静かにスライドした床の扉に階段が現れるが、薄暗くて奥の方は見えない。
「さあ、行きましょう、この先にこれからお姫様が住む場所がありますんで」
「……は、はい……」
ティアナはゴクリと息を呑んだ。
――まさか地下室に案内されるなんて……人質を閉じ込めておくにはちょうどいい、独房のような場所に違いないわ。もしかしたら拷問されたりするのかしら……。
ティアナは様々な憶測を巡らせ、不安を抱えながらルーカスの後に続く。
体格のいいルーカスが余裕で通れる正方形の扉、内側から閉めればただの床に元通りだ。
ティアナはドレスの裾を持って、注意しながら石階段を下りる。慣れないドレスを踏んづけて、転んだら大変だ。
階段を進むごとに、薄暗い道が明るくなってくる。
やがて辿り着いた場所に、ティアナは目も口も限界まで開いた。
真っ直ぐに続く廊下と、右手に並んだ部屋の数々。地下室とは思えないほど高い天井に、広々とした空間。
なによりもティアナを驚かせたのは、華やかで可愛らしいデザインだ。
壁や天井、床はすべて真っ白で、淡いピンクの絨毯がよく映える。通路の脇のところどころには、これまたピンクのドライフラワーが飾られ、クマやウサギなどのぬいぐるみも置かれていた。
地上の要塞から一転、ファンシーでラブリーな世界に、ティアナは感激のあまり身体を震わせた。
「か……かわ……カワイイイイ!!」
王女という立場を忘れ、悲鳴に似た声を上げるティアナ。
頬を変形するほど両手で押さえ、瞳を輝かせて大興奮している。
「え、えぇーと、これの良さがわかるんで……?」
「ええっ、わかるもなにも! こんなに可愛らしいのを、悪いだなんて言う人がいるの!?」
ティアナは忙しなく顔を動かしながら、絨毯の道を跳ねるように進む。
右手に見えるドアとドアの間隔が開いていて、一部屋一部屋が広いのがわかる。
ホテルのような作りに、ホワイトチョコといちごミルクを合わせたような色合い。
高い天井にはハート型のシャンデリアがぶら下がっていて、それを見たティアナの目もハートになりそうだ。
「騎士団は男の集まりなんで、なんとも……」
頬を掻いて苦笑いするルーカスだが、その言葉はティアナの耳に入っていない。
一歩間違えると、ぶりぶりすぎてイタイと言われそうな独創性。
しかし、ティアナは一瞬にして、この世界の虜になった。
さっきまで牢屋のようなところに入れられると思っていただけに、反動がすごかった。
「お姫様は一番奥の部屋を使うようにと、団長から言われています」
「一番奥の部屋……」
その言葉に反応したティアナは、ルーカスに案内され角部屋の前に立つ。
純白の壁に溶け込みそうなドア、そこについたピンクゴールドのノブを、ルーカスが回して押し開けた。
すると、目の前に広がる光景に、ティアナはまたしても瞳を輝かせる。
真っ白な壁や天井、床に囲まれたそこには、ピンクゴールドのベッドに、チェストとドレッサー、丸いテーブルや椅子が置いてある。
そしてなんと、その家具すべてが猫足だった。
「こ、こここ、ここが、わ、私の部屋ですって……!?」
興奮がピークに達したティアナは、もはや怒っているように見えた。
「気に入りませんか?」
「ま、まさか、気に入らないだなんて、そんなこと……!」
焦って否定しながら後ろを振り返ると、開いたドアのところに立つルーカスが見える。
それを見た瞬間、ティアナは急に冷静になった。
キュートな空間の中に立つ、筋肉もりもりの強そうな男性。
合成写真のように違和感のある光景に、ティアナはようやく落ち着きを取り戻した。
するとすぐに、ある疑問が浮かぶ。
こんなに可愛らしいデザインを、一体誰が考えたのだろうと。
まさか騎士団の男性ではないだろうし……となれば、この城に女性も住んでいるとか……?
ティアナが考えを巡らせていると、どこからか足音が近づいてくる。
その人物はすぐに、ルーカスのそば……部屋の出入り口に姿を見せた。
焦茶色の髪を後ろで一つにまとめた、優しげな目元をした女性。歳は三十くらいだろうか、落ち着いた大人の雰囲気がある。
「ティアナ王女……でございますね?」
「あっ、はい、そうです」
「私はカルラ・ウィルソンと申します。地下室の管理を任されておりますメイドで、この度奥様の侍女のお役目をちょうだいいたしました」
カルラの自己紹介に、ティアナはなるほどと納得した。
彼女は白いフリルのついたエプロンにカチューシャ、黒のワンピース姿という、メイドらしい服装をしていたからだ。
つい先日までは、ティアナも同じような格好をしていたのに。
まさか自分が仕えられる側になるなんて、ティアナはこの時まで想像もしていなかった。
「侍女……私の……」
「はい、よろしくお願いいたします」
カルラは微笑むと、美しい姿勢でティアナにお辞儀をした。
この時、ティアナは初めて、誰かに深々と頭を下げられた。
少し照れくさいような申し訳ないような、落ち着かない気持ちになるが、それを表に出さないように努める。
普通の王女なら、礼をされて当然。
慣れた様子で、堂々と対応しなくてはいけない。
「こちらこそ、よろしくね、カルラ」
ティアナは少し首を傾けて、にこやかに答えた。
「そんなわけで、わからないことや困ったことがあれば、カルラに言ってください。女同士の方が気兼ねなく話せることもあるでしょうし……んじゃあ、カルラ、後よろしくな」
「ええ、任せてちょうだい」
ルーカスはティアナに説明すると、カルラに後を任せて踵を返す。
彼が立ち去ろうとしていることに気づいたティアナは、慌てて部屋を出て広い背中に声をかける。
「ルーカス!」
咄嗟に名前を呼ぶと、通路を歩いていたルーカスが、足を止めて振り向いた。
「ここまで連れてきてくれてありがとう」
ドアのそばで微笑んで礼を告げるティアナに、ルーカスは少しキョトンとした後、ふっと笑った。
「どういたしまして!」
ルーカスは爽やかに返事をすると、再び前を向いて、元来た道を戻る。
ピンクの絨毯の上を歩き、やがて辿り着いた階段を上りながら、地下室を見たティアナの反応を思い返す。
まるで子供のように、盛大にはしゃいで喜んでいた。
それはルーカスの王女像とは違ったが、憎めないお方だと思った。
「……あいつと気が合うかもな」
ルーカスは期待を含めた笑みを浮かべ、地上に帰っていった。