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第四章、愛さないと言われたのに

第十七話、溺愛爆発

 二人が結ばれて一週間ほど経った、とある日の昼下がり。

 ティアナの部屋には、大量のドレスが所狭しと並んでいた。


「いつも似たようなドレスばかり着ているからな、好きなものを選べ」

「は、はあ……」


 イザークに言われ、躊躇いがちに答えるティアナは、未だドレスを選ぼうとはしない。

 否、選ぶことができないのだ。


「……あの、イザーク、ドレスを選びたいのは山々なのですが、この状態では無理かと……」

「なに?」


 イザークは眉を顰めながら首を傾げると、視線を下げて自分たちの状態を確認する。

 そこでハッとしたイザークは、ようやくティアナの言葉の意味を理解した。


 ――俺はいつの間にティアナを抱きしめていたんだ……?


 イザークはティアナの部屋に来たら、無意識に彼女を抱きしめる。

 それが習慣になりつつあるので、なかなか重症だ。

 というわけで現在の二人は、椅子に座ったイザークが、自分の膝上にティアナを座らせ、後ろから抱きしめている状態だった。

 だからティアナは身動きが取れず、ドレスを選びに行けなかったのだ。


「確かにそうだな、じゃあ俺が休憩を終えてから選べ」


 特に自分の行動を反省する気がないイザークに、『今ティアナを離す』という選択肢はなかった。

 イザークの腕にすっぽりと収まったティアナは、大人しくしながらも胸の内は穏やかではない。


 ――愛さないと言われたのに、この状況はなんなのでしょう?


 一夜をともにしてからというもの、イザークは毎日ティアナに会いに来てはこの調子なのだ。

 イザークの態度の変化に、ティアナはまだ頭がついていかず困惑気味だった。


「わかりました、では、後で一着選ばせていただきます」

「一着では足りないだろう、なんなら全部でもいいくらいだ」


 驚いたティアナが後ろを振り向くと、自身を見下ろすイザークと目が合う。


「そんな、とんでもございません、私のドレスはたくさんいりませんので、その分違うところに使ってください」

「……チ、お前はまた、そんなことを言って」


 舌打ちして鬼の形相を浮かべるイザークだが、決して怒っているわけではない。

 カワイイすぎキレとでも言おうか、上目遣いで遠慮深いことを言うティアナが、愛しすぎておかしくなっているのだ。

 その証拠に、イザークはティアナの唇を奪おうと行動に出る。

口下手な分、すぐに手を出しがちな困った騎士団長。

 しかし、イザークの思う通りにはならなかった。

 ティアナが素早く自分の口の前に両手を出したからだ。

 おかげでイザークはティアナの手のひらにキスすることになった。

 イザークの素早さを上回るとは、ティアナは運動神経と同じく反射神経もいい。

 だんだんイザークのやることが読めるようになってきたというのもあるが。


「あ、あの、今はよろしくないかと」

「なんだ、嫌なのか?」

「いえ、私の問題ではなく」

「ゲホゲッフォン!!」


 キスを阻まれて不機嫌な顔をしていたイザークは、大げさな咳払いに顔を上げた。

 すると大量のドレスの端に、メイド服姿で立つ女性が目に入った。


「……カルラ、いつからそこにいた?」

「最初からずっとおりますよ」


 心なしか、カルラの口元が引き攣って見える。

 ティアナがイザークに待ったをかけたのは、思いっきりカルラがいたからだ。

 ティアナに夢中すぎるイザークは、まったくカルラを認識していなかったが。

 そんなイザークを前に、カルラはハァと小さく息をついた。


「本来なら昼食のお時間ですのに、食事も摂らずこちらに来られるなんて、ルーカスが困っていましたよ」

「えっ……イザーク、本当なのですか?」


 じっと見てくるティアナに、わかりやすく顔を背けるイザーク。これでは肯定しているようなものだ。


「いけませんよそんなこと! 身体作りは騎士の基本ではございませんか!」


 きちんと食事を摂ってから来ていると思っていたティアナは、イザークを心配して叱った。

 心優しいティアナのことだ、自分が食事する間も惜しんで来ていることを知れば、絶対にこうなるだろうとわかっていた。だから言わずにいたのに、余計なことを……。

 イザークはティアナから顔を背けたまま、目だけをカルラに向けギロリと睨みつけた。

 するとカルラはビクッと身体を揺らし、肩を窄めた。


 ――本当はお優しいとわかっていてもこの迫力……動じない奥様はすごいわ。


 カルラの反応は正常だ。味方でも怯えるほど、イザークの威圧感はすごい。

 しかし生まれ育った宮殿でひどい扱いを受けてきたティアナは、イザークを一度も怖いと思ったことなどないのだった。


「朝晩に詰め込めば問題ない」

「朝と晩もこちらにお目見えでは?」


 ティアナの素早いツッコミのせいで、イザークは顔の向きをなかなか元に戻せない。

 ティアナが言う通り、イザークは業務が終わればティアナの部屋に来て、寝所をともにしてそのまま朝を迎える。で、業務が開始するギリギリまでティアナにべったりだ。

 だからイザークはこの一週間、全然自分の部屋に戻っていない。もはやティアナがイザークの部屋のようになっているのだ。


「ここだけの話、最近あまり食欲がないのだ、胸がいっぱいでな」

「そんな……どこか具合がお悪いのですか?」


 優しいティアナの声に、イザークはようやく顔の向きを戻した。

 自分のために怒ったり悲しんだりするティアナに、イザークは不謹慎ながら喜びを覚える。


「身体は健康そのものだ、心配には及ばん……まあ、原因もわかっているしな」


 その台詞を聞いていたカルラは、ああなるほどと、すぐに納得した。

 あの人のことを考えると、食事も喉を通らないの……。

 そんな乙女チックな症状が、イザークにも現れているのだと。

 しかし恋愛経験のないティアナは、純粋にイザークを心配する。

 そしてイザークが身体は健康だと言ったことから、精神面の影響かと思った。確かに気持ちの影響という部分では、間違っていなかったのだが。


 ――騎士団長なんだもの、きっと私には計り知れない重責を負ってらっしゃるのだわ……。


 本当はただの恋煩いなのだが、大きな勘違いをしたティアナは、なにか自分にできることはないかと考えた。


「あの、よろしければ私にイザークのお食事を作らせていただけませんか?」


 その台詞に、イザークの瞳孔がカッと開く。

 いや怖い怖いと思うカルラだが、ティアナはやはり動じる気配はない。


「まだお菓子以外は作ったことがないので、カルラに教えてもらってからになりますが」

「それならわざわざ奥様がなさらなくても、私が旦那様の分まで――」


 いつもティアナの食事はカルラが作っているので、それにイザークの分を追加すればいいだけ。そう思ったカルラが口を出したのだが、二人の耳には届かなかった。

 イザークはティアナを見つめ、バックハグの状態のままティアナの両手をギュッと握りしめる。

 対するティアナもイザークを一心に瞳に映していた。


「……よろしく頼む」

「はい、お任せください」


 真剣に見つめ合う二人は、完全に自分たちだけの世界に入っている。

 しかし、その心中はさまざまだった。


 ――イザークの元気がないと団員たちにも迷惑がかかってしまうわ、妻としてできる限りサポートしなくては。

 ――ティアナが俺のためにわざわざ手料理を……なんといじらしい、永遠の女神……。


 微妙に噛み合っていない凸凹な二人だが、不思議と上手くいっているので、特に問題はなさそうだ。今のところは。

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