そうして食事の件がまとまった時、遠くからバタバタと足音が近づいてくる。
やがてティアナの部屋の前で止まると、勢いよくドアが開かれた。
室内にいた三人が同時にドアの方を見ると、そこには体格がいいイザークの側近が立っていた。
「団長、もう次の準備できてますよ」
ルーカスの顔を見たイザークは、ものすごく嫌そうな顔で深いため息をつく。
そして仕方なくティアナを離して立たせると、自らも重い腰を持ち上げた。
「わかっている、いちいち呼びに来るな」
「えー、だって最近の団長、お姫様に夢中すぎて部屋から出てこないんじゃないかってグエッ」
瞬時に移動したイザークは、ルーカスのシャツの襟を掴み上げた。
「次に余計なことをぬかしたらわかっているな」
間近で鋭い眼光を向けられたルーカスは、首が締まって頷くこともできないため、代わりにそっとグーサインを出した。
自分より身体が大きな者をも黙らせる腕力。イザークは見た目は細身であるが、実はかなり筋肉質であることをティアナはもう知っている。
イザークはルーカスをパッと離すと、背後に立つティアナをチラッと見た。
「……行ってくる」
「はい、がんばってくださいませ」
優しい笑顔で見送るティアナに、イザークのやる気が爆上がりする。表情に変化はないが。
また夜にティアナに会えるのを楽しみにしながら、イザークは部屋を出ていった。
「相変わらずおっかないねー……すみません、お姫様、お見苦しいところを」
「いいえ」
乱された襟を整えながら言うルーカスに、ティアナがにこやかに答える。
するとルーカスが突然、真剣な面持ちになり、ティアナを見つめた。
「あの……」
「どうしたの?」
なにか言いたげなルーカスに、首を傾げて尋ねるティアナ。
ルーカスは一度視線を下にやってから、なにか決意したように、パッと顔を上げて改めてティアナを見た。
「……会ったんですか? ポルカに……」
ルーカスの口から出た名前に、ティアナは目を大きくして固まった。
まさかここで、その名前を聞くとは思っていなかった。
「ルーカス、なにをしている、早く行くぞ」
先に廊下を歩いていたイザークが、部屋に留まっているルーカスに呼びかけた。
するとルーカスは急いでイザークに目をやり「あっ、はい!」と返事をすると、またすぐにティアナの方を向く。
「あの、ポルカの奴、お姫様のこと気になってるみたいで、もしまた会う機会があれば、話聞いてやってください、んじゃあ!」
ルーカスは早口でティアナに話すと、片手を上げて部屋を去り、イザークの後を追った。
カルラと二人、部屋に残されたティアナは、ルーカスに言われたことを脳内で再生する。
ティアナのことが気になっているとか、話を聞いてやるとか、意味不明で不可解なことが多い。
そもそもおかしいのが、ルーカスがポルカのことを『ポルカの奴』と呼んでいたことだ。
いくら側近だからといって、イザークの愛人らしい彼女に対し、砕けすぎた呼び方ではないか。
この時初めてティアナの中に、もしかしたらポルカはイザークの愛人ではないのかもしれない、という可能性が浮かんだ。
「さあ、それではドレス選びをいたしましょう」
考え込んでいたティアナは、カルラの一言で我に返った。
振り向くとそこには、にこやかな表情のカルラが立っている。
そして部屋を埋め尽くすほどに置かれたドレスの数々。
赤や緑、青に黄色やオレンジまで、色とりどりの煌びやかな一等品が並んでいる。
ドレスを選び始めたティアナは、ワクワクよりも躊躇する気持ちの方が強かった。
ついこの間まで、ドレスに袖を通したこともなかったのだ、慣れないことはなんとも気が引ける。
「お金のことを気にされているなら問題ありません。イザーク様は日頃節制されている分、成果を上げた者への褒美や、大切な方への奉仕は惜しまないのです。それでも有り余るほどの財力がございますので、どうぞご遠慮なさいませんよう」
カルラの気遣いの言葉の中に、ティアナは気になる一文を見つけた。
『大切な方への奉仕は惜しまない』
まさしくその通りだ。地下室の豪華さを見ればわかる。イザークはその『大切な方』の趣味か娯楽のために、この空間には惜しみない財を注いでいるのだろう。
妙に納得してしまったティアナは、また胸の辺りがモヤモヤした。
しかし今はとにかくドレスを決めなければと、気持ちを切り替える。
カルラに不自然に思われないよう、なるべく堂々と、王女らしい振る舞いでドレスを見て回る。
「そう……では、いくつか選ばせてもらうわ」
その夜、ついにポルカの正体が明らかになる。