「2人共落ち着いてください、ちゃんと説明いたしますから」
恥ずかしがる私と、何故か悲観に暮れる殿下に挟まれ、エノハ様は呆れた声を漏らした。その横ではトゥナがお淑やかに笑っている。火照る頬を冷ましながらエノハ様の声に耳を傾けると、ごほんと咳払いをして話し始めた。
「まず、殿下の問いですが、貴方とファルスの噂は既に広まっていて、夫婦を装っても足が付きやすいと考えます。そこでトゥナの出番です。殿下とファルスには彼女の傍仕えを演じていただき、『2人で逃げた』という情報から除外させます」
そうか、私達だけでは男女の2人組を装っても、予想の範囲を出ない。私は変人として知れ渡っているから、女を自称することは目に見えているはずだ。そこにトゥナが入ることで『男女2人組の逃亡者』の包囲網を回避できる。
それに、私がトゥナの傍仕えを演じれば、ずっと一緒にいても疑われず、私のサポートをしてもらいやすい。
だけど。
「トゥナに危険が及ぶのではないでしょうか……?」
こうして駆けつけてくれたのは、本当に嬉しい。だけど、それでトゥナが酷い目に遭ってしまっては元も子もない。エノハ様のことだもの、きっとその辺りも考えがあるはず。
殿下もじっとエノハ様を見つめ、続きを促した。
「はい、それも織り込み済みです。ファルス、貴方はご存じないようですが、トゥナの一族は武闘派なのですよ。その力を見込まれ、多くの者が貴族の屋敷に雇われています。特に、彼女はバーティア侯爵邸で警備の長をも務めるほどの実力者です。更に特筆すべきはその忠誠心。仮に同族同士が戦場で出会ったとしても、主を裏切ることは決してありません。このような方が味方に付いてくださったのは、正に僥倖と言えるでしょう」
私はすぐ傍にいた人の知られざる一面を知って、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしてしまった。
(トゥナが……警護主任……?)
そのままトゥナに視線を向けると、いたずらっぽくウィンクが返る。その姿は、武闘派からほど遠く感じてしまう。実家にいた頃だって、そんな片鱗は見せなかったのに。
でも言われてみれば、確かに猫族は戦闘力が高いので有名だ。猫族だけでなく、肉食系の種族はその傾向が強い。やはり体がそういう風に作られているのだろう、強靭な筋肉、鋭利な爪や牙は戦いの中でこそ活きる。
ただ私には前世の記憶があるから、猫は可愛いものという先入観があったのだと思う。この世界には愛玩の猫はいない。それだけの余裕がある暮らしをしているのは貴族くらいだし、貴族にとって野生の動物は狩りの対象であり、飼うのは家畜だ。
その代わりに、珍しい種族をメイドや侍従にして自慢する人もいるけど。
お父様やお母様にそんな趣味はないし、トゥナが私の乳母に選ばれたのには、しっかりとした実力の裏付けがあったんだと分かる。
(ずっと、守られていたんだ……)
私は男に生まれたのに男になれない半端もので、両親には罪悪感でいっぱいだった。何をするにも誰かの手を借りねばならず、それを許してくれた両親。騎士団に入ってからも、周囲に変人と言われ、ガインの執拗な嫌がらせを受けていたせいで、罪悪感が消えることはなかった。
だけど、私は愛されていたんだ。
お嬢様と呼んでくれるトゥナにも、ドレスを着せてくれたメイド達にも。
そして、今は殿下やエノハ様がいてくれる。
私はなんて幸せなんだろう。そんなことに今更気付くなんて、本当に愚かだ。
(よし、決めた!)
バチンと頬を叩き、殿下に向き直る。
「先ほどは失礼いたしました。私は皆の、殿下やエノハ様の恩に報いるため、この身を賭して任務に当たりたいと思います。なんでもお申し付けください。夫婦でも、恋人でも、見事演じ切ってみせます!」
なのに、返ってきたのは大きな溜息が3つ。
トゥナは呆れたように。
エノハ様は疲れた様子で。
そして殿下は魂が抜け出たかのよう。
(なんで!? 私、何か間違った!?)
私はただ任務を頑張るって言っただけなのに、三者三様の反応に訳が分からない。ついには3人が顔を寄せ合って、ぼそぼそと話し合っている。エノハ様なんて、殿下の背をドンマイとばかりに叩いていた。
「あ、あの! 何を話して……」
そう言いかけると、殿下の恨めしそうな瞳がゆっくりと私に向けられる。
「うん……お前が鈍いって、改めて思い知ったよ……」
その言葉に賛同するように、トゥナが口を開く。
「そうでございますね……
そして、最後にエノハ様の鋭い突っ込みが入った。
「まぁ、ファルスですしねぇ……察しろというのが無理な話なのでは?」
散々な言われように、私も思わず抗議の声を上げる。
「な、皆してなんなんですか!? 殿下も言いたいことがあるなら、ハッキリ言えばいいでしょう!? 確信とか、私が女でよかったとか、期待させるようなことばかり言わないでくださいよ! エノハ様も、訳知り顔でマウント取らないでくださいよね!」
ぜーぜーと肩で息をする私に、殿下とエノハ様が目を見開いて驚いている一方で、トゥナが目を輝かせた。
「まぁ、お嬢様! それでこそお嬢様です! 人見知りが激しくて人前では大人しいのに、
トゥナの指摘に、私はぐっと唸った。
「それってある意味悪口だと思うのだけど!?」
食ってかかる私にも、トゥナは感動している。
そう、私は気心の知れた人だけしかいない場ではこれが素なのだ。初めて殿下にお会いした時にも、うっかり素を出してしまったけど、今まで猫を被ってきたのに。
もちろん、両親に対する罪悪感や、この体に対する嫌悪感は本物だ。でもそれ以外では前世の通り、坂木優の性質を引き継いでいる。ガインの嫌がらせに耐えられたのも、優の性格があったから。
王宮では仕事ばかりの日々だったから、素を出す機会も少なくて、おとなしい印象を持たれていた。
それがトゥナの登場で気が緩み、盛大に暴露してしまう結果となったのだった。