまで、何人もの盗賊を相手にしてきたけど、どいつもこいつも生かしちゃおけない極悪非道のクズだった。
どこかで前世を求めても、悪に染まった人間はもう救えないところまで来てしまっている。
『勇者』の使命は『魔族』によって変質化させられてしまった人類の救済にある。
武力を『勇者』が、魂の救済を『聖女』が実行する。
それが王国の歴史。
なぜ皆手を取り合うことができないのか。
どうして傷つけあうのか。
世界が不安に満ちているから。
いつ働き口を失うかわからぬ恐怖。
そこを『魔族』がつけねらう。
教会曰く、外したくて道を踏み外しているのではない。
『魔族』がそそのかして道を外すのだ、と。
誰かが道を外した者を救わなければならないのだと。
オレの『宿命』がそう訴え続ける。
「勇者様、緊張しているんですか?」
「あんたは確か」
「俺はただの冒険者上がりですよ。今はミント商会の従業員ですがね」
「カインズだったか?」
「ウォール領のアルハンドの元冒険者仲間の、ね」
「先代勇者のご子息だったと聞く。やはりこの世界に呼ばれた者は」
「元の世界に帰れたなんて話は聞きませんね」
「そうか」
呼ばれた時には鬱陶しく思ったものだけど、やはり帰還の術はないのかとどこかで希望を打ち砕かれた気がした。
勇者が子を残すというのはそういうことだ。
王国は勇者やその仲間に爵位を与え、国に取り込む。
そうやって歴史を続けている。
そこに自分も加わるのか、と少しだけ嫌になっていた。
爵位なんてどうでもいい。
ただ普通の女の子として耕平のそばにいたかっただけなのに。
「うちの旦那が心配ですか?」
「なぜそう思う?」
「見ていて心配する人は多いんですよ。だが、一回あの破天荒さを目の当たりにした人物は『あいつに任せておけば大丈夫だ』みたいな謎の信頼を得る。勇者様もみたでしょう? ミントで列車を作った。家を作った。何だそれは、みたいに」
「ああ、本当に出鱈目だ。耕平らしい」
「そうです、うちの旦那はどこかおかしいんです。その時張り合いに出てくるのは決まってあなたです、勇者様」
「オレが?」
「負けてられませんよ?」
「言ってろ」
ああ、そうだ。耕平はいつもこうやってオレを戦いに巻き込む。
漢気勝負だなんだと理由をつけて。
だがそれで、覚悟が決まった。
「数はどこまで膨らんだ?」
「地図を出します。口頭で説明してもいいですが、この場合は目で見た方が早いと思いまして」
カインズは魔道具を持ち出して、足場に布を敷き、そこに戦況を投影した。
恐ろしい精度だ。
布には街を上空から見た俯瞰図。そこになのある盗賊の賞金額が順に並べられた。
「雑魚の数が多いな」
「そこらへんの連中に声をかけたんでしょう。アレは肉盾ですよ。本命はバックで成果を高望みしてるでしょう」
「胸糞の悪い」
「間違いなく、バックに魔族がいますね」
「わかるのか?」
「うちらの世代はあいつらのやり口には詳しい。伊達に『舜滅』だなんて呼ばれてないことをお見せしましょう」
「二つ名だったか?」
「勇者が不在の時代にゃ、そうやって名を売る連中が多くいたモンです」
その瞳は多くを語らない、が。
別に名乗りたくて名乗ったわけじゃないと物語っていた。
魔族とはそれほど悪質な存在なのだろう。
それを払う術を持つ『勇者』がありがたがられるのもよくわかる。
「それは頼り甲斐のある」
「来ました。距離は120。一匹足の速い奴がいますね」
戦場の狼煙が上がる。
土煙を巻き上げて、突撃をしてきたのは獣混ざりの兵士だった。
「獣人まで道を外したか、厄介な」
遠見の魔道具を使って舌を打つカインズ。
「獣人か、何人か見たがそこまで厄介か?」
王国民や冒険者にも獣人は多くいる。
しかし耳や尻尾程度で人間とさほど変わらない個性でしかなかった。
「獣人が道を外した場合、野生に帰る。かつて獣人は魔族の奴隷だった名残でな。今は人類が解放してその頃の力を失いかけてるが」
「魔族によってその力が復活した?」
「あそこまで変わっちまったらもう元には戻せないだろう」
酷い話だ。
「聖女の力でも?」
「難しいだろうな。魔族がどうして人類の間で嫌われてるか知ってるかい?」
「いや、感情的なものだけではないくらいだな」
「人が生きていくための希望を打ち砕いて遊んでるのが魔族だよ。あいつらは俺たちがどうすれば苦しむかわかっていてやってくる」
「ならば元に戻す方法など?」
「残しておいてくれる訳がない、と言いたいところだったが」
カインズは「話が変わった」と声のトーンを落とした。
「うちの旦那が何とかしてくれるかもしれない。後方支援は任せて、俺たちは露払いしましょうや」
その姿が掻き消える。
跳躍に近い駆け出し。
数瞬のうちに街に沸いた盗賊をのしていた。
「悪い、何人か撃ち漏らした」
「問題ない!」
倒しても、元に戻せないのではないかという不安はもうなかった。
耕平なら何とかしてくれるかもしれない。
あいつはいつだってそうだった。
何かにつけて私の希望になってくれた。
「魔の囁きに耳を貸した哀れなものたちよ。今代勇者の名において、今日ここでオレに出会った不運を呪え。アーカイブ」
広範囲索敵の魔法。
魔族かそうでないかの識別をする魔法。
街の住民は全てクリア。
それ以外は盗賊と認識する。
伊達にこの街に長く滞在していたわけではない。
「クリアジャッジメント」
晴天の霹靂。
突如晴れ渡った雲ひとつない空から落雷。
直撃した人たちが倒れ伏す。
もし街で取り扱っていない盗品の武器などを持っていたら、ダメージはさらに加速する。
まさに正義の制裁である。
しかしこれは時間稼ぎだ。すぐに動き出すだろう。
だが、カインズはこの一瞬を天からの采配だと認識。
その恐ろしい速度で一瞬のうちにロープで縛り上げた。
『舜滅』
その二つ名の異名をこれでもかと理解した。
魔族なら殺し、魔に唆されたものも殺してきたからこそついた異名。
だが、救えるかもしれない希望と出会い、殺さなくてもいい道に辿り着いたからこその変化か。
耕平はこんな異世界でも己の道を信じている。
仲のいい人なんて一人もいないだろうに。
本当に負けてられないな。