『ぐぅうるるるるぅあああ!!』
飛びかかってくるデイビット。
大きく振り上げた両腕は、勢いよくユウキの体を切り刻もうと振り下ろされる。これを軽いステップで状態を逸らし回避して、返す刀でデイビットの鱗を掠める。
ギャリリリィ!
舞い散る火花。まるで金属に叩きつけたような感覚が腕から伝わってくる。
これが本当に生物の皮膚なのか?
すべすべとした鱗からはもはや人だった面影すら残さないほどに醜い変化を遂げていた。
金色の眼光がユウキを射抜く。
その場に縫い付けられるような威圧があった。
デイビットはその場で大きく息を吸い込み、ブレスの構え。
灼熱の吐息が吹きかけられる瞬間、勇気は金縛りを脱却。
大きく飛んだすぐ横を砂漠を溶解させるほどの熱量が走った。
勇者の加護がなければ大火傷を負っていたことだろう。
そして事前回復が、軽い火傷を回復。
ジクジクした痛みを勇気で振り払い、ユウキは剣を構えてデイビットに飛びかかる。
勝てる見込みはある。
だがそれは相手を殺し尽くしてしまうこと。
相手が人間だと理解していながら、それをするのは果たして勇者のすることか。
『……俺を、殺してくれ』
声がした。
まだ正気がある。
いや、魔族のことだ、
胸糞の悪くなる思いがユウキの胸中を駆け上る。
一瞬のためらいがデイビットの攻撃の幾何機をやった。
伸びた腕がユウキのエクスカリバーを掴む。
膂力勝負では分が悪い。
「電撃よ、走れ」
ライトニングの魔法。
デイビットはたまらず腕をクロスしてガード。
しかし電気に防御は意味をなさずデイビットを通り抜けていく。
どれほど強靭な鱗に守られていようと内側から焼かれ、ぐずぐずになった腕はもう使えまい。
聖剣を手放すチャンスを見逃さなかったユウキ。
デイビットに蹴りを入れながら距離を取り、すぐさま聖剣をあさっての方へ蹴飛ばした。
囮に使われる方が厄介だと踏んだのだ。
その聖剣は、戦いの動向を見守っていたカインズの手に渡った。
これで振り出しに戻る。
そんな戦いを日が暮れるまで続けて。
お互いに疲労困憊。
カインズも、色々と勇気の手助けをした。
しかしデイビットを打ち倒すのには届かなかった。
相手が悪い。
それを言われたらおしまいだ。
準備が足りなかった。
魔族が出てくるとは思わなかった。
言い訳ならたくさん出てくる。
だが、ユウキは救うことを諦めない。
「友達と約束したんだ。だからお前は救われろ。それがオレの宿命だ!」
振りかぶった聖剣が、デイビットの体を真っ二つに割った。
「えっ?」
いくら切りつけても切り傷しか与えられなかったボディが、こうもあっさり切断できるだなんて、今の勇気には理解しかねる。
だがそれが罠であることをカインズからの掛け声で理解した。
「幻術だ! 魔族が助け舟を出した! 俺たちは分断されている!」
「そういうことか!」
視界の端にずっと写っていると思っていたカインズの声はあさっての方向から聞こえた。
周囲をキラキラした粒子が待っている。
これが幻術のトリックか。
しかし一切被害を被らないからと油断して大量に吸い込んでしまった。
それこそが魔族の張った罠であると知らずに。
「ゲホッゲホッ」
理解したら、急速に息苦しくなってくる。
耕平。オレはダメかもしれない。
弱音が急に襲ってくる。
用意周到な相手を前に、勝てる戦いを、自分の臆病さが勝てなくしてしまう。
それが戦いに赴く前の恐れだった。
『随分と手こずらせてくれたわね、坊や』
すぐ真横から、息が吹きかかる距離で声がした。
このフィールドに女の影は一つもない。
で、あればそれがこの戦の首謀者、魔族であると直感で理解する。
その場所を剣で薙いでも、手応えはまるでない。
まるで幻惑に囚われている哀れな獲物を嘲笑う声が聞こえてくるようだ。
『アハハハ、無駄よ。アタシはどこにもいないわ。でもね、あなたの姿はこちらからよーく見える。それはアタシ子飼いの魔獣もね』
『ぐぅううるるるる!!』
デイビットの唸り声がよく響く。
女の声は遠くなっていき、直感から後ろに大きく跳躍する。
その場所を砂埃が舞うほどの一撃が走った。
デイビットが跳躍から両腕を組んで叩きつけてきたのだ。
間一髪、回避が間に合ってなかったらユウキは二度と立ち上がれなかっただろう。
「耕平!」
ただ叫ぶ。
それが今のユウキにとっての正義であるかのように。
耕平は自分が守るのだ。
そう思えば、自然と勇気が湧き上がる。
「お前のアイテム、使わせてもらうぞ」
むしゃり。ミント大福なる不可思議な食品は、幻惑に囚われていたユウキの視界をクリアにする。
同時に気だるさを感じていた体の不調も嘘のように吹っ飛んだ。
「はは……なんだこれ」
さっきまでの劣勢が嘘みたいに、体が軽い。
力がみなぎる。
そこで思い出す。
『なーんか、うちの従業員って休日返上してまで働きたがるブラック気質なやつが多いんだよね』
聞き流していたあの言葉。
だが実際に、こんなものを口に入れた人がいたらどう思うか?
買いたい? 当然そう思う。
だが、これを生産する側に回れる方のメリットが上回る。
疲れ知らずの体、湧き上がる仕事への意欲。
福利厚生のしっかりしたサポート。
その上お給料まで出る。
勇者なんかよりよっぽど希望に満ち溢れてる。
魔族となんて関わらなくていいし、なんならこの商会に就職したいとユウキですら思ってしまう魅力があったから。
従業員が、耕平に感謝を抱いている姿が瞼の裏に思い浮かぶ。
ミント饅頭ひとつでそこまで妄想を描ける勇気だからこそ、それがまた一つの信仰になる。
ユウキの聖剣に翠色の極光が加わる。
形態が変わる。
リーチがより伸びた槍へと形状が変化する。
「なんだこれは? アナライズ!」
翠の聖槍。
エクスカリバーの第二形態で、魔を打ち払う力を宿す。
そう記されていた。
聖剣が変化するだなんて聞いた覚えがない。
だがしかし、そのおかげで周囲の状況が手に取るように分かった。
槍の根本からミントが伝い、ユウキの傷を癒やし続ける。
それはまるで耕平が力を貸してくれているようだった。
ミントには浄化の力がある。
カインズのセリフを思い出し、ユウキは一か八かで槍を繰り出す。
今度は幻影じゃない。
確かにデイビットの本体に直撃した。
肉を貫く手応えがある。
『勇者様もついに気が狂ったかい? そいつは人だよ。肉体はどうしようもなくこっち側だけどね』
「殺し? 一体なんの話をしているのかな。オレは誰も殺しちゃいないよ。勇者は不殺を重んじるんだ」
『ダニィ!?』
女魔族、グラトニーが表情を歪ませて不快さを露わにする。
デイビットの命は確かに失われた。
核になっている心臓は消失したのだ。
けれどユウキには手応えがある。
デイビットはまだ生きている。
突き刺した槍の中心部からは命の鼓動が伝わってきていた。
ドクン、ドクンと。
魔物と化したデイビットは確かに死んだ。
グリフォンとドラゴンのキメラの肉体が崩れ去り、中から人間のデイビットが生まれたままの姿で現れたのだ。
『バカな! ありえない! 二重の契約をしたはずだよ!? アタシの契約を破れる人間がいるわけ……』
「それがいたのさ。運が悪かったね!」
ユウキはデイビットの裸からさっさと視線を離したくて魔族に振り返り、一撃の元にその肉体を刺し貫く。
『ふん、こんな物理的な力で魔族が滅びるものかい!』
「それはどうかな?」
物理的に先ほど倒して見せたデイビット。
勇気には確信があった。
この聖剣の第二形態ならば、魔族を捉えて浄化することもできるのではないか?
その確信は現実となって魔族に襲いかかる。
槍の根本から這うツタが魔族の体に伝い、根を張った。
『ギャァああアアアア!!!』
ただ突き刺しただけなのに、魔族の体に炎が伝う。
本来火に恐ろしく弱いミントだが、その熱など雑作もないように耐えきり、槍の先端で魔族は一つの石を残して消えた。
「これは?」
「おーい、勇者様!」
遠くからカインズがこちらに向けて走ってくるのが見えた。
ユウキは討伐した安堵で、急に腰が抜けて立ち上がれなくなる。
緊張の糸が切れてしまったように、力が抜けてしまっていた。
「寝ちまってる。こんな戦場の中で寝れるなんて大した人だよ、あんたは」
駆けつけたカインズはその場に魔道具でミントを生やすなり、列車でユウキとデイビットを連れてイスタールの街に戻った。
敵の本陣を叩けど、一度動き出した別動隊は止まらない。
とはいえ、指揮系統もガタガタだ。
あとは耕平に任せて自分たちは防衛に徹するかとカインズは眠れる勇者を連れて帰還するのだった。