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第20話 昔を思い出すこととモモを食べること

かなり暑い日が続いています。

親御様たちや、ホイクエンの先生などは、

多分意識してダイゴくんを涼しいお部屋に入れてくださっていますが、

少しでも外に出ますと、かなりの暑さです。

この世界の夏というものは、ずっとこのような季節なのでしょうか。

つゆの頃からかなり暑い日が続いていましたが、

こんなにも暑い日が続くのでしょうか。

なんだかまだまだ続くと言われて、

私としてはどうにかならないものかと思っております。

どうやらこの世界には、

部屋を涼しくする技術や、

車を涼しくする技術はあるようです。

それが街を涼しくする技術にまでは至っていないようです。

あまりに大きな空間は冷やせないもののようです。

魔法というものはなく、技術の力であるようですが、

今のところ、この暑さを街単位で冷やす技術はないようです。

季節を変える技術もどうやらないようですし、

この世界の暑さとなんとか折り合いをつけるしかありません。

しかし、この暑さはかなりのものです。

生まれて一年程度のダイゴくんなどは、

暑さで大変なことになってしまうかもしれません。

大人の皆様が、ダイゴくんを守ってくださるから、

ダイゴくんは今も明るく笑っていられます。

夏から守ってくださる、大人の皆様に感謝です。


お家は適度に涼しくなっておりますが、

ダイゴくんと親御様と眠られる際に、

私の意識が何かと繋がってしまったようです。

ダイゴくんの意識は、一日の楽しいことを思い出しています。

まだ言葉らしい言葉にはなっていませんが、

ダイゴくんの意識は、イメージとして、

たくさんの楽しいことを思い出していて、

それが幸せな夢となっています。

お家が涼しいので、ダイゴくんは気持ちよく幸せに夢を見ています。

私は、ダイゴくんの意識から別の、

何か繋がったところを感じています。

それは暗いものです。

私はダイゴくんの意識から離れて、

暗いところに向かいます。

暗いところは、私の過去でしょう。

こちらの世界に来てから、

ずっと忘れていたものです。

悲しい、苦しい、さびしい記憶です。


私は、向こうの世界において、

貴族の令嬢として生まれました。

私の生まれた家では、貴族の地位をことさら自慢しておりました。

地位の低いものは何も言えないものだと。

そして、地位の高い者には媚びへつらう。

私はそんな家に生まれ、

生まれながらにして、あの嫌な貴族の娘だと言われていました。

向こうの世界には魔法がありました。

私には魔法の才能がありました。

もっと学べばみんなの役に立てると思いました。

みんなに好かれたいと思いました。

仲間に入れてほしいと思いました。

お話をしたいと思いました。

貴族の家は、魔法なんて地位の低い奴らにやらせておけばいいと、

魔法の勉強もさせてもらえませんでした。

他の皆様も、私のことを、勉強もしないなんてお高くとまってと言われました。

皆様の役に立ちたいと思いました。

貴族の家の誤解を解いて、

皆様と友達になりたかったのです。

いろいろなことをしました。

お菓子をプレゼントしたら、

こいつがくれるものは毒が入っているはずと言われました。

また、貴族の施しかとも言われました。

皆様の使うところをお掃除しました。

見かけだけのパフォーマンスといわれました。

また、目の前でわざと汚されたりもしました。

皆様のために心を尽くしました。

貴族の家は、それをよく思いませんでした。

下賤な奴らに気に入られる必要はないと、

そんなことをするお前はこの家の娘などと認めないと、

よかれと思ってしたことが、

すべて悪い方向に向かいました。

ある時、ひそかに魔法の訓練をしていました。

魔法の勉強をするなと言われていたので、

基礎もままならないまま、大きな魔法の力を何とか扱おうとしていました。

そして、魔法の力は暴走して、

悪いことに施設がひとつ壊れて、そこには王族が滞在しておりました。

私は、国家への反逆を言い渡されました。

誰も私の味方はいませんでした。

貴族の家も、私を悪しざまに罵る証言をしました。

私には処刑が言い渡されました。

これで、終わる。

悪の令嬢とされていた人生が終わる。

愛されなかった人生が終わる。

何が悪かったわけでもありません。

皆様、ご自身の信念で動いていました。

私は苦しかったけれど、

誰も悪くありませんでした。

私は微笑んで処刑台に上がりました。

この苦しみが終わること、皆様を許すこと。

その意味をこめて微笑んでいました。

悪の令嬢を殺せと罵詈雑言が飛び交う中、

私の命は絶たれました。


私は暗いところから、

小さな手にひかれて明るいところに戻ってきました。

最近歩くことが上手になってきた、ダイゴくんの小さな手です。

おててを繋ぐことを覚えて、

おててを繋ぐことは、仲良しのことだと覚えてきた小さな手です。

夢の中まで、ダイゴくんは私に優しいのです。

ダイゴくんは大好きがたくさんありますけれど、

ダイゴくんの中にいます、私にもこんなに優しく、

暗い過去のことを思い出してしまった私を、

光の方に導いてくれます。

これが勇者でなくてなんと言いましょう。

感動のあまり泣きそうです。

こんなに愛されることができるなんて、

ダイゴくんの身体の中に転生をしてよかったと思うのです。

暗い過去の記憶から戻ってきて、

ダイゴくんの天真爛漫の夢の中にいさせてもらいます。

愛し愛されることが許されるというのは、

素晴らしいことですね。


さて、ダイゴくんのお家にオチュウゲンが届きました。

待ちに待っていたモモです。

見たことのない果実です。

お母様がモモの皮をむいて、

ダイゴくんに食べやすいように形を整えて出してくださいます。

ダイゴくんはモモをつかみます。

モモはとても果汁が多いらしく、

モモの汁がたくさんあふれます。

つぶれたモモをダイゴくんは口に運びます。

そのなんと美味しいこと。

ダイゴくんの口の周りも服もベタベタになりますが、

初めてのモモのなんと美味しいこと。

ダイゴくんも大喜びで跳ね回ります。

今まで食べたことのない美味しさに、

私もダイゴくんも感動です。

それからたびたびダイゴくんにモモがふるまわれ、

親御様とダイゴくんでモモをいただきます。

ダイゴくんはモモと見ると大はしゃぎです。

口いっぱいにモモを入れたり、

柔らかいモモをつぶしてベタベタにします。

身体全部を使って美味しいを表現しているのだと思います。

これほど素直な美味しいはありません。

初めてのモモは最高の美味しさをもたらしてくれました。


ダイゴくんには、自我が芽生えてきているようです。

ホイクエンでたくさんのお子様たちに囲まれていることもあると思います。

他のお子様と、ダイゴくんと、先生と、親御様、

いろいろな存在があって、

ダイゴくんはダイゴくんであると思い始めているようです。

あまりにも幼い頃は、

ダイゴくんと親御様は同一とすら思えていたかもしれませんが、

今は、ダイゴくんはダイゴくんと思い始めているようです。

最近ダイゴくんは、

お父様の目に傷を作りました。

ダイゴくんの小さな薄い爪で、

お父様の目を引っかいたのです。

お父様は悲鳴を上げられましたが、

ダイゴくんは笑っています。

まだ、痛そうだということまでは考えが及ばないようです。

お父様はダイゴくんとは違う反応をする。

お父様とダイゴくんの違いが面白い。

ダイゴくんの中ではそのような感覚なのかもしれません。

しかし、お父様の目は充血してしまい、

時々お薬をさされているようです。

ダイゴくんが意地悪を覚えてしまうのは考え物ですが、

ダイゴくんと、周りのみんなが違うもので、

優しくすれば優しく返してくれるんだと、

覚えてほしいと思うのです。

生まれながらに愛されることを許されている存在なのですから、

このまま皆に愛される勇者のような存在になってほしいのです。

どうか、その笑顔が曇らないようにと願うのです。

暗いものを背負わせたくないと願うのです。


ダイゴくんの勇者への道はまだまだ続きます。

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