青葉山の方角に雲を突くような影がある。普通の人間には「大雨を降らす雲」くらいにしか見えていないかもしれない。
けれど私にははっきりと「何かの影」に見えた。雷の思わせた唸り声は初めて聞いたものじゃない。
バイクのハンドルを強く握り、エンジンを吹かせては青葉山へと急ぐ。山中へ広がる東北大学を目指すように坂道をグングン上る。
背中に背を負うのは今の世ではご法度な、古い弓矢と日本刀。
仙台市博物館へ預けていた刀を宝物庫から持って来た。これは「あの人」の愛刀。古い宝物だけど、刀鍛冶職人のところへわざわざ持っていって研いでいるのだから、切れ味は時を感じさせない。
あとは私の腕次第。もう時間がない、仙台が飲まれてしまうかもしれない。真っ黒なライダースーツに身を包み、刀を背負ってバイクに跨るヒーロー気取りでいても、私も化け物。
人々を恐怖へ陥れる化け物へ突っ込んで行くには、1番適した人材と言えるだろう。
大学のキャンパスが広がる青葉山にも緑は残る。急なカーブの続く上り坂の土地でバイクから降りた。ヘルメットを外し、首を振り、頬に張り付く髪を払う。
雨音と雷鳴以外の音の他はない。そして私以外の生命は無いこともわかる。
「御子孫様はとんでもない世間知らずです。今回の挑発は私が原因ですが――それでも彼等を怨みますか?」
私は山に向かって煽るように問うた。そして直ぐ、“そうだ“と答える様な雷鳴と、言葉では表せないような電流が体に叩き込まれた。片足がよろめき、一瞬目が眩み、辺りが白くなる。
空に蠢く影が私に落雷をお見舞いしてきたということ。容赦がない。
「私に雷を当てても死にませんよ。不老不死は健在です。四肢をもがれようが何をしようが生きてしまうんです。あなた、ご存知でしょう? あなたの悪戯なんか屁でもないんです。よければ目の前で見てみませんか?」
姿を現さない影を挑発的に呼んでみる。相手も馬鹿ではないから、影のまま猛威を振るう。雨は滝のように降り、川を氾濫させようと悪ふざけをする。
――昔、この周辺、荒巻伊勢堂山の坂道に大岩があった。毎夜その岩が唸り声を上げていると噂があって、面白がって岩を叩きに行く者があれば、唸り声は倍に、岩はやが大入道となり、人々は恐れて決して近寄らなくなった。
妖怪だ、化け物だと恐れられた岩はとある人物によって鎮められる事となった。それが仙台藩主の伊達政宗。
誰もが恐れ岩の化け物に果敢に挑み、大入道の足元へ矢を放つと、姿はなくなり、岩だけが残った。
――という、昔話が仙台にはある。今や昔話という娯楽の一部で語られているが、これは事実。不老不死の私が言うのだから本当の話。
その大入道が倒された時にその場にいたのだからわかる事。あの時も今日のような雨が降っていて、それはそれは大変だった。
伊達政宗――つまり、伊達家に倒された恨みのある大入道が今日になって復活した、ということ。
理由は簡単。
衛宗さんが霊感というか、そういう化け物が見える体であるとわかったから。
政宗様と衛宗さん以外の伊達家の皆さんはそんな気はなかった。同じ体質の衛宗さんを、政宗様と勘違いした大入道があの時も倒された復讐を――と、御立腹という訳。
この嵐を止めるには一刻も早く大入道をたたかなくてはならない。
だから私は刀を取り、それを斬る。久々に握る柄は手に馴染まない。消して離さないように、両手に力を込める。
そんなもので……と、嘲笑うかのような雷鳴。私もプチンと来るもんです。耳が痛くて仕方ない。
だからあの時、あの日の感覚を神経が思い出してくれるように、刀を一振り。
風と雨、空間を斬るような鋭くも重い刃に全てを託す。
「大入道と言いつつ、本体はカワウソなんですけどね」
ライダースーツに日本刀を握り、まだ緑の多い青葉山へ颯爽と足を踏みいれる。地面はぬかるんでいるものの、私は人間じゃないから何のその。スイスイと走れてしまう。
仙台が望まぬ水の都と化すか、カワウソをしばき倒すか――。
私は今、たった一人でこの街の明日をガイドする。