(あー……どうしよう……)
せっかくここまで築き上げてきたファルス像が、素を晒したことで消し飛んでしまった。別に殿下に気に入られようとか、エノハ様に可愛がられようとか、そんなことを考えていた訳ではない。あくまで仕事として、私を必要としてほしかった。
男になれず、かと言って女にもなれない。そんな私が必要とされるには、従順でしっかりと仕事を熟せる人間でなければならなかったのに。自分のことを有能だなんて思っていない。それでも、一生懸命にこの世界で生きていこうとしていたのだ。
ちらりと殿下の様子を窺う。
呆れているだろうか。
嫌われてしまっただろうか。
そんな不安が胸に渦巻く。
だけど、それは見事に裏切られた。
「……そういうのもいいな……」
殿下がそう呟いたのだ。口元に手を当て、妙に真剣な眼差しで私を見つめている。その横ではエノハ様が呆れ顔でぼやいていた。
「殿下……貴方、ブレませんね……まぁ、終わりよければ全てよしです。トゥナ、早速ですが準備をお願いします。こちらの馬鹿……もとい、殿下は私にお任せを」
そう言って、殿下の耳を引っ張り小屋の裏手に回った。残された私は、トゥナの指示で小屋に入り、身支度を整える。大きな鞄から取り出されたのは、シックなドレスだ。
「さ、お嬢様、お召替えを。これからお嬢様には女性としてお過ごしいただきます。殿下とお嬢様は、私の傍仕えの若夫婦という設定です。お手洗いや入浴の介助を名目に、私がお嬢様を使っているように立ち振る舞ってください」
それは甘美な悪魔の誘いのようにも聞こえた。これからは女として振舞える。ドレスを着るのも、化粧をするのも、誰にも邪魔されない生活。
重い軍服を脱ぎ、ドレスに袖を通す。スタンドカラーのワンピースドレスは、華美過ぎず、質素ながらも良家の使用人には相応しい代物だった。
「いいですか? 一度しか申しません。しっかりと覚えてください」
髪を結いながら、トゥナの話は続く。私は頷き、その声に集中した。
「私は豪商の大女将で、静養のため温泉の湧く村へ移住します。貴女は私に仕える侍女であり、殿下とは夫婦となります。名前はフィアを名乗ってください。殿下はイオです。お間違えの無いよう。そして殿下への敬語は禁止します」
少しためらったけど、演じ切ると言ったからには徹底して演じなければならない。殿下への敬語禁止は特に気を付けないと。
「殿下はお探し物のため、日中はお出かけになります。お嬢様は私と共に、村人への手回しを行っていただき、王都の目を逸らします。エノハ様は王宮へ戻られ、内部崩壊のために動き、殿下とお嬢様の情報を攪乱する手筈です」
エノハ様は、王宮へ……?
「トゥナ、エノハ様はおひとりで大丈夫なの? それに、宿舎に置いてきたマーシャも」
マーシャは宿舎で私の面倒を見てくれていたメイドだ。国王の立太子宣言でうやむやになっていたけど、今頃心細い思いをしていないだろうか。
そう思って尋ねると、トゥナは私の両肩に手を置き、安心させるように呟く。
「大丈夫ですわ。マーシャまでいなくなっては、殿下の失踪が計画的だと知られてしまいます。マーシャは何も知りませんから、厳しい尋問は受けないはずです。騎士団には旦那様もいらっしゃいますし、今後の身の振り方もエノハ様が対応してくださいます」
そうだ、お父様にも何も言わずに出てきたんだった。
(心配……してるだろうな)
つい俯いてしまうと、トゥナが肩を叩く。
「さっきまでの威勢はどうなさいました? 私のお嬢様は、そんなことでへこたれるようなお方ではございませんでしょう? お茶会に集まるボンクラ共にも怯まなかったお嬢様です。なるようになりますわ」
トゥナの励ましに、私は深呼吸をして頷いた。私はやるべきことをやるしかない。殿下の探し物も気になるけど、今は潜伏して、国の状況打破が最優先だ。
「さ、準備が整いました。いかがですか?」
渡された手鏡を覗き込むと、そこには女性にしか見えない私がいた。それを見ただけで、肩の力が抜けていくのが分かる。だけどそれは気を抜いている訳じゃない。やっと自分らしい姿になれたという安心感だ。
どうしても目立ってしまう喉仏をスタンドカラーで隠し、筋肉の付いた腕もゆとりのある袖に包まれている。顔立ちはやっぱりどこか男性的だけど、トゥナの化粧の腕でカバーしてくれていた。髪も下ろし、両サイドを三つ編みにして後頭部でまとめリボンが結ってある。
「さ、背筋を伸ばして。ドレス姿を殿下に見ていただきましょう」
そう言って手を差し伸べる。私は少しの緊張と期待で、胸が高鳴るのが分かった。震える手で、トゥナの手を取る。
(なんて言われるんだろう……変だって言われたら、私立ち直れないかも)
トゥナの先導の元、焚き木の側に戻ると既に殿下とエノハ様が揃っていて、打ち合わせをしているのか、背中を向ける殿下にトゥナが声をかけた。
「お待たせいたしました」
その声に殿下が振り向くと、私を見た途端動きが止まる。
(やっぱり変、なのかな……)
不安が過って、トゥナの手を握りしめると、殿下がポツリと呟いた。
「……かわいい……」
その瞬間、顔が沸騰したように熱くなった。殿下も同じで、あたふたと言い訳を口走っている。
「い、いや、前から可愛かったけど、更に可愛いというか……嬉しいというか、いや、何言ってるんだ俺! な、なぁ! エノハもそう思うよな!?」
話を振られたエノハ様は、心底どうでもいいというように棒読みな返答をするのだった。