「なんだって? 奴隷市場? そんなものを僻地でやり取りしていたって言うのか」
「そこに介入してきたのが魔族じゃないかという話です」
アスタールさんが間に入り、いつの間にかまとめていた資料を提出。俺の説明で不足している部分を補った。
「全く、面倒ごとを掘り当ててくれる」
「扱っていたのは人類じゃなく、新たに知能を持った種族だったと言うオチです」
「それがコウヘイの扱う眷属、樹人か?」
アルハンドさんの視線が痛いぜ。
そのままミントシャーマンの化身であるシノを一瞥するが当人は涼しい視線でそれを受け流していた。
つよい。
「ええ、見ての通りこいつらは擬態が上手い。一見して人と同じように見える。けど生態系は樹と同様。人と同じように暮せば狂うのは道理。あの領地の精霊は狂っていく眷属の救出を俺たちに求めてきたんだ」
「なるほどな。で、救ったらコウヘイのところの眷属までそうなったと?」
「いや、これはそのリハビリのついででな。樹人としての暮らしをどのようにするかの教官役として任命して放ったんだが」
「思いもよらぬ効果を生んだと?」
俺は無言で頷く。
アルハンドさんは大きな手のひらで顔面を覆った。
その様子がありありと思い浮かんだらしい。
「なんにせよ、その樹人を奴隷として売買する事業は水面下で処置できた、とそう言うことだな?」
「それなんですが」
「まだ何かあるのか?」
アスタールさんが不安を煽るような言葉をつけたし、アルハンドさんが「厄介ごとはもう勘弁しろ」と言う顔で睨みつける。
「これを」
「おいおいおいおい。国の中枢に出入りする人間の名前がどうしてこうも名を連ねる?」
提出した書類は、列車の中で俺にお話を物申してきた貴族の名前がリストアップしてあった。
俺は全く知らない人たち。
けどアルハンドさんの反応は顕著で。
「ここに署名をしていた方々は、イスマイール領に出入りしていた商人と繋がりがあります」
「なんてこった。財務大臣や騎士団長、それに大臣お抱えの商人まで幅広いぞ? つまりこいつらが首謀者……」
「または魔族に唆された被害者でしょう」
アスタールさんが話を打ち切り、書類を丸めて懐に入れた。
この書類をいつまでもここに置いておくのはまずいと判断してのことだろう。
「これを」
「これは?」
今度は空になった薬瓶を置く。
アルハンドさんが手袋を嵌めて瓶を検める。
中の薬液は干からび、もう瓶としての役目を失っているが、その瓶の纏う気配は魔族と多くやり合ってきた二つ名持ちにはよく覚えがあるようで。
軽く一嗅ぎした後、顔を顰める。
「魔族の好む呪印の香りがする」
「これを浴びた眷属は人と同じように振る舞うようになったそうです」
「目的は?」
「人類に反旗を翻すため。そのために狂わせたと言うのが妥当でしょう」
「それを寸前で食い止めたのが?」
「コウヘイ様であります」
二人して俺に称賛の言葉をかけてくる。
あれー、俺また何かやっちゃいましたー?
「そうか、そりゃ僥倖だ。イスマイールが攻めてくると言う可能性を事前に知れた、その上で計画を潰してみせたってのは朗報だな」
「ええ、しかし。それを面白くないという人たちがコウヘイ様宛にパーティの招待をしてきました」
「敵かどうかの裏を探るためか?」
「体のいい労働力を取り上げられたくない人は多いそうで」
「それで、コウヘイはそれに前もって何かをしようと言うわけだな?」
急に話を振られて、俺はわかってますよと言う態度で頷いた。
アスタールさんは苦笑を抑えきれないという顔。
それで嫌な予感を察したか、俺の言葉を待つアルハンドさんが不安を拭えぬ顔をする。
「とりあえず、俺は眷属を新たな王国民として迎えるようロゼリア様に申告しようかなと」
「そうきたか! 王国人として認められたらグレーな取引は黒くなる。だが可能か?」
新たな人類としての登録は、それなりの基準があるそうだ。
「その調整をアルハンドさんに、またはミリスに頼みたいなと」
「うちの家に華を持たせてくれるって言うんだな?」
「俺にゃお貴族様のルールもしきたりも知りませんから、だが側に置きたくなると思ってくれたら御の字。眷属は根っこがいっしょの同一個体なので一体が覚えたら他の個体も習得する。ある意味で一体に嫌われたらおしまいなハードルの高さを持つけどね」
なので俺もこうして苦心しているわけである。
「そりゃ、教育係にも厳しく言って聞かせなければな」
「で、アスタールさんにはこちらの準備が整うまで、件の貴族からのパーティのお誘いを先伸ばしにしてもらおうと」
「わかりました。向こうもなかなか社交の場に顔を出さない相手と承知の上です。よもやここまでの策を練られているなど知らぬことでしょう。交渉の場には私が立ちます」
おし、これで当面はやり過ごせる。
たかが商人に回す仕事量じゃないんよ。
適当に稼いで適当に楽な人生を送らせてくれ。
あ、一応はユウキの手助けをするって方針は変えないが。
お貴族様の面倒ごとは俺に振らないでくれって感じ。
「面白くなってきたな。当家も全力で応援するぞ」
「じゃ、そう言うことで。シノ、きちんと言うことを聞くんだぞ?」
「こう言う堅苦しいのはアタシみたいなのよりシオリの方が適任じゃないのかい?」
「シオリというのは?」
「ああ、一応全員紹介した方がいいか」
俺はミントゴブリン、ミントオーク、ミントヒューマン、ミントシャーマンの順で眷属を生み出した。
「お兄ちゃん! パン買ってきてくれた?」
「兄さん、突然の呼び出しは困ります。私にも準備というものが」
「あらご主人様。あたしに何かご用?」
「ほら、この中じゃシオリが一番適任じゃない?」
種族ごとに全く性格の異なる眷属たちを前に、アスタールさんは苦笑を堪えきれず、アルハンドさんは瞠目する。
「左から、ミントゴブリンのリン」
「リンだよ!」
「ミントオークのシオリ」
「シオリです。以後よろしくお願いします」
「ミントヒューマンのアキ」
「これ、何かの紹介だった? いっけないあたしったら」
「ミントシャーマンのシノだ」
「よろしく〜」
とても個性的なキャラを前に、アルハンドさんは大きな声をあげる。
リンの後にシノを見せたのもあり、本当にこんなじゃじゃ馬たちを飼い慣らせるのかという不安は、シオリという逸材を前に瓦解した。
「ヨシ、適任者は見つかった。あとはまかせろコウヘイ」
「それじゃあ、他の奴らはしまっちゃうな」
「お兄ちゃん、パンは?」
「はいはい、ちゃんと買ってやるから」
一度言い出したらキリがないリンを宥めすかし、俺たちは領主邸を後にする。
ミント商会に顔を出し、パンを買った。
リンはイスマイール領のパンの方が美味しいとわがままを言い始めた。
俺はイスマイールに蜻蛉返りして存分にパンを買い与えた。
それから一週間もしないうち。
うちの眷属であるシオリの教育が完了したと聞く。
早くない?
こういう教育っていうのは何年もかかるもんだと思ってた。
「先延ばし作戦を巻き戻さねばいけなくなりました。それもこれも優秀な眷属を持てたコウヘイ様の思慮深さゆえですね」
「当の本人はまだ何にも貴族のマナーを覚えちゃいないのにな」
「紹介は俺の方でやっておく」
「頼みます。シオリ、王宮内の本は街の外にあるどれよりも趣深いぞ?」
「楽しみです」
こいつは本で釣れるからちょろい。
ミントオークとかいうよくわからない存在がまさかこうまで本好きになるとはな。
だがこうやって俺の役に立ってくれるのなら、そこまで悪い趣味ではないか。
「この方が、コウヘイ様の新たな献上品であると?」
「シオリです。この度は兄さんの婚約者である王女様と御面会ができてとても嬉しく思います」
「兄さん、ということは妹さん?」
ロゼリアは突然のことに困惑する。
紹介役として同伴するアルハンドは苦笑の限りだ。
「実はこの娘は人間じゃないんだ」
「ウォール卿、それは流石に笑えない冗談ですわ。だってこんなにも可愛らしく、わたくしと同じように会話を……」
「アルハンド様、いきなり正体を明かさずとも良いではないですか」
「こういうのは誤解を生むからな。正体を明かすのは早い方がいいだろ? 拗れると面倒なんだよ」
ムスッと頬を膨らませるシオリに、アルハンドは後頭部を掻いて誤魔化した。
「正体……では?」
「お恥ずかしい限りですが私と兄さんに血のつながりはありません」
シオリは恥ずかしそうに髪をかき分ける。
その隙間から、ロゼリアは嗅ぎ慣れたミントの香りを嗅ぎ分けた。
「これはコウヘイ様のミント?」
「はい。兄さんは私のご主人様。私の正体はミントの化身なのです。ロゼリア様にはうちの妹たちが大変お世話になっております」
「妹?」
「ここの庭園に根付いているミントたちのことですわ」
「そう、ではあなたは本当にミントなのね?」
「ご主人様から人間のように振る舞う機会をいただいたんです」
「そうなの。あなたはずっとここへ?」
「ロゼリア様をお守りするように仰せつかっております」
「まぁ」
すでにミントによって万全の警護をしてもらっているロゼリア。
しかしこうやって人のように振る舞うミントまで送りつけてくるという気遣いに対して何かを察していた。
「王宮内で何かが起こると?」
「その可能性は捨てきれないって感じだな。ヨハン王子を担ごうとしている連中がいるという話は?」
「聞いています。でもまだ生まれたばかり。マーキス兄様を追い落とすには力も実績も足りませんよ?」
「ヨハン様に魔族との繋がりがあったとしたら?」
「そんな、あり得ません! ウォール卿と言えど王族にそのような発言は……いえ、その可能性が高いからこその進言なのですわね?」
「今、王宮内はピリピリしています。そのことはすでにお気づきでしょう?」
「はい。皆が皆、マーキス兄様のご病気を心配しておりますわ」
「ご病気?」
「皆の前では平気そうに振るまっていますが、実は幼い頃から喘息気味で。あまりに多くの時間を魔物討伐に携わっていたからでしょう」
ロゼリアの言葉には、あまり長い時間が残されていないという予感があった。
アルハンドはコウヘイの先読みに舌を巻きつつも冷静にその話を受け流す。「多分それ、コウヘイのミントで完治できるぜ?」という言葉を飲み込んで。
何せそのための布石はこれでもかというほど揃っている。
シオリは薬学にも精通しており、コウヘイのミントを自在に生やせる特性を持つ。
その上で、人と同じ教養を得た。
これを偶然で済ますにはあまりにも無理がありすぎる。
全てはコウヘイの手のひらの上か。
普段はのほほんとしているのに食えないやつだぜ、とアルハンドはほくそ笑む。
「それでロゼリア様。コウヘイからの伝言なんだが」
「なんでしょう?」
「こいつ、シオリを新たな王国民として迎えることは可能か?」
「わたくしのお付きとしてではなく?」
「私には多くの根を分けた姉妹がおります。このように人として振る舞う機会を得たのは私を含めて
シオリは目を伏せた。
魔物と変わらない自分達を人として扱うのは王国民として禁忌に触れかねないこと。
喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、平静を装った。
「コウヘイは眷属に対しても人と同様の扱いをしている。それをロゼリア様や王国民に対してもそうしてほしいと願っている」
「そうですか。しかしすぐには無理でしょう」
「わかっておりますよ。なのでロゼリア様にその目で判断していただきたいのです」
「そのための献上なのですね?」
「よろしくお願いします」
「いいわ、検討してみましょう」
ロゼリアは柔和に微笑み、アルハンドを下がらせた。
実際には人にしか見えないシオリとどんな話をするかで頭の中をいっぱいにしていた。