目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
万年打ち切り作家の成り上がり。
万年打ち切り作家の成り上がり。
大西元希
現実世界仕事・職場
2025年03月15日
公開日
1.2万字
連載中
英集社には都市伝説がある。それは五回打ち切りになると廃業することになる  学生時代、唯一の得意分野であり自分の逃げる場所であった「絵を描く」という行為。それを職業とするため、大学の時に英集社に五本目の漫画を持ち込む。そこで担当から気に入られ、連載への準備期間である制度、研究生になる。  そこから順当に連載会議を通った自分の原稿が掲載八週目からアンケート結果の最下位争いを繰り返すようになり、担当編集と原稿のテコ入れをするも、その漫画は打ち切られることになった。  ここからが地獄の始まりだった。

第1話

 俺は人気作家。


 印税は億超えで、大ベストセラー作家。


 と、いうのは自分の妄想だ。そうなればいいなあ、なんて想像しては惨めになる。


 本当は、落ちぶれ作家。


 打ち切りは四回。自分の漫画を載せてもらっている出版社の英集社は五回打ち切りになればもう作品は載せてはもらえないらしい。




 いま、ネームを描いている作品が、担当のチェックを通り、そのあとキャップ、副編集長、編集長のみが出席する連載会議で連載の許可が下りれば、無事、週刊紙に載ることになる。


 だが怖いんだよ。もしまた打ち切りなんてことになれば、もう廃業しなくてはならない。


 そんなのは嫌なんだよ。




 俺――白石は大学卒業後も絵しか描いてこなかった。他の奴らが就職活動をしていたときも、就職し、結婚し、子供が産まれたなんて俺に自慢気に報告してきたときも、俺は漫画を描いていた。自分には才能がある。そう、半ば思い込んで。




 🖊️




「で、今回の作品はゲーム会社に就職を目指す主人公、ですか」




 ここは二十四時間営業のファミレス。夕飯時とあって子供の無邪気な声や女子高生たちの空元気な声が響いている。


「はい・・・・・・」


 担当編集の平田さん。二十五歳で、編集者歴は二年。


 もう今年で四十代になる自分に、若い編集者を用意するのはもはや編集長の当て付けだろう。それを分かっているから、少々複雑な気持ちだ。




「あんまりブンジャンでは受けにくいと思いますよ」




 ブンジャンとは英集社が発刊する週刊漫画雑誌のこと。


 若者向けに舵を切り、アンケート至上主義の狼煙を垂らした戦略で雑誌としては異例の500万部を発行した。今も、この記録を塗り替えた雑誌はない。




「でもね、俺みたいな年齢のオッサンがラブコメなんて描いてみろ。それこそ邪道だろ?」


「じゃあ別にブンジャンに拘らなくても……」


「なんつった?」


「いえなにも……じゃあこれを連載会議に通してみますね」


「えっ、感想は?」




 平田は眉をひそめて頬をかいた。そんな態度を見て舌打ちをしてしまいそうなのをぐっと堪える。




「特に……面白かったですよ」


『特に』ってなんだよ。苛立ちの感情がのぼってきてつい貧乏ゆすりをしてしまう。




 編集者だったら日本語ぐらい正しく使えよ。




「じゃあ行きますんで。また連絡します」




 鞄にネームを入れた平田が去っていく。


 俺は嘆息をついて店員を呼んだ。もうこうなったらやけ食いだ。どうせ英集社の経費で落ちんだから。


「ミートスパゲティとミラノ風ドリア。モッツァレラをお願いします」


「畏まりました。しばらくお待ちください」


 煙草を咥えて火を点けようとすると、別の店員が注意をしてきた。


 居づらいなあ。この店も。漫画の世界でも。そして社会でも。




 🖊️




「ただいまあ……って、誰もいないけどな」


 電気をつけようとしてスイッチを押すも、点かなかった。舌打ちする。


「はあ…………」


 店で吸えなかった煙草を吸うために暗闇でライターの火を点ける。


「なにやってるんだろうなあ。俺は」




 苦笑が漏れる。ふと、煙草の火を見る。一点に紅に輝く火はどんどんヤニを吸い出していく。ポトッとヤニが床に落ちた。俺はいつの間にか涙を流してしまった。不要物として捨てられる運命のヤニはまさしく俺。今まで掃き溜めの鶴とか思っていたが、鶴ではなかった。俺はゴミだ。社会のゴミだ。


 煙草を吸う。傷付いた自分を愛撫する道具はこれしかない。




 するとスマホの着信が鳴った。平田からだ。




「やりましたよ。連載会議通りました!」


 素直に喜べなかった。「あれ? 白石さん? 聞こえてますか?」


「ああ、分かった。また連載については今後話をしよう」


 通話を切った。電気も切られ、そもそも気概もない。そんな状態でどう漫画を書けばいいというのか。




 🖊️




「で、今回の秘密保持契約の金額はこれぐらい」


「少ないな」




 平田と副編集長とともに俺の家で契約金について話をしている最中だった。




「白石さんはある意味ベテランですから」


「ベテランだったら金額を上げてくれてもいいんすよ?」


 俺と同年代ぐらいの副編集長は、慨嘆をついた。


 不和な空気を取り持つために平田が「ちょっとコンビニ行ってコーヒーでも買ってきます」と言い家を後にした。


「先生、煙草いいか?」


「勝手にしろよ」


「なあ先生。英集社の編集者になれよ。口利いてやるよ」


「この年齢で平田の部下は嫌だな」


 副編集長が坊主頭をポリポリとかいた。


「別にブンジャンじゃなくても…………」




 なぜ副編集長がこんな提案をしてきたか。それは副編集長の田畑が新人の頃、まだ漫画家に成り立てで右も左も分からなかった俺に対し、一緒に切磋琢磨した仲だからだ。




「今回でもう終わりだろうと編集長は考えているみたいだ」


「そうか………」


「なあ先生。別に夢を追いかけるだけが人生じゃない。例えばだが家庭を持つのはいいぞ。良い婚活アプリを紹介してやろうか?」


「四十代無職の、絵に描いたような甲斐性なしに誰が結婚してくれるんだよ」


「それもそうだな」


 田畑がゲラゲラと笑う。


「まあ、俺も今回が最後だと思っている。玉砕したら素直に実家に戻るよ」


 平田が帰ってきた。


「じゃあ俺たちは帰るわ」


「はい。ありがとうございます」


「えっもう帰るんですか? せっかくコーヒー買ってきたのに」


「いいから行くぞ」


 玄関の閉まる音が響いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?