そんな私でも、両親は優しくしてくれる。
15才になり、騎士見習いとして王宮に上がる事になってしまった私に、お父様が気遣ってくれて事務官に回してもらえたのだ。
「元々我が侯爵家は文官の家柄だからね、あるべき場所に戻るだけだよ。何も、戦場で戦うだけが騎士じゃないさ。事務官が的確に動いてくれるから、私達前線の騎士も戦える。ファルス、君にも何万の命が背負われるんだ。心して励みなさい」
そう言って背中を押してくれる。私は申し訳なくて、涙を流しながら頭を下げた。
「お父様……ありがとうございます。そして、ごめんなさい……こんな息子になってしまって」
呟く私をお母さんが抱き寄せ、頭を撫でてくれる。
「ファルス、そんなこと言わないで。私達はあなたが産まれてくれて、本当に嬉しいんだから。きっと、神様が魂の器を間違えてしまったのね……誰が何と言おうと、あなたは私達の娘だわ」
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す私に、両親は辛抱強く寄り添ってくれた。いつか、私らしい私になれる日が来ると励ましながら。
だけど、そんなに優しい人は、ほんの一握りの人でしかないと私は知っている。
あれは15を迎える年の事。
新年を祝う日だった。親戚が一堂に集まる場で、叔父が我が物顔で
「兄上、ファルスはどこです? 久しぶりに会うのだから挨拶でもと思ったのに、姿が見えないようですが。もうすぐ騎士見習いとして家を出るのでしょう? 最後になるかもしれませんからね」
これを私の目の前で、大仰な手ぶりを交えながら。その後ろでは
「何を言っているんだ、ファルスならここにいるだろう。ロルダン、お前もう目が見えなくなったのか? まだ40半ばだというのに、医者には行ったんだろうな?」
本気なのか、冗談なのか、お父様の目には殺意にも似た何かがあった。叔父さんは一瞬ぽかんとして、意味を理解したのか顔をみるみる紅潮させる。
「は、はは。兄上は冗談が上手い。このナヨナヨとした者が跡継ぎだと仰られるか。男のくせに、なんとまぁ女々しい事よ。かように髪を伸ばした男など、見た事もありませんな。それに、着ているものも……なぁ?」
叔父さんは従兄弟に同意を促すと、ひょろ長い少年が嗤いを噛み殺しながら応える。この子はひとつ上で、叔父の嫡男、ゴーウェンだ。身長が高いが筋肉はほぼ付いておらず、腹だけがでっぷりとしていた。
「ええ、ドレスを着た男など存在するはずもありません。これが本当にファルスだと言うのなら、バーティア侯爵家の
その時、私はフリルをあしらったドレスシャツを着ていた。この世界には無かった形の服だけど、私が提案して仕立ててもらった物だ。男性が髪を伸ばす習慣もなく、腰まで伸ばしたロングヘアの私はさぞ異質に映る事だろう。
それでもお父様は豪快に笑った。
「よく似合っているだろう! リアナにそっくりで、将来は美人になること請け合いだ。このブラウスもファルスが考えたものでな、おかかえの装飾店から請われて、意匠を提供しているんだよ。若い女性に人気だと言っていたな」
皮肉を受け流すお父様に、叔父達はプルプルと震えている。とぼけたフリをして、私が評価されていると、お父様は暗に言ってくれているのだ。嬉しい反面、ちょっと複雑ではあるんだけどね。ドレスシャツは日本でいう所のゴスロリ。特定のメーカーではなくても、私はデザインを拝借しているだけに過ぎないのだもの。
たまたま王都の流行にマッチしただけ。今の主流は、同じ生地で作られるベストとロングスカートだ。そこにドレスシャツが見事にハマった。売れ行きも好調で、我が家は潤っている。
(叔父さんには面白くない話だろうな……)
叔父は承認欲求の塊のような人で、順調に領地を経営し、騎士団長として名を馳せるお父様が気に入らないのだ。まだお父様が侯爵位を継ぐ前、妖しい商人が出入りしたり、隠れるようにして街に出たりと不穏な動きをしていたとメイド達が話していたのを聞いた事がある。
そんな噂を聞いてもなお楽観的なお父様に、メイド長は『もしかしたらまだ狙っているかもしれない』『注意しろ』と叔父達が来る度に言い聞かせていた。
周囲を囲む親族達も、息を呑んで様子を窺っている。そこにお母様も参戦した。
「それに、この子は料理も得意なのよ? しかも薬学の心得もある。貴方も知っているでしょう? この子が開発した、神秘の水の事は」
それはとある熱波の強い年の事だった。この国は水が豊富だ。その影響もあって、夏には湿度が高くなる。日本の夏によく似ていて、熱中症で倒れる人が相次いだ。原因も同じで、体温調節機能の悪化による脱水症状、及び電解質不足。
経口補水液自体は簡単に作れる。500mlの水に砂糖20gと塩1.5gを混ぜるだけ。でも砂糖や塩は貴重だ。この世界の主な甘味は蜂蜜や樹液で、それも生成するには時間がかかる。侯爵家の後ろ盾があったからこそ可能だった。
料理は医術に通じるものがある。医食同源という考え方だ。この国は魔法が医術の変わりになっている。だから普段の食事で取り入れられる栄養学は、とても効果が高かった。
叔父もそれは分かっているんだろう。ぐっと顔を
そんな中、大きな溜息が聞こえて、みんなの視線が集する。そこにいたのはロマンスグレイの美老人。オールバックから零れた後れ毛が色気を何倍にも増し、鋭い紫紺の瞳は吸い込まれるようだ。
「おじい様……」
ぽつりと呟くと、柔和な笑顔で応えてくれる。
「ファルス、すまない。ちょっと待っていておくれ。このぼんくらに、きついお灸を据えてやらなければならないからね」
睨んだ先には、叔父の震える姿があった。これもある意味、新年の恒例行事ではある。叔父は何かにつけお父様に当たっていたから、おじい様に叱られるのを何度も見ていた。
(ほんと、叔父さんも懲りないな……)
これまで、お父様には
叔父にとっては貴重な弱点だ。浮かれてしまうのも頷ける。
だけど、その度にこうして叱られていたんじゃ、お父様には遠く及ばない。
ずいっとおじい様が叔父に迫ると、『ひっ』と小さな悲鳴が上がる。
「ロルダン……お前と言う奴は、何度同じ事を言わせる? フィーゲルにはフィーゲルなりの、そしてお前にはお前なりの長所があるだろう。何故それを伸ばさない? 人を羨んでばかりでは、手に入る物も遠のくばかりだ。私は、お前にも幸せになってほしいと思っている。奥方が体調を崩しているらしいじゃないか。ここで意味の無い皮肉を言うより、看病のひとつもしてやれ」
淀みなく紡がれる声は、静かだけれど威圧が込められている。さすが、かつてヴィスハイムにその人ありと恐れられた智将、ゼンセル・バーティア。お父様に代を譲ったとはいえ、衰えを感じさせない。
叔父は顔を真っ赤にすると、地団太を踏んで奇声を上げながら、逃げるように屋敷を後にした。