『衛宗! 今の永だよ! 追いかけて!』
提灯小僧は相変わらずしつこい。広瀬川から離れた避難所の中だから反応するわけにもいかないし。
僕の隣でぴょんぴょん跳ねて、薩日内さんのことばかり喋る。知らないよ。死にたがりは勝手にしたらいいんだ。
これからは地に足をつけて生きて行く。ファンタジー脳も捨てる。ラノベも読まない。真っ当な人間になってやるんだ。
この妖怪が見えるのは――本当の友達ができるまでは大事にしておこう。
『1人でこの雨をなんとかしよおってんだよ! ほんのちっとは衛宗のせえかもしんないのに!』
「何が!」
あ、反応しちゃった。側から見たら独り言。しかもちょっとキレ気味だ。周りの人が僕を見て怪訝な顔をする。
僕は居づらくなってその場を離れた。提灯小僧も跡をついて来て、人気のない廊下の端っこで立ち止まる。
僕のせいって言ったのが気になって仕方ない。こんな豪雨の原因が僕なわけあるか。そんな選ばれし者みたいなの、ファンタジーじゃなきゃありえないのに。提灯小僧と話せるのは充分ファンタジーだけどさ。
というか、原因だとしたら。だとしたら敵じゃん。悪者。僕はご都合主義が気持ちいいファンタジーが好きなの。
いい方向にしか向かない展開ね。ストレス展開は地雷なの。
まさにこれは地雷なわけなんだけど。
「僕のせいってどういうこと。そんな力ないよ。薩日内さんならありえるかもだけど」
『衛宗がチョーハツするから、永の妖気にアイツが反応したんだお! 折角政宗公がフーインしたのに!』
「政宗政宗うるさいなぁ! 伊達家を継ぐのは兄さんなんだ、僕は家系の一部でしかない!」
『でも衛宗はおいらが見えてる』
「……それは……え、なんか、関係あるの?」
提灯小僧の話だと兄さんには見えてないっぽい。おやおや、なんだか優越感が込み上げてくる。
『政宗は妖怪がちゃんと見えたからフーイン出来たんだ! お前の兄ちゃんたちはおいらが見えないから出来ない!』
病弱で社会経験皆無な僕が、期待された兄さんに唯一勝てるところが見つかったんじゃないかと期待するんだ。
えへぇ。思わず涎が垂れちゃうよ。僕にも価値が出来ちゃったもんね。
「薩日内さんのところに行って、その原因を封印すればいいんだね? さぁ行こう! 今すぐ! 僕が勇者だ、ヒーローだ!」
『……衛宗って単純だな……』
ファンタジー脳を捨てるなんて撤回だ。
僕に取り柄ができるなら無茶をしよう。兄さんの目を盗み、こそこそと避難所を出ては豪雨を全身に浴びる。
雨粒は弾丸のように降りかかって来た。普通に痛い!
「雨ってか滝!」
『衛宗、こっち!』
提灯小僧の灯す灯りを頼りに川となった道を進む。心臓が時々ズキンと跳ねるのは、持病ではなく僕の未来が特別になるという暗示かもしれない。
無理をしたい。この後入院してもいいから、今は乱暴でいたい。
前向きに行こう。ラノベの主人公だってピンチをチャンスに変えて、そこからウハウハ人生じゃん。僕もそれになりたいんだ。
全身びしょ濡れになりながら、ビカンと雷柱が落ちる山を目指して走った。
いいね! 何かありそうで。不穏は物語の始まりってね!
「提灯小僧! さっき封印したとか言ってたけど、何!?」
『カワウソ!』
「か、カワウソ……?」
『ソー! 政宗公が生きてる時、夜中に唸り声をあげる大岩があったんだ! 岩が大入道に化けるって話が広まって、政宗公の家来たちが見に行ったんだよお! 大入道は本当に居てさ、オイラ達もおっかなくて……! 結局、政宗公が出向いて足元を弓矢で射ったら、おっきいカワウソだったんだよ』
「そのカワウソがこの雨を降らせてるの?」
『多分! 怨念に厄災はつきものだからな!』
カワウソと聞いて、少し行く気が失せた。とてつもない妖怪と対峙して戦う的なのを想像してたけど、カワウソかぁって。九尾とか大蛇とか。地味だなぁ。
それでも好奇心が勝るから仕方ないんだけどさ。初級ダンジョンってことにしとこう。
氾濫寸前の広瀬川にかかる橋を越えたら、メリッっと音がした。そのあとに地震のように地面が唸りをあげて、驚いて振り返ると橋がなくなってる。
『間一髪。あぶねー! さすが政宗公の子孫、持ってるな!』
「……持ってるね!」
気分が良くて、アドレナリンが溢れて出る。気持ちが昂ると、本来の体調の悪さとかは気にならなくなるんだね。憧れたファンタジーに近づいていると思うとさ、居ても立ってもいられなくって。
急な坂道に差し掛かると、提灯小僧は何かに気がついたような短くて大きな声を出した。
『あれ、永のバイク!』
「薩日内さんの?」
倒れたバイクは細かい傷がついている。あの薩日内さんが乗ってるなんて想像もつかない大きなバイクだけど、確かなんだろう。
またゴロゴロと雷鳴が空を不気味に支配する。僕が雷に近づいてるんだ。
道路には山の上から雨水が滝のように流れた、これ以上は人の来る領域じゃないって言われてるみたいで。
それでも踏み込む、人ならざるものの領域へ――
なんて、アニメのナレーションを頭の中で勝手に流したりして。提灯小僧は薩日内さんの位置がわかるみたいで、道路から外れた山の中を案内してくれた。
『唸り坂は街の方……八幡様の近くなんだけど、永は青葉山の中にいる!』
靴の中は水でぐっしょり濡れている。山を歩くと靴の中で足が滑るけれど、どうにかふんばり、木の蔦を頼りながら懸命に進む。
そして数メートル先を牛のくらいの大きさの何かが走り去り、あたりを鳴動させた。
「何ぃ、今の! う、牛!?」
『カワウソ!』
「あんなデカいの!?」
問いも間もなく、それを追いかける人影が通り過ぎる。雷の光で影のようなシルエットでしか見えないけれど、長い髪の毛にたゆんと揺れる――
「おっぱいが走ってる……!?」
『永だろお! ばかぁ!』
そっか、あれは薩日内さん!
通り過ぎた場所へ行き、後ろ姿を見たら黒いライダースーツがボディラインをくっきり際立たせてスケベだった。
災害級の大雨の中でも欲に忠実なのは、僕が生きたがりだからである!
「薩日内さんの格好、前から見たらもっとすごいんじゃない!? ボンでキュッで、ボンなんじゃない!?」
『おいら、衛宗を連れて来たのすごく後悔してる』
「どしてよ! だぁってぇ! 思ったこと言っちゃうんだもん!」
頭より先に足が、足より先に欲が僕を突き動かす。薩日内さんは刀を振り回してカワウソを仕留めようとしているけど、なかなかうまくいかないみたいだ。
「苦戦してない?」
『カワウソは雨でも活発。人間と違って水の中じゃ動きが速くなるぞお』
「どうしたらいい? 石でも投げよっか?」
『そんなんでどうにもならないよ』
手元にあった手頃な石を取る。病室で暇を持て余し、おもちゃのダーツで鍛えた命中力はピカイチのはず。
動くものに当てるのは初めてだけど、やればできる! 僕は僕という人生の主人公だから!
腕を振るい、石を投げたらゴツンと命中。
「痛ッ」
それがカワウソではなく――薩日内さんに当たっちゃったことを除けば、かなり腕がいいんだ……。
「あ」
ぐるんと首を回した薩日内さん。僕を見つけたらすごい形相で睨んできた。さっき喧嘩別れしたのなんて吹き飛ばすような一喝。
「おだずな!」
薩日内さんの言葉と共に、ちょうどよく雷が近くに落ちた。