みんなが寝静まった頃、ティアナはイザークとともに床についていた。
ふかふかのお姫様ベッドの上で、ティアナはイザークに抱きしめられる形で横になっている。
ふと目を覚ましたティアナは、目の前にある秀麗な顔をじっと見つめた。
指通りのいい漆黒の髪と、同色の長いまつ毛が、間接照明によりほのかに浮かび上がっている。
――本当に、綺麗な人だわ……。
すやすやと寝息を立てるイザークを前に、ティアナは改めてそう思う。
中性的だが、決して女性っぽいわけではない、きちんと男性らしい魅力がある。
そんなイザークに毎晩愛されているティアナは、相変わらず嫌だと思ったことがなかった。
最初こそ物理的な問題はあったものの、想像していたような痛みや恐怖もなかった。
ティアナが病弱だと聞いているイザークは、彼女を気遣ってとても優しくしてくれていたのだ。
だからティアナは心身ともに負担を感じることなく、今も心地よい倦怠感に包まれている。
しかし、裸のまま布団を被り寝ていたせいか、少し肌寒くなってモゾモゾと身体を動かし始めた。
温かいものを飲めば、また落ち着いて眠れるかもしれない。
そう思ったティアナはイザークを起こさないよう、そっと絡められた腕を抜けてベッドを下りる。
そして床に落ちたネグリジェを身につけると、真っ白なファーショールを羽織り、静かに部屋を出た。
廊下には等間隔に照明がついていて、ティアナの足元をきちんと照らしてくれる。昼間のような明るい光ではないが、辺りを見渡すには十分だ。
ティアナはドアを閉めて、真っ直ぐな廊下を歩き出す。この地下室は、中央の部屋がキッチンになっている。客人が来た時、カルラがどの部屋にも食事を運びやすいよう考えられているらしい。
そのカルラは今、ティアナとは別の部屋で就寝中だ。
わざわざお茶のために起こす必要もないだろうと思ったティアナは、自分で飲み物を入れるためキッチンへと向かった。
そして目的地に辿り着きそうになった時だった、ティアナはあるものが目に入り、突然足を止める。
ティアナの前方、一番奥の部屋のドアが開いたのだ。
そこから出てきたのは、ティアナも見覚えがある人物だった。
――ルーカス?
ティアナは彼の名を思い浮かべた後、ハッとして隠れる場所を探した。
するとちょうどそばに大きなクマのぬいぐるみがあったため、ささっとその後ろに隠れる。
ティアナは小柄なので、しゃがめば向こうから見えることはない。
カルラから来客があったとは聞いていないため、今地下室にいる人間は限られている。
だとしたらルーカスは、誰に会いにきたのか……?
無性に気になったティアナは、テディベアの脇の間からチラッと目だけを覗かせた。
出入り口に立ったルーカスは、部屋の方を向いて誰かと話しているようだ。
辺りは静まり返っているものの、ティアナからは距離があるため、ルーカスの声は聞き取れない。
しかし、遠巻きにもわかるほど、ルーカスは柔らかな表情をしていた。まるで愛しい人を見るかのような……。
やがて話が終わったのか、ルーカスが片手を上げ、ドアから離れる。
すると廊下を歩くルーカスを追うように、もう一人の人物がドアから出てきた。
――あっ……!
ティアナは思わず胸の内で声を上げた。
薄暗い中でも目立つ、ピンク色の髪が視界に入ったからだ。
フードを脱いだ状態のポルカの後ろ姿が、ティアナの前方に見える。
彼女は控えめに手を振り、ルーカスを見送っていた。
――どういうことなの……?
ティアナは瞬きを繰り返し、頭を捻らせる。
こんな深夜に、まるで人目を忍ぶように、ルーカスがポルカに会いに来ていた……?
ポルカがイザークの愛人なら、いろいろ問題な気がする。
しかし、本当にそうなのだろうか。
ここに来てティアナの断定に近かった仮説が、大きく揺らぎ始めた。
ティアナが混乱しているうちに、ルーカスが階段に消えていく。
そして見送りが終わったポルカが、ドアを閉めようとした。
――このドアが閉められたら、もう二度と彼女と話すチャンスはないかもしれない。
そう感じたティアナは、見過ごすよりも一歩踏み出す道を選ぶ。
「あのっ……」
思いきってテディベアの影から飛び出したティアナは、前方に見えるポルカに声をかけた。
すると反射的に振り向いたポルカとティアナの視線が交差する。
しかし、ポルカはすぐにパッと目を逸らすと、部屋の中に戻ろうとした。
「お願い、逃げないで、あなたとお話がしたいの!」
声を大にして呼び止めるティアナだが、ポルカは一瞬足を止めただけで、部屋に入ってしまった。
ルーカスにポルカの話を聞いてやってくれと言われたが、これでは話しようがない。
誰もいなくなった廊下で、ティアナは一人ポツンと立ち尽くした。
今日は一旦引いた方がいいのかもしれない、そう考えた後で、ティアナはふとあることに気づく。
ポルカの部屋のドアが開いたままになっている。
本当に入ってきてほしくないなら、急いでドアを閉めるだろうに、そこは未だ全開に近い形になっている。
――これは、もしかして……。
ティアナの予感は、次の瞬間現実になる。
開いたままのドアから、ポルカが控えめに顔を出したのだ。
まだティアナがそこにいるか、確認するような、不安と期待が入り混じった目を向けている。
そして再び視線が合うと、ポルカは少し恥ずかしそうな顔をしながら、頭を下げて部屋に引っ込んだ。
ティアナはポルカの気持ちを察し、胸が温かくなる。
入ってくれということだ。
その証拠に、やはりドアはまだ開け放されている。