開けて翌日。
私達は森の街道を歩いていた。馬にトゥナを乗せ、殿下が手綱を取り、私は馬を隔てた反対側に並ぶ。もう既に人の往来がある場所だから、言葉使いにも気を付けなければならない。
「そろそろ陽射しが暖かくなってきたわね。養生には丁度良い季節だわ。フィア、疲れていない? そろそろ休憩しましょうか」
そう言うのは馬上のトゥナだ。日傘を差して、優雅に揺られている。こうした何気ない会話を道行く人達に聞かせることで『養生に向かうご隠居』を印象付けるのだ。
私もそれに続いた。
「はい、奥様。お昼に丁度良い時間ですし、すぐそこに広場が見えます。他にも人がいるようですね」
街道には休憩場所が設けられていて、食事時には人で賑わう。ここは森の中だから、他よりは少ないだろうけど、既に数台の馬車が停まっていた。
「そのようね。イオ、準備をお願い」
それに殿下――イオが応える。
「承知いたしました。フィア、手綱を頼む」
手渡される手綱を受け取り、私は頷いた。料理は私が担当で、野営や力仕事はイオの担当。これも偽装するうえで重要で、私が料理する不自然さを消すためだった。単に夫婦でも同じよう見せることはできる。でも男女2人では追跡を逃れるのは難しい。
それを
『なのだ』なんて偉そうに言っているけど、計画を立て、準備をしたのは全てエノハ様。私はただ、それに乗っかっているだけだった。
そのエノハ様は、夕べのうちに王宮へ戻っている。私達は西へ向かったと伝えるためだ。
王太子に続き、第2王子まで失踪となれば、それなりの理由が必要になってくる。穏健派にとっては後がなく、王権派にとってはとどめを刺したいところだろう。王女を擁する宰相派に関しては、殿下の捜索に乗り出すのは考えにくい。それを引っ張り出し、三竦みに亀裂を入れるのがエノハ様の役目だった。
宰相の懐に潜り込み、政権争いに誘導する。しかし、なんの繋がりもなく敵陣に足を踏み入れるのは愚策と、この計画を企て始めた頃から接触を図っていた。もう3年も前から動いていたと言うから驚きだ。
ひとりでは危険じゃないだろうかと同行を申し出たけど『足手まといです』とバッサリ切り捨てられた。別れ際、殿下とエノハ様は互いに手を固く結び、再会を約束する。そこには、主従以上の無いかがある気がした。
お2人の出会いも聞いてみたいと思う。でも、今はその時じゃない。昨夜からの殿下の様子も気になっていた。馬の鞍から野営道具を取り出す殿下を盗み見ながら、私はトゥナと会話を続ける。
「本日の昼食は何がよろしいでしょう」
馬から降りたトゥナは、少し考える素振りをして答えた。
「そうね……昨日の鴨がまだあったはずだから、野ネギと一緒にスープにするのはどう?」
その言葉に、背中を冷たいものが伝った。
昨夜、私達と合流したトゥナは、既に食事を済ませていたと知って悔しがっていたのだ。せっかく鴨を獲ったのに、と。
手にした大きな鞄から現れたのは、立派な雄の鴨。まだ鮮度がよく、羽根が逆立っていた。あの時はもう陽も暮れ始め、視界は悪かったはず。そんな中で、池に漂う鴨を獲るのは至難の業だ。
トゥナ曰く。
『これくらい朝飯前ですわ』
とのこと。
しかも羽根に傷はなく、見事なヘッドショットが決められている。この世界に銃は無いから弓矢を使っているはずで、更に難易度は上がるのに。
幼い頃から傍にいたのに意外な一面を知って、ちょっと恐怖したのは秘密だ。
殿下が焚き木を起した近くの停め木に馬を繋ぎ、調理に取り掛かる。鴨の処理はトゥナがしてくれていたから、ブロック肉を一口大に切り、皮を下にして焦げ目がつくまで野ネギと一緒に焼く。ニンニクがあるともっといいんだけど、あいにく今は無いから諦めた。
あらかた火が通ったら臭み消しのハーブを投入、殿下が汲んできてくれた水を注いで、昨夜の残りの大根も入れ一煮立ちさせる。そのお供に保存のきく黒パンを添えた。酸味が強い黒パンだけど、シンプルなスープにはよく合う。
野営でスープを作ることが多いのは、皿の数を少なくし、旅装を軽くする意味合いもあった。焚き木だけでフルコースを作るのも現実的ではないし、貴族の遠乗りでもない限りはスープとパンの組み合わせがマストだ。
そこに時折、肉や魚を焼いたものが増えるくらいだろうか。それも木の枝に刺して、バーベキューのようにして食べるのが一般的だ。でもこれも注意が必要で、町の外には毒性を持つ植物も多く、野外訓練ではそういった知識も学んでいた。
今は殿下も一緒だし、心強い事この上ない。言わなくても既に枝を拾ってきて水で濯ぎ、短剣で器用に削ってスプーンとフォークを作っていた。こういう小物も現地で調達して、最後は焚き木にくべて処分する。次に使う人のために、焚き木の灰も土に埋めて去るのが旅の礼儀だった。
鴨のスープができ上ると、まずは殿下が口を付ける。毒見の振りをしているけど、最初に食べたいと言ってきかなかったための苦肉の策だ。一応、トゥナは豪商のご隠居という設定だし、毒見をしても違和感はない。
ただ……。
「美味い……やっぱりお前の料理は天下一だよ」
なんて涙ながらに言うから、周囲から感じる好奇の視線が痛い。エノハ様も普通だと言っていたのを考えると、他の人でも反応は同じはず。それなのに、殿下の言葉がハードルを上げていた。
「ふふ、そうね。フィアの料理は格別だわ」
トゥナまで調子を合わせるから、余計に注目を集めてしまう。中には私達の手元を覗き込んでくる人までいた。
「普通! 普通ですから! 殿……イオも変な風に言うのやめて!」
焦ってそう言うと、2人は柔らかく笑う。
(もう、お世辞が上手いんだから)
嬉しくないと言えば嘘になるけど、褒めすぎるのもどうかと思う。
トゥナがスープに口を付けるのを確認して、私も一口含んでみた。鴨の旨味に野ネギと大根の甘さがハーブで引き立てられて、思いのほかいい出来に仕上がっている。
少しずつ、でも確実に料理の腕が上達しているのは、素直に嬉しかった。