「シオリ、こっちよ」
ロゼリアに連れられて、シオリは王宮内を案内されていた。
王女付きのメイドとして、入れる部屋は限られるが。
重要機関以外への付き添いは可能だった。
当然そこには図書館も含まれる。
はからずしてシオリの願いは叶えられる形となっていた。
しかし、ロゼリアが勉強する形をとらなければ出入りすることは厳しいが。
メイドはあくまでも付き添いでしかなく、王女の勉強内容を理解するのが目的である。
ロゼリアに教えるのもまたメイドの役割に含まれていた。
「歯抜けの図鑑はあったかしら」
「こちらです」
「世界の薬草。シオリは薬学に精通しているのね?」
「はい。ご主人様が何かとポーションを制作するのに本を集めて回っていますので」
「そういえば、コウヘイ様は錬金術師であらせられましたね」
ポーション作りは錬金術師の生業。
厳密には少し異なるが、似たようなことができるという意味では何ら間違っていなかった。
「何故か意図的にページを抜かれた書物ばかりが市場に流通しているようでした。でも今、こうして完全な図鑑を見て全て把握しました」
「何かわかったの?」
「抜け落ちていたページは全て肉体に害を与える毒草の分野でした。これは平民に毒物を作らせない配慮のようです」
「そうなんですね」
「ですが、毒物だけではなく、繁殖力の高い、育成に困難を極める植物も含まれていまして」
「そうなの?」
「私の種族もそこに含まれるようでした。ご主人様が嫌われていたのはこういうことなのかと、今更ながらに痛感しております」
とても居心地が悪い。
改めて理解してシオリは嘆いた。
「そうね、ミントはかつて私のお気に入りのバラ園をめちゃくちゃにした。コウヘイ様を追い出したのはそんな些細な理由でした」
「今は気にしておられないのですか?」
「こうして大きな成長を遂げ、私の警護をしてくださる植物をどうして責められるというの?」
「そう言ってもらえたのならご主人様も報われると思います」
「あの時の私も少しおかしかったのよ。ちょっとしたことですぐに癇癪を起こして。きっと自分の立場が危ういことに気がついていたのだわ」
「危ういとは?」
「王宮内に何か大きな力が働いている。そんな予感がしていたのよ。お母様がね、何かにつけて人払いをするの。当然、払われる人は王族も含まれていて」
その中にはマーキスとロゼリアも入っていた。
あまりにもおかしなことだった。
しかし本来なら払われるはずの下級貴族は居残りで、何かの伝令を受けていたと。
シオリはそこに魔族が介入していることを予感していた。
そのタイミングで、図書館に新顔が現れる。
「これはこれはロゼリア様、朝早くからお勉強ですか?」
「これはピカール卿、ごきげんよう」
「何やら見慣れぬメイドを引き連れておいでで」
「わかりますか? これはコウヘイ様より授けられたメイドなのよ」
「ほうほう、噂の大商人から? しかし人を流通するとなってはそれは王国で禁忌となる奴隷売買に一枚噛んでいるのでは?」
「そうなるのかしら」
「なりますとも。王宮の平穏を乱しかねない存在をロゼリア様のおそばに置いておくことはできませぬ。散れい、下手人め」
「お待ちになって、ピカール卿。この子は人間ではないのです」
「人間ではないとは?」
「私はご主人様のミントより生まれいでし存在。化身なのです。こうして皆様とお話いただける機会を経て、ここにおりますわ」
「ミントの化身! そのような存在がロゼリア様を警護していると? バカも休み休み言っていただきたい! どこからどう見たって人間であろう? ロゼリア様、騙されてはいけません! あなたの婚約者は魔族の可能性が高い。植物をこのような姿に変えるなど、人の身にできることではありません! 即刻婚約を破棄すべきです!」
口角泡を飛ばしつつ、ピカールはロゼリアを丸め込む。
昔ならその言葉にまんまと騙されていたことであろう。
味方が誰もいない王宮内。幼いロゼリアにとって、親しい貴族の言葉は信じるに値する物だった。
しかし冷静さを取り戻したロゼリアには通用しない。
「黙りなさい。私はあなたが発言することを許可しましたか?」
「なぜ、そのような魔族の肩を持つのです?」
「逆になぜ彼女を魔族と決めつけるのでしょう? ピカール卿、あなたの言葉はあまりにも決めつけがすぎる。まるで私の側にこの子を置いておくことを危険視しているようだわ。もしやあなたこそが魔族に与していて、この子を遠ざけたいのではないかしら?」
「!」
反応は顕著だ。
動悸、息切れ、震え。その全てが発言を真実だと語っている。
「な、何をおっしゃいます」
「お母様は何を企んでおいでなのでしょう? マーキスお兄様を追い出し、王宮を乗っ取るおつもりかしら?」
「そ、そのようなことを企てておいでなど」
「なぜ、口を濁すのかしら? 忠誠なる家臣ならこのような暴言を捨ておけぬはず。やはり何か考えておいでなのですね」
「あまり大人を困らせないでいただきたい。あなたは時が来るまで大人しくしていれば良いのです。王妃カーマイン様に忠誠を誓いなさい」
ピカールの腕から紫色の念波が放たれる。
それはロゼリアを覆い込み、激しい痙攣を引き起こした。
王宮内に入り込んだ魔族の常套手段である。
意識を失っている間に記憶を書き換えるのだ。
だがそこへ、物的証拠を見たりと残されたメイドが言葉を発する。
「あらあら、これは困りました。まさかお嬢様にここまでの仕打ちをするとは。いくら忠誠を誓った伯爵様であろうとも、お立場が危ういのではありませんか?」
シオリは手元に何かを持っている。
それは映写機。
ピカールの行いを最初から最後まで完璧に撮影していた。
「貴様、それは何だ!」
ピカールは肉体を肥大化させ、映写機を奪い取ろうとする。
もはや人間のふりをするのも馬鹿らしいとばかりに魔族の姿を曝け出し、シオリに肉薄した。
だがそれがいけなかった。
「チェックメイトですわ」
シオリの陰から夥しい数のミントが鶴を伸ばしてピカールを巻き取る。
「な、何だこれは! 離せ! 誰か! 誰かーーー」
「誰も来ませんわ。事前に人払いの術を発動させておりました。来るのは陣を無視できる身内か魔族。お仲間の魔族は一人ずつ確実に始末しています。こうして堂々と現れるとは思いませんでしたが。旦那様に良い結果をご連絡することができますわ」
「何だと! カーマイン様! お逃げを!」
「無駄です。ここには念話妨害結界も施されておりますので」
用意周到なシオリの発言に、自分は誘い出されたのか? と理解するピカール。
今のレベル帯のミントにとって、魔族とは栄養たっぷりの肥料!
ぐんぐんと巻き付いては魔力を吸収し、魔族を疲弊させレベルを爆増させていく。
ついにはミントの中で小ぶりの魔石を残してピカールは息絶えるのであった。
こうして王宮内の膿をまた出し切るのであった。
「ロゼリア様」
「う、ううん。ここは……」
「図書館ですわ。読書中にお眠りになっていたようですわね」
「疲れが溜まっていたのかしら?」
「お紅茶の準備をなさいましょうか?」
「いただこうかしら」
「そういえば、今朝方ご主人様の使いより面白い茶菓子をいただきました」
「コウヘイ様の? それはどのような物でしょうか?」
「ミントを使った珍しいお菓子ということですわ」
「楽しみね」
出されたのはイスマイール領から出荷されたパン。
それを香ばしく焼き上げてバターと砂糖をたっぷり含ませたラスクという物だった。
「あら、これはサクサクとして美味しいわ」
「ですが本番はここから。こちらの冷菓を乗せていただくのがイスマイールでの食し方とのことらしいですわ」
「あら、香ばしいミントの香り」
「アイスクリームというものにミントをフレーバーとして入れたもののようです。チョコレートと呼ばれる南蛮の菓子をアクセントにしたもので、イスマイールの新たな名物となっているようですわ」
「まぁ、楽しみね」
グラスに小さく盛られたチョコミント。
そこにまだほんのりと熱があるラスクを差し込み、掬い取る。
しっかり焼成されたラスクだからこそ、アイスを掬い取っても折れず、曲がらず。
逆に湿り気を帯びることで食しやすくなる。
まず最初にミントの爽やかさが口いっぱいに広がった。
チョコレートのほろ苦さ、アイスクリームの甘さ、冷たさが順にくる。
それをラスクを咀嚼して熱い紅茶で飲み干すというのを一つのサイクルとした。
ラスクは口の中の水分を余すことなく吸収してしまう特性を持っていた。
紅茶と合わせるのに適しているが、さらにここでチョコミントを合わせたコウヘイの戦略にロゼリアは舌を巻いた。
完成された食事に新たなものを付随して提供するというのはロゼリアの中にはなかった概念だったから。
どうしても熱い紅茶ばかり飲んでいても舌が疲れるのだ。
そこに冷たいものを差し込んだ。
こちらの気持ちをよくわかっている、とロゼリアは評す。
「チョコミントと言ったかしら。気に入ったわ。定期的に口に入れたいわ。もちろんラスクと一緒にね」
「ご主人様にそう報告いたします」
「それではお勉強の続きと参りましょうか。今なら何問もスルスル溶けそうな気分だわ」
「はい、お嬢様」
魔族の襲撃があったことなど微塵も記憶にないロゼリアは、今日もシオリと共に図書館で勉強をする。
それが魔族を誘い出す巧妙な罠となっていることも知らずに。
能天気にコウヘイの持ってきた茶菓子に舌鼓を打っていた。
コウヘイの株はシオリの采配によって知らず知らずのうちに上がっていく。
「コウヘイ、なんかロゼリア様から感謝状が届いてるけど、お前、何した?」
「何もわかんねっす」
「多分あれじゃない? うちらのネットワークで取引されてる品々を持ち込んでいる可能性があるわ」
「ネットワークって何?」
「ご主人様、ちったあ自分のステータスを閲覧しな」
アキは何を言ってるのやら。
魔族を倒したわけでもない。
新たな地域に根を下ろしたわけでもない。
ミントがそんな急成長するわけないでしょ、とステータスを全く覗かなかった俺は、そこで俺のミントレベルが2500に到達しているのを目の当たりにした。
「何じゃこりゃあ!」
「どうした、コウヘイ!」
「レベル、2500。王城の信仰がⅦまで上がってる」
「信仰ってあれか? ミントで家を作れるようになるっていう」
「それはⅣから可能なやつっすね」
「Ⅶになるとどうなるんだ?」
「なんか物を送り込めるらしいっす」
「何を言ってるんだ?」
ミント列車でも何でもなく、通信を通じてミントに包めば物を送れるようになるそうだ。
今そこまで信仰が上がってるのはイスマイールとローズアリア・王城のみ。
つまり配送ができるのはその2点のみだった。
「なんか、知らんとこで俺の株が爆上がりしてるみたいっすね」
「送り出したシオリのおかげでか?」
「どうもそう見たいっす。と、いうことでここももっとミント増やしません? 建物でも小物でも何でもいいんで」
「追々な。お前が把握してない能力の実験に使われるのは勘弁願いたい」
「ですよねー」
能力を把握して、それから始めて発注を請け負うと言われた。
何はともあれ、ミントによる能力が新たに発現したわけである。