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第2話 新しい家族

 暗く、深く、沈んでいく。


 暗闇の中で、私は流れに身を任せる。痛みも、もう感じない。ただ眠くて、目を閉じていた。


 その闇に、ひとつの光が差し込む。


 暖かくて、優しい光だ。


 瞼を通して見える光は柔らかく、こぽこぽと鳴る水音が心地よくて、私は微睡む。


 時折聞こえる囁き声に耳を傾けると、どうやら男の人と女の人が私に語りかけているようだった。


『早く会いたい』

『今日は元気がいいね』

『無事に産まれてくれれば、それだけで……』


 2人の声は優しくて、心の傷を癒してくれる。


 由紀ちゃん達の仕打ちは、到底我慢できるものではなくて、こうして眠っていても夢にうなされる事があった。特に由紀ちゃんは優しい顔をしながら、私を利用してその優しさをアピールしていたんだ。少数だけど、由紀ちゃんのアンチも当然ながらいて、そういった噂も聞いた事がある。まさかそっちが本当だとは夢にも思わなかったな。


 でも、もう過ぎた事。私には関係ないし、文句も言えない。これぞ死人に口なし。


 由紀ちゃんはこれ見よがしに泣いて見せるのか、それとも知らぬ存ぜぬを通すのか。だって、多くの人が私を振り切って逃げる由紀ちゃんを見てるんだもの。どうなったのか知りたい気もするけど、知った所で何の益にもならないよね。


 私は死んだんだもん。行く先が天国だと嬉しい。


 あれ、でもなんで意識があるの?


 瞼は開かない上に体もうまく動かせない。微かに光を感じても周りは真っ暗。それでも、私の意識はしっかりある。暖かさも感じる、声も聞こえる。ここってどこなんだろう。


 そう思考した時、急に押し潰される感覚が襲う。何か壁みたいなものが迫ってきて、私は狭い道に逃げ込んだ。ぎゅうぎゅうと追いやられるようにして、進んでいく。騒々しい声が響き、少し怖い。このまま進んでいいものなのか、戻るべきなのか。


 でも、誰かが呼んでいる。頑張れ、もう少しと励ましながら。


 そして苦しそうな女性の呻き声。


 ここまでくれば、いやでも今の状況が分かる。察するに、私は今、産まれようとしているだろう。あの死が事実である以上、そうとしか考えられない。


 これが輪廻転生と言うものなのかな。嘘か誠か、前世の記憶を持ったまま産まれた人の話を、都市伝説系のテレビ番組でやっていた。弟がオカルト好きで、よく観ていたのを覚えている。


 当時は真偽を巡って、弟とふざけながら話していたっけ。


 でも、そういうのは大概『覚えているだけ』で、人格まで持ったままという例はあまり聞かない。テレビで観るのも、普通の子供だ。親が言わせているだけだ、って言う人もいたくらいだし。


 そんな事を考えていたら、一際大きく苦しむ声が聞こえてきた。早く解放してあげたいけど、どうする事もできない。私だって女の端くれだもの。生理痛が重い方だったから、陣痛の傷みも何となく理解できる。


 痛いよね、ごめんねと心中で謝りながら、なされるがまま、徐々に押し出されていく。


 そのまましばらく時間が経つと突然、まばゆい光が飛び込んできた。圧迫感から解放され、肺に空気が雪崩れ込んでくる。それと同時に、大きな声が口から飛び出した。思いがけない音量で、自分が驚いたくらいだ。


「奥様、よく頑張られましたね。元気な赤ん坊ですよ。」


 助産婦さんかな、しわがれた声が労っている。たぶん、私のお母さんになる人。まだ開かない瞼を通して、見えた光に、薄い人影が浮かび上がった。柔らかい布に包まれて、そっと抱きかかえられる。そこにあったのは、いい香りと温もり。


「はぁ……はぁ……可愛い……やっと、会えた。私の赤ちゃん」


 この声、ずっと私に語りかけていた声だ。なんだか安心する。


 それにしても、転生した事は疑う余地もないけど、何がどうなっているのか。転生、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、よく読んでいたラノベ。俗にいう異世界転生だけど、ここが地球なのか、日本なのかも分からなかった。


 尋ねようとしても、出てくるのは言葉にならない声。泣く度に酸素が肺を駆け巡り、体もうまく動かなかった。手を伸ばしたら指先に何かが触れ、握り込むと小さな笑いが広がる。


 そこにドタドタと大きな音が鳴り響いた。


「産まれたのか!?」


 『ばーん!』と文字が見えそうな勢いで飛び込んできたその人は、慌ただしく駆け寄ってくる。この声も聞き覚えがあった。たぶん、お父さん、かな?


 そんなお父さんに、お母さんは優しく応えていた。


「フィーゲルったら、落ち着いて。この子がびっくりしてしまうでしょう? 無事に産まれたわ。ほら、抱っこしてあげて」


 お父さん、フィーゲルっていうのか。これで、少なくとも日本でない事は確定した。硬い腕に渡されるのが感触で分かって、大柄な人なのかと想像してみる。まるで壊れ物に触れるように頬を撫でられると、柔和な声が降ってきた。


「ああ、お前に似て可愛い子だな。この亜麻色の髪もそっくりだ。よく頑張ってくれたな、リアナ。しっかり養生してくれ」


 気遣うお父さんに、目は見えなくても、2人が愛し合っているのは伝わってくる。まだ分からない事ばかりだけど、この2人の子供なら暖かい家族になれそう。


 でも、最後に私のアイデンティティを揺るがす爆弾が投下された。


「旦那様、もうひとつ善きご報告がございます」


 それはさっきの助産婦さん。なんだと尋ねるお父さんに、こう言った。


おのこにございます。お世継ぎのご誕生です。心よりお慶び申し上げます」


 そう。私の下半身には、付いていてはいけない『もの』が付いていたのだ。

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