【いいわー、いい感じに育ってきてる。この調子ならすぐに精霊の位階を上げられるわね】
特に何もしていないというのに、ティアのやつは今日もご機嫌だ。
そういや聞いてなかったんだけど。
【何かしら?】
その位階ってやつはどのくらいのスパンで上昇するものなんだ?
【そうね、レベルが1000ごとに位階が上がっていって、最上級は10000ね!】
うへー、俺のミントってそこまでのポテンシャルがあったのかよ。
こわっ。
【言っておくけど、普通はそこまで成長しないのよ?】
そうなのか?
【そうよ。あたしが精霊化するのも異例中の異例。本来人間のスペックでは300が上限なの】
いや、俺が気づいたときにはもう500あったぞ、お前。
人間のスペックを逸脱してたじゃん。
【そこは何というのかしら? 繁殖力? が極めて高かったおかげね。それとマスターが平和的に扱おうとしてくれた結果かもね】
いや、存在自体が害悪だから少しでもイメージをよくしようとした結果だぞ?
なんか俺もセットでよく思われなかったからさ。
【助かったわ。そこで闇堕ちしてたら、きっと今頃あたしも現界してなかったと思うの。ミントをいい方に扱ってくれてありがとう。感謝してる】
今日のティアはいつになく素直だな。
おねだりの前触れか?
【そんなのじゃないわよ。眷属の成長も含めて、マスターの人徳があってのもの。レベル3000も目前まで来て改めて感謝の意を示した】
3000?
何それ聞いてない。
最近2500にあがったばかりじゃなかったっけ?
【王宮には栄養がゴロゴロ転がってたってシオリから連絡があったわよ。送り込んでくれて感謝してるって】
栄養って何?
【魔素よ。人間達は魔力っていうわね。本来これは人間からじゃあまり摂取できないものなのだけど……生まれつき魔力の高い人類、魔族は段違いに豊富な栄養素となるの】
待て。今聞き捨てならないことを聞いた。
魔族って人類側にカウントされてるのか?
【え、どこからどうみてもそうじゃない? あぁ、外見の話? 異なる神様を崇拝していたってところかしら。元々は同じ国の住民よ。ローズアリアも罪な国よね】
もしかして魔族が王国内に侵入してるのって?
【覚醒遺伝みたいなものね。生まれつき角を持ってる子供は迫害されてきたの。その復讐をするために立ち上がったのが当時の魔王。今は王権を握るものに封印されてると聞くわ。その魔王の出自が王族というのもあってね、王家に強い恨みを抱いてるらしいわよ?】
あー、全部つながっちゃった。
これローズアリアの過去の尻拭いをされてるんだわ、俺たち。
何が勇者だよ!
散々担ぎ上げておいて、更には王家の都合を他国に漏らしたくないから元の世界には返さないだって?
ふざけんな!
【熱くなってるところ申し訳ないけど、そんな昔の話、王家も魔族も覚えてないと思うのよ】
うん? どういうこと?
【この諍いは実に2000年にわたって行われてるの。角の生えた子供は生まれつき魔力が高く、悪魔憑きとして忌み嫌われていた。ここまではいい?】
なんとなくは察した。
で、これのどこが問題なんよ?
【事の発端を覚えてるのが長命種のエルフか精霊ぐらいしかいないって点ね。お互いに膨大な数を殺し合っている。もう生まれがどうこうとかって話じゃなくなっているのよね、仲直りの修復が不可能なところまで来ているの】
あー。
お互いに魔族がどこから来たか、どうして人類、ローズアリア国民を恨んでいるのかすら知らないのか。
【そういうこと。だから勇者なんてものが生まれたし、疲弊した人類は異世界からの戦力を求めた。もうとっくにこちら側の戦力は潰えてるのよ。まさに藁にもすがる気持ちで召喚してるのよね】
難儀だなぁ。
【それほど魔族は力をつけたのだわ。人類を超越して、上限を1000とした】
あれ、それって?
さっきティアが話してくれた精霊の位階をあげるために必須なレベルアップの条件と一致して……まさかお前!
【そうね、あたしの位階を上げるのにちょうどいい栄養がそこら辺に転がっているって寸法よ。マスターは国に頼まれて魔族を排斥しているという名誉があるから、なんのお咎めもないってわけ!】
ほーん。
閃いた。
【何を閃いたか深く聞かないけど、きっとあたしの成長を促してくれるものよね】
魔族ってのはローズアリア国内に潜伏してるんだろ? 勇者ご一行を足止めするために。
【そうね。一番の脅威が勇者という認識は魔族も同じよ】
他に脅威と感じている種族がいる?
【いるわ。この世界には人類の住むローズアリア以外に獣人が寄り合うワイルドバング、精霊とエルフの住むユグドラシル、ドワーフ達も街を作ってるという話だけど、地上に住んでないから知らないのよね】
そうなのか。
お前、生まれたばかりにしては博識だな。
【眷属が優秀だからね。いろんな世界の情報を集めるのが趣味のシオリの受け売りがほとんどね】
なんか急に賢ぶったと思ったらそういうカラクリか。
もしかして眷属の性格付けってお前が関与してる?
【あたしは何もしてないわよ? 勝手に情報が入ってきただけ】
じゃあ、俺と一緒だな。
俺は同じくらいの年齢の姉妹がいたからそれっぽい趣味を教えただけだし。
【それ、原因はマスターじゃない】
え?
【固定観念を植え付けたのはマスターの責任じゃないかって話。妙に人間らしさがあがったと思ったらそういう仕掛けだったのね。リンのわがままはその幼い容姿だから許される。けどわがままが過ぎれば容赦なく叱られるから、ギリギリの線を攻めるようになってきてるわよ?】
ほーん。
いいことじゃんか。
子供は相手にどれだけ奢らせるかで競い合う生き物だからな。
上の世代はそれをどこまで受け入れるかで器量が試されるわけだ。
俺たちは家族だからな!
遠慮して何も相談できないってなったら本末転倒だろ?
【そうだけど、じゃあシオリは?】
あいつは真面目そうで色んなものに興味を示す教えてちゃんだったからな。読書を教えた。文字の読み書きから計算式まで、俺の持ってる知識は全部覚えちゃったから、最終手段のつもりだったんだ。
【お陰でびっくりするほどうちの眷属の識字率はあがってるのよね。あ、あたしもあがってるわ】
そりゃいいこった。
根っこの部分は一緒なら、教えるのは一回で済むもんな。
物覚えが一番いいから、まだまだ成長するぞ、あいつ。
【なんなら王宮マナーも覚えて、正体が看破されなきゃメイドとして働くつもりよ、あの子】
王宮には栄養が転がってんだろ?
ならいいじゃん。
【それもそうなんだけど。じゃあアキは?】
あいつは俺の姉の悪いところばっかり覚えたな。
遊び、食べ歩き、着こなし。
金のかかる遊びばっかり知識に入れて楽を覚えてしまった。
【お金ならいっぱい稼げるじゃない?】
アキが一人だったらそれでも良かったが、増えるだろ?
増えた先までの面倒が見切れないから困ってるんだよ。
いっそ冒険者にでもなってくれたらなって思う。
【そうね、今度相談されたら勧めておくわ。人のお金で食べるご飯も美味しいけど、自分で稼いだ食べるご飯は格別よ、とでも】
そうしてくれたら助かる。
【最後にどうしてシノは街を離れたがるようになったのかしら?】
あいつかー。きっとウィルメリアのところのベリーに一番感化されたのがあいつだからじゃないか?
【ベリーね。そういえばマスター、ウィルの権能は使わないの?】
え、使ってるぞ?
【全然知らなかったわ。どこで?】
ミントジュースとか、チョコミントとか。
あれはミント単体じゃできないもんだからな。
ベリーの権能は願った果実を生やすというぶっ壊れな性質にある。
俺の知ってる前の世界の果実を生やして、それをミントと掛け合わせて販売してるんだ。
一応ミントの枠組みだから加工できるが、これを1から加工してたら多分数年はかかってたと思うくらい手間だったからな。チョコレートの加工の手間さには脱帽もんだぜ。
【よくわからないけど、ミントが食にまで広がったのはウィルのおかげでもあったのね】
ああ、ミントがあってこその権能だけど、あいつもあいつで優秀だ。でもウィルメリアばかり褒めてもお前は膨れちまうだろ? だから表立って褒めなかったんだよ。
【ふーん、わかってるじゃない。誰が誰のマスターか】
俺もお前の有能さを手放せなくなってきちまってるってことだよ。
軽く褒めてその気にさせておきながら、話をまとめる。
魔族は元々人間。
そしてローズアリア国は人間以外も住むが、基本人間が好んで住む地域。
それ以外に出向く人類は冒険者。
また、冒険者は種族を問わずにやれることから人類以外も広く受け入れてるのがこのローズアリアという国。
通りで人間以外も見かけると思った。
【一番治安がいいのがこの国なのよ。ワイルドバングなんて弱肉強食が横行してる野蛮な場所だし】
ティアがここまで嫌ってる理由は、多年草であるミントはことごとく食い尽くされてしまうかららしい。
じゃあエルフが住むってユグドラシルは?
【精霊のメッカじゃない。一度は行きたいとは思うけど、あたしみたいなお上りさんが向かうには少し億劫ね。もう少し位階を上げてから向かいたいわ】
お前生まれたばかりだろ?
まぁいいや。
そこを突っ込んだところでどうしようもない。
「コウヘイ様、グスタフ様がお帰りです」
「わかった、今行く」
さて、今度はどんな情報を持ち帰ったのかね。
ティアとの会話を打ち切り、意欲を仕事に向ける。
そこでは……
「旦那ぁ、いつの間にこんなべっぴんさん仕入れたんですか? 旦那も隅に置けませんぜ」
「あらやだ、この人ったら」
シノがグスタフにしなだれかかってイチャイチャしてる場面だった。
お前らこんな公の場所で何してんの?
グスタフなんて鼻の下伸ばしてデレデレして。
いや、そうだな。
外に出すならグスタフが適任か。
「グスタフさん、良ければその人旅に同行させましょうか?」
「旦那、そいつは助かりますが。どこの誰かもわからない存在を連れ歩くのは……」
人目もある、と言いたげに困惑しているグスタフ。
「あー、言いたいことはごもっともだ。紹介してやれ、シノ」
「仕方ないねぇ。あたしはシノ。ご主人様の最後の眷属にしてミントの化身。ミントシャーマンのシノ様とはあたしのことだよ」
「旦那、悪い冗談はよしてくだせぇ、どこからどう見たって人間の女性じゃないですか」
グスタフは実際にミントシャーマンを目撃したことがあるからな。俺がミント列車を動かしてた時の車掌を務め上げたのが今のシノになる前のミントシャーマンなのだ。
「いいや、事実さ。俺のミントは人と同じ振る舞いができるようになった。殺しても復活する。なんなら情報はミントコミュニティでこっちにいるミントに即座に伝わる。その上でシノは国を出たがってる、要は旅が好きなんだ」
「そんなに都合のいい存在がいるってんですか?」
「いるだろ、ここに。こいつに世界を教えてやってくれないか、グスタフ。金は今まで通り自由に使ってくれていい。シノに使ってやってもいい。ついでに正しい金の使い方を教えてやってくれ。品の良し悪しには少し疎いんでな」
「わかりやした。不祥グスタフ。お嬢さんを預かる所存でございます。お義父さん!」
何やら敬礼されて覚悟のこもった瞳を向けられた。
誰がお義父さんだ、バカヤロウ。
こんないたいけな少年を捕まえて、父親ぐらい年の離れたおっさんからそんな言葉を聞くだなんて思いもしなかったぞ?