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3箇所目 薩日内さんに会いたくて

 翌日。薩日内さんという人に会うため、僕は仙台駅にある観光案内所へ出向いた。

 出生、育ち共に仙台市の僕は、仙台駅に来たことが少ない。


 それもこれも病気のせいなんだけど、この年齢になって地元の駅のことすら知らないのは恥ずかしいと思っている。


 だって、思ったより人が多くて驚いているし、駅内にあるお店の数もよりどりみどりで目移りする。

 お土産屋には蒲鉾、牛タン、銘菓、ずんだ……などといった、宮城感満載の品物がずらりと並ぶ。蒲鉾やずんだ以外は口にしたことがないから、食べてみようか悩むところだ。


 ――って、そうじゃない。薩日内さんに会いに来たんじゃないか。観光案内所はどこだろう。駅のマップを見ても、どうやら僕は方向音痴らしく、自分が思っている所とはあまりに違う場所に出てしまう。


 仙台駅の2階にあると記載してあるんだから、市営地下鉄のフロアにあるわけがないのに、地下にいる。

 スマホの地図アプリは駅内まで詳しく案内してくれないし、かといって紙のマップも活用できない。どん詰まり。もう、どうしたらいいんだ!


 体力も気力も尽きた。駅の円柱にもたれて座り、行き交う人を虚ろな目で眺める。歩くだけで息切れするほどヘトヘトなんて、困ったもんだ。


 コツコツ、サッサッ、バコバコと様々な個性を持った靴の鳴る音がする。この人たちは真っ直ぐつま先を行く先へ向けているのだから、目的地へ迷わず行けるんだろうな。


 今いる市営地下鉄なんて、どこへ行くかも知らない地下鉄だけじゃない。他の路線も、バスも、駅前周辺のことも知らない。


 こんな調子じゃあ、薩日内さんに辿り着くのは無理だ。もう帰ろう。

 僕は成人を過ぎていても、非日常的な特別な出来事を期待してしまうほどの世間知らず。不老不死なんてあるわけない、都市伝説。ファンタジーもののアニメやラノベを見すぎたんだ。遊ぶことに集中してないで、大人しく勉強して、少しずつ社会に慣れていこう。


 今日は家に帰らないと。地上に上がればタクシー乗り場があるはずだ。

 僕はすっかり重くなった足をゆっくり立たせ、よろよろと地上への階段に足をかける。


 周りはたった数十段の階段を急ぎ足で駆けていく。それだけのことができない劣等感を感じつつ、手すりをがっしりと掴み、込み上げてくるような息を漏らしながら地上へ立った。


 タクシー乗り場はどこだろう。見渡すと、ビルだらけの歩道へ出た。ここは仙台駅から離れた場所らしい。後ろを振り返れば「青葉通駅」の文字がある。


 どうしようかな。お爺ちゃんに連絡して迎えに来てもらおうか。出る時はあんなに「1人で大丈夫」と強気でいたのに、結局人の世話になるなんて。


 でも背に腹はかえられない。僕は歩きながら、画面上にお爺ちゃんの連絡先を探した。


 すると、手からスマホがなくなった。ほんの一瞬だった。


 それと同時くらいに、視界には黄緑色のジャンパーを着た女性が気怠げに僕のスマホを手にしていて、そして、瞼を半分閉じて僕を見ている。

 知らない人と話すのは苦手なので、目を逸らしてしまった。


「歩きスマホ。超絶迷惑」


 女性に注意されると、スマホは手に戻り、彼女は目の前から立ち去って行く。僕は何も言えず黙ったままだったが、恐る恐る女性を目で追った。


 彼女はポニーテールに黄緑色のジャンパー、下着の見えそうな短いズボンに、赤いハイカットのスニーカーを履いている。一見若そうな人だけど、地域ボランティアか何かかな。左腕に赤い腕章をしているし、そうかもしれない。

 さっき仙台駅の中で似たようなジャンパーを着た年配の方がいたもの。


 僕が彼女を凝視するのは、歩きスマホをしている人が他にも沢山いるのに、なぜ僕だけが怒られたのか解せないからだ。

 完璧に逆恨みってやつだけど。不満くらい思うさ。


 彼女が横断歩道を渡ろうとする時、腕章の文字が見えた。目を凝らして見ると、偶然か必然か「ガイド」の文字がある!


 怒られたけど、あの人について行けば観光案内所に辿り着けるはずだ!

 さっきの謝罪もしていないことだし――善は急げ。僕のファンタジーは終わってない!


 疲れた体に鞭を打ち、彼女の元へ走った。距離はそんなにないものの、この体だからずっと先に思えるのだ。


 信号が青になると、彼女は歩道を渡り出した。僕は手の届く距離に近づき、すぐに肩を叩く。


「……はい」


 彼女は首だけを回し、また気怠そうに返事をした。


「あの、観光ガイドの方ですか!?」

「そうですけど」

「そのガイドの中に薩日内永さんって人は居ますか?」


 触れたくなるような白く透き通る肌が眩しい。伏し目がちだった目が少し開くと、つるりとした黒目が僕を見つめた。


「……私に何か用でもあるのでしょうか?」

「……私?」


 信号機が色を変える合図を鳴らす。街ゆく人が駆け足で横断歩道を渡るのに、僕はそこに立ったまま動けなかった。


 そうしたら手首を思い切り掴まれて、勢いよく引かれたと思ったら、渡り切る頃に人の邪魔にならない場所へ身を投げられるように離された。


「あなたは世間知らずなのでしょうか。横断歩道のど真ん中で話しかけるバカはいませんよ」

「す、すみません……常識は……無い方だと思います……」


 また怒られちゃった。流石に2度目だから、深々と頭を下げたけれど、印象は最悪だ。この人が薩日内さんかどうか確認したい。

 しかし、聞いてしまったらまた怒られてしまいそうで怖い。


 日を改めよう。今日はダメだ。トホホ。と、また頭を下げて「帰ります」と告げた。


「てか、私が薩日内ですけど。ほら」


 するとその言葉にかぶさるように彼女は言う。ジャンパーのチャックを胸下あたりまで下げて取り出したのは、首にかけられた社員証のようなものだった。


 見せられたそれには、確かに「薩日内永」と名前があり、「宮城県観光協会所属 特別貸切観光ガイド」と。

 お爺ちゃんが言っていた通り、観光にまつわる仕事をしているらしい。


 本当にいたんだ。都市伝説だと思っていたのに、出会っちゃった。僕のテンションは最低から最高に急上昇。さっき世間知らずなんて言われたのに、もう色々聞きたくって、体がうずうずするんだから。


「あの、今何歳ですか!?」


 思ったことを口に出す。それがどんなに愚かか知らないから、僕は平然と言いのける。

 すると薩日内さんは、気怠そうな表情に眉間に皺を寄せて、僕に言えないような大きな声を出した。


「おだずな!」


 薩日内さんは、気怠そうで常識を大切にしていて、何百年も生きていそうには見えないくらい肌が白くて美しい観光ガイドさんのようだ。



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