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第十八話、ルーカスの願い

 そうして食事の件がまとまった時、遠くからバタバタと足音が近づいてくる。

 やがてティアナの部屋の前で止まると、勢いよくドアが開かれた。

 室内にいた三人が同時にドアの方を見ると、そこには体格がいいイザークの側近が立っていた。


「団長、もう次の準備できてますよ」


 ルーカスの顔を見たイザークは、ものすごく嫌そうな顔で深いため息をつく。

 そして仕方なくティアナを離して立たせると、自らも重い腰を持ち上げた。


「わかっている、いちいち呼びに来るな」

「えー、だって最近の団長、お姫様に夢中すぎて部屋から出てこないんじゃないかってグエッ」


 瞬時に移動したイザークは、ルーカスのシャツの襟を掴み上げた。


「次に余計なことをぬかしたらわかっているな」


 間近で鋭い眼光を向けられたルーカスは、首が締まって頷くこともできないため、代わりにそっとグーサインを出した。

 自分より身体が大きな者をも黙らせる腕力。イザークは見た目は細身であるが、実はかなり筋肉質であることをティアナはもう知っている。

 イザークはルーカスをパッと離すと、背後に立つティアナをチラッと見た。


「……行ってくる」

「はい、がんばってくださいませ」


 優しい笑顔で見送るティアナに、イザークのやる気が爆上がりする。表情に変化はないが。

 また夜にティアナに会えるのを楽しみにしながら、イザークは部屋を出ていった。


「相変わらずおっかないねー……すみません、お姫様、お見苦しいところを」

「いいえ」


 乱された襟を整えながら言うルーカスに、ティアナがにこやかに答える。

 するとルーカスが突然、真剣な面持ちになり、ティアナを見つめた。


「あの……」

「どうしたの?」


 なにか言いたげなルーカスに、首を傾げて尋ねるティアナ。

 ルーカスは一度視線を下にやってから、なにか決意したように、パッと顔を上げて改めてティアナを見た。


「……会ったんですか? ポルカに……」


 ルーカスの口から出た名前に、ティアナは目を大きくして固まった。

 まさかここで、その名前を聞くとは思っていなかった。


「ルーカス、なにをしている、早く行くぞ」


 先に廊下を歩いていたイザークが、部屋に留まっているルーカスに呼びかけた。

 するとルーカスは急いでイザークに目をやり「あっ、はい!」と返事をすると、またすぐにティアナの方を向く。


「あの、ポルカの奴、お姫様のこと気になってるみたいで、もしまた会う機会があれば、話聞いてやってください、んじゃあ!」


 ルーカスは早口でティアナに話すと、片手を上げて部屋を去り、イザークの後を追った。

 カルラと二人、部屋に残されたティアナは、ルーカスに言われたことを脳内で再生する。

 ティアナのことが気になっているとか、話を聞いてやるとか、意味不明で不可解なことが多い。

 そもそもおかしいのが、ルーカスがポルカのことを『ポルカの奴』と呼んでいたことだ。

 いくら側近だからといって、イザークの愛人らしい彼女に対し、砕けすぎた呼び方ではないか。

 この時初めてティアナの中に、もしかしたらポルカはイザークの愛人ではないのかもしれない、という可能性が浮かんだ。


「さあ、それではドレス選びをいたしましょう」


 考え込んでいたティアナは、カルラの一言で我に返った。

 振り向くとそこには、にこやかな表情のカルラが立っている。

 そして部屋を埋め尽くすほどに置かれたドレスの数々。

 赤や緑、青に黄色やオレンジまで、色とりどりの煌びやかな一等品が並んでいる。

 ドレスを選び始めたティアナは、ワクワクよりも躊躇する気持ちの方が強かった。

 ついこの間まで、ドレスに袖を通したこともなかったのだ、慣れないことはなんとも気が引ける。


「お金のことを気にされているなら問題ありません。イザーク様は日頃節制されている分、成果を上げた者への褒美や、大切な方への奉仕は惜しまないのです。それでも有り余るほどの財力がございますので、どうぞご遠慮なさいませんよう」


 カルラの気遣いの言葉の中に、ティアナは気になる一文を見つけた。


『大切な方への奉仕は惜しまない』


 まさしくその通りだ。地下室の豪華さを見ればわかる。イザークはその『大切な方』の趣味か娯楽のために、この空間には惜しみない財を注いでいるのだろう。

 妙に納得してしまったティアナは、また胸の辺りがモヤモヤした。

 しかし今はとにかくドレスを決めなければと、気持ちを切り替える。

 カルラに不自然に思われないよう、なるべく堂々と、王女らしい振る舞いでドレスを見て回る。


「そう……では、いくつか選ばせてもらうわ」


 その夜、ついにポルカの正体が明らかになる。

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