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第33話 蓼食う虫も好き好き

  焚き木の周りにみんなで腰を下ろし一息つくも、殿下はまだソワソワと落ち着きがない。チラチラと私を見るのに、視線が合うとサッと目をそらす。それが少し腹立たしくて、つい文句を言ってしまった。


「殿下、先程からどうされたのですか。急に大声を出したかと思えば、今度は落ち着かない様子で……男がドレスを着るのに抵抗があるのは分かりますが、これも任務の一環ではないのですか?」


 私は女装したことで、本来の性格に引きずられている自覚があった。元のファルスなら、こんなこと言わないだろう。この体は自分ではないという引け目から何事にも自信がなく、周囲に自己主張するのが苦手だった。


 それが服装だけでも女になれたことで、気持ちが変わってくるのだから現金なものだ。


 殿下はいつもと違う私の言い方にも頬を染める。その隣では、エノハ様がうんざりしたような顔でお茶をすすっていた。


「まったく……余計にこじらせてどうするんですか。これからは同じ家に住むのですよ? 庶民の家は王宮とは違い、壁1枚挟んだ隣の部屋にファルスが寝起きするのです。もしかしたらお風呂上がりにバッタリ……なんてこともあるかもしれませんね」


 エノハ様の言葉に、殿下は何故か頭を抱えた。それほどまでに嫌なのだろうか。でも『女で良かった』なんて言うんだから、少なくとも私のことは受け入れてくれているはず。


 そもそも、その『女で良かった』という発言もよく分からない。万が一、殿下が私を想ってくれているとしたら、それは男のファルスが相手なのではないだろうか。


  以前、従姉妹の恋文にも拒否反応を示していた。王宮に勤め始めてからも、その前にも、殿下に想い人がいるという噂は聞いたことがない。第2王子なのにまだ婚約者もいないし、婚約話が上がっているのも聞いたことがなかった。


(ひょっとして……殿下は男性がお好きなのかしら……)


 そうであれば、私が『女で良かった』と言ったのにも頷ける。恋愛対象として見れないだろうし、今の態度も女相手だからぎこちなくなっているのかも。


「申し訳ありません……私ったら殿下のお気持ちも考えず、言葉が過ぎました」


 急にしおらしくなった私に、エノハ様が怪訝な顔をする。


「ファルス? どうしたのですか。一体何を……」


 殿下もパッと顔を上げ、不可解な表情を浮かべていた。


「私……気付いたのです。殿下は男性がお好きなのですね。だから私が女であれば気が削がれることもなく、任務に集中できるのだと。そう考えれば、私との恋人偽装も納得できます。いくら従姉妹の求婚を断る口実や、味覚障害改善の糸口と言っても、男を恋人に……なんて、そうそう考えることではありませんものね」


 そう言い切ると、周囲が異様な沈黙に包まれた。殿下もエノハ様も、トゥナさえも動きを止め、私を凝視している。


「……嘘……だろ……?」


 ようやっと声を漏らした殿下の顔色は真っ青で、なんだか涙目だ。それはエノハ様も同様で、哀れみの視線を殿下に向けていた。


「だから言ったじゃないですか……格好つけずに、はっきり伝えていればこんな勘違い……あ、目眩が……」


 ふらりとエノハ様がよろめくと、すかさずトゥナが支える。


「なんと言ってよいか……申し訳ございません。お嬢様はご自分がそのような対象として見られているとは、露とも思ってないのです。幼い頃からそうでした。財務大臣の令息が分かりやすく求婚しても、嫌がらせだと仰って……」


 え、何。


 ガインが求婚?


 いやいや、ありえないでしょう。私を『男娼』と見下して、これみよがしにドレスを贈るような奴なのに。私が普通の女の子だったら嬉しいかもしれない。でも、この世界で男色は暗黙の了解だ。そんな中で男にドレスを贈るなんて、嫌がらせ以外に考えられなかった。


 だって、贈られたドレスというのが毒々しい色で、いかにも安い娼婦と言った仕立てだったんだもの。私は娼婦を見下している訳ではないけど、ガインはそのつもりだったに違いない。ドレスも投げつけるようにして渡してきたし。


 でもそれを聞いたエノハ様は力なく頷く。


「やはりそうなのですね。あの執着ぶりは何かあると思っていましたが、そのような経緯が……」


 それに対して、殿下は頭を抱え、ブツブツと何事か呟いている。


「……今からでも言うか……? いや、男のファルスに言っても誤解が加速するだけなんじゃ……いや、しかし……」


 みんなわざとはぐらかしているようで、疎外感を覚えてしまう。任務について教えてもらえなかった時は、私が迂闊な行動を起こさないように配慮してくださったんだと知っている。


 だけど今は完全にのけ者だ。


「なんです? 違うんですか? だとしたら、この状況は一体何なんです。トゥナ、あなたも教えてくれないの?」


 頬を膨らませて言うも、トゥナとエノハ様は顔を見合わせ、未だにブツブツ言っている殿下を気遣っているのか小声でそっと囁く。


「申し訳ございません……わたくしからお伝えできることではないのです」


 エノハ様もそれに倣う。


「はい、こればかりは殿下ご自身が仰らなければ意味がありませんね。まぁ、男色趣味でないとだけ言っておきましょう」


 2人の言い分は、到底納得できるものではなかった。殿下を見ても、まだ自分の世界に潜っている。


(なんで教えてくれないのよ!)


 私はイラ立ちが隠せず、お茶を一気に煽った。トゥナが淹れてくれたお茶は、実家でよく飲んでいた花茶だ。オレンジ色のお茶の中に、小さな赤い花弁が漂っている。ここまでの疲れを癒してほしいと、トゥナが選んでくれた。


 その香りを吸い込んで、自分に言い聞かせる。


(落ち着け……きっと、何か事情があるはず。殿下とはこれからも一緒なんだし、いつか話してくれるのを待とう)


 ふぅっと息を吐き、空を見上げる。


 そこには満天の星空が広がっていた。

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