薩日内さんに出会えた。
すごく怒られてしまったけど、結果良ければすべてよし。なんとか理由をこじつけて薩日内さんとゆっくりお話ができる時間を作ってもらえた。
それならついてきてと真っ白で長い足で僕を魅せながら、仙台市中心部をツカツカと歩いて行く。ビルとビルの間を結ぶ横断歩道をいくつか渡り、すぐ目の前に見える「仙台駅」を目指しているみたいだ。
会話もなく、次はペデストリアンデッキと言われる歩行者専用通路を歩き、会話もなく仙台駅の西口から駅構内に入る。
さすが東北地方最大のターミナル駅だ。さっきも来たけど、お土産屋さんがこんなにあるなんて知らなかった。
宮城県といえばな牛タンや笹かまだけじゃなくて、ケーキやアップルパイもある。改札口近くの広いスペースでは他地方の物産展もやっているし、目移りして薩日内さんを見失いそう。
お土産の誘惑と貧弱な体になんとか打ち勝ちながら、薩日内さんが入った駅構内のお店でようやく一息つけた。店員さんの「いらっしゃいませ」が店内にこだまする。
「ここはなんですか?」
見た感じ、お土産屋さんでも食べ物屋さんでもない。案内されるがままに椅子に座ったけど、カウンターテーブル一つ隔てて向こう側にいるのはまた別な人。
「観光案内所ですね」
メガネをかけ、全体的にぽちゃっとしてるなんて言ったらまた怒られるかな。全身柔らかそうな女性がニコニコと笑い座って、そう言っているんだ。
「それとあの、薩日内さんは……」
僕は薩日内さんと話したいんだから、あなたでは困りますという意味で言った。すると女性はニコッとさらに口角を上げる。
「薩日内さんとお話しされたいんですね?」
「そうですよ。だからついてきたんです」
「そうでしたか。ならこちらですね」
「?」
ただ話したいだけなのに、女性は僕にパンフレットを差し出してきた。目を通す間もなくパンフレットの一部に手を添え「こちらです」と一言。
「観光ガイド年間貸切満喫宮城プラン?」
「はい! 薩日内さんと長くお話したいのであればこちらのプランを購入していただきます」
「いえ、だからただ話したいだけですよ?」
「ええ! 薩日内さんはタダじゃ話しませんので!」
「はい?」
この人は何を言ってるんだ。薩日内さんと話すだけでお金がかかるってこと? パンフレットを見ると金額がいくつも書いてあって、僕は何がなんだかさっぱりわからないままだ。
年間契約、半年延長、追加オプション、エトセトラ。病院のベッドの上でこっそり見た風俗店のウェブサイトみたいだよ。
僕は観光案内所って店名のいかがわしいお店に連れてこられたってこと? いやだよ、何それ。
この人にいくら薩日内さんを出してくださいと言っても、このプランを勧められるだけ。その他の方法で会える手段がないか考える。頭を捻って捻って、そうしたら最高に最低な手段が一つ浮かんだ。
なんたって、そりゃあ常識のない僕だからできることだ。
「薩日内さん! 僕はあなたとお喋りしたいだけだぁ!」
店内に響く僕の常識のない大声。他いた人も皆僕を見ている。少しの沈黙があると、恐らく店員さん達が「申し訳ございません」と口々にして頭を下げた。あなた達が悪いわけじゃないのに、変な人達だなぁ。
それにしてもこれだけやって薩日内さんは出てこないのか。せっかく勇気を出したのに。
軽い気持ちで街に出てくるもんじゃないや。危なく変な契約を結ばされるところだった。詐欺って結構身近にあるんだ。僕は呆れと疲れ、そして期待外れだったことに肩を落とし勢いよく席を立った。
あまりに勢いがよかったので、椅子が倒れるとそれはそれはけたたましい音が店内に広がった。
わざとじゃないにしても、これはやりすぎたと反省する。でも椅子が重すぎるのも悪いよね。
よっこいせと椅子を持ち上げる。すると女性の後ろにある「Staff Only」と書かれた引き戸が開いて、何よりも鮮やかな黄緑色のジャンパーが目を眩ませる。
「超絶迷惑、大迷惑!」
また怒られた! そしてやっと出てきてくれた! 椅子が倒れたのは神様が僕に微笑んでくれたってことだったんだ!
「薩日内さん! 僕はただ話したいだけなんで」
「ですから薩日内さんとは――」
僕が話すと女性が食い気味にかぶさってきて、さらに女性の言葉に薩日内さんがかぶさる。
「いいさ、
川内というのはこの女性のことらしい。女性と薩日内さんが席を代わり、僕も椅子に座る。僕は急に照れくさくなってカウンターに目をやった。
カウンターには薩日内さんの豊満な胸がどかっと存在感ありげに乗っているから、また目のやり場に困る。
僕の戸惑いなんて気にせず、薩日内さんはパンフレットを滑らせて僕の目の前に置くと、赤いボールペンである部分に大きく丸をつけた。
「先に言っとくけど、私は余計に話さない。私と話したいなら契約してください」
「契約って、詐欺のですか?」
「バカなのか? ここちゃんと読みましょう」
薩日内さんは赤丸した部分をペン先で2回叩いた。言われた場所に目を落とすと、川内さんがすかさず早口で説明してくれた。
「観光ガイド年間貸切満喫宮城プランは薩日内さん専門の契約です。一年をかけて宮城県を観光、そして学習していただくコンテンツでして、各市町村漏れなく回ることができます。薩日内さんの膨大な知識がお客様の知識にもなりますから、宮城県に詳しくなりたい、または宮城県の観光ガイドになりたいという方にはぴったりなプラン! そして何より、普段は無口で余計なことを話したがらない薩日内さんと楽しくお喋りしちゃえるんですから凄いんです!」
「えっと、その」
怒涛のプラン説明。まるで頭に入ってこない。
「つまり、薩日内さん丸一年独占プランと言っても過言じゃありません! しかも今ならポッキリ50万円ですよ!」
「高ッ!」
「風俗に行って女の子とただ話すより、学べて観光できてお話できると思えば安くありません?」
僕は女性と話したいわけじゃない。薩日内さんが本当に不老不死なのか、不老不死だとしたらどんな人生を歩んできたかを知りたいだけさ。
そう説明すると、川内さんは薩日内さんを見た。薩日内さんはうんざりした表情で「お前もか」と呟き、その感情を掌に乗せてカウンターに叩き置いた。
「なら私の秘密を50万で買いなさい! そうしたら過去の全部、隅から隅まで教えて差し上げます!」
どうせ払わないんだろ? そう言いたそうな挑発的な声色と表情にカチンと来た。僕は病弱な体に鞭を打ってここまで来たんだ。まさかここで引き下がるとでも?
「わかりました」
観光なんてどうでもいい、僕は薩日内さんが知りたいだけだ! 薩日内さんのことを知れるなら、50万なんて安い。ていうか、今の今までお金使ってこなかったんだし、人生最初の大きな買い物ってことで契約しちゃえ!
「年間契約、致します!」
完全に勢い。高いよりも知りたいが上回る。
パンフレットの裏に申し込み欄があった。薩日内さんからボールペンを奪い取り、名前、住所、生年月日、プランに申し込みたい理由に「薩日内さんを知りたいから」と殴り書いて渡してやった。
「正気ですか?」
「正気ですとも!」
お金はと言われたので、直様お爺ちゃんに電話してみるも、案外なんとかなった。僕の使わなかったお年玉やお小遣いがたんまり貯まっているから大丈夫だと言ってくれたんだ。
今日薩日内さんを捕まえたんだから、絶対に逃がさない。正式な書類にサインしたら契約完了だ。川内さんも「まさか本当に契約するなんて」と驚いていたけど、薩日内さんの秘密を独占できるなら安いもんだよ。
さっきまでツンツンしていた薩日内さんは、僕の隣に来て僕の目を見てくれた。
「改めまして。私は
右手を出されたので握手を交わす。まるで冒険の始まりみたいだ。僕は両手で手を握り、また勢いよく立ち上がったら、僕より背の低い薩日内さんの顔と同じ目線で挨拶する。
「
どんな一年になるのだろう。もうすぐ始まる僕の青春はきっとこのトキメキを裏切らない。
不老不死の薩日内さん。観光ガイドの薩日内さん。どちらの薩日内さんも、僕だけが知る秘密になるに違いない。