目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

13箇所目 なら、半分こしましょう

 カワウソの激白は薩日内さんのすべてをぶち壊したみたいだ。

 まず驚いたのが、薩日内さんにかけられた呪いは「薩日内さん宛て」ではなかったこと。


 カワウソは伊達政宗に封印される寸前、残る力を振り絞って呪いをかけたという。それは「どうにかして長いこと苦しんで欲しい」という大雑把な願いだった。


 それが政宗への「不老不死」という呪いとなり、薩日内さんと同じく孤独を恐れた彼は、呪いを薩日内さんへと移した……というのがカワウソの見解だった。


『呪いってのは感情の重さだ。おれのも確かに重かったが、政宗がお前にかけた呪いが相当なんじゃねぇか? そもそもお前は政宗のなんだったんだ』

「私、ですか……? 私は……」


 側室とかはよく聞くけれど、それは奥さんとかって意味だろうし。


「いち百姓の子に生まれた……子供でした」

『はあ!? それがなんで政宗から呪われんだよ。罪人か!?』

「失礼ですね。最初の出会いは、政宗様が領内をご視察なさった際のこと。政宗様の馬を褒めたのが始まりでした。それで気をよくした政宗様が褒美をくださって……」

『ごますりか。にしても呪いまで辿り着かねぇ』


 薩日内さんは「まだあります」と続けた。


「そして二度目は、政宗様が領民のお話を聞いてくださる時があって。その時、政宗様が“米の収穫量があれば領民は豊かになる”と仰ったんです。それに対して、殿が倹約してくださるだけで助かると申し上げてしまい……無礼極まりないと理解はしてましたが、子供でしたし、失うものもありませんでしたから、正義感から言ってしまって……」

「薩日内さん、ズカズカ言うタイプだったんだね」

「……若い故の失態です」


 相変わらず僕を見る目は冷たい。


「その時、政宗様に“民のご意見番”として城に招かれ……それから家来として仕え、民と殿を繋ぐ役割を担って過ごしていたんです。“薩日内”という苗字も、その時に頂戴したものですから」

「なんで薩日内さんなの? なんか芋っぽいよね」

「……」


 薩日内さんは無言で僕にゲンコツしてきた。すぐ怒るんだから。でも、僕にだけ心を許してくれてるみたいで、嬉しいと思えるようになってきた。


 苗字について問い直すと、恐らく当時の口癖が原因なのではないかと言う。


「“さっぱないです”……が口癖でした。“全くない”という意味です。言葉通り、親も早くに亡くしていて私には何もありませんでしたので。褒められても卑下して、よく叱られましたね。それが正されて、“薩日内”になったのかと」

『おめぇ、塩釜の方の生まれなのか? “さっぱない”って、そっちの方言だろ』

「えぇ。寒風沢島の出身です。カワウソのくせに詳しいんですね」

『カワウソの形した妖怪だからな。妖怪も人の化けた末の姿だったりするもんよ』


 カワウソには「へぇ」と、あまり関心なく返事した。ともあれ、薩日内さんとご先祖様の接点がわかって、納得できた。


 だから政宗様って慕うし、僕にも厳しいのかな。薩日内さんの知る伊達家の理想があるのかもしれない。


「苗字をあげるくらい大事にしてたなら、なんで呪ったんですかね。呪いって、いい意味じゃないし」

「……もしかして、と思うことはあります」

「教えてください。僕、一応子孫なんですよ? 知る義理はあると思いますけど」


 薩日内さんは下唇を噛みしめた。なんか不服そう。僕ってそんなに子孫の自覚ないのかな。


「政宗様がお亡くなりになる頃、私にこう言ったんです。“お前に仙台を見守っていて欲しい”……と」

『あぁ……なるほどな。それでおめぇ、はいって言ったんだ』

「その通りです。任された気がして嬉しくて……政宗様がお亡くなりになられた時、私は18歳になっていました。それからというもの、なぜか体が老けないことに気づいて……それから、宮城県から出られないんです。何故かわかりませんでしたが、“仙台を頼む”と言われたから……でしょうね」

「薩日内さんが政宗から呪いを受け取ったってことか……」

「そうなり……ますね」


(続きます)


(続き)


 理由がわかって、嬉しいのか悲しいのか。薩日内さんは複雑そうな顔をする。


 カワウソがなんで暴れたかって話なんだけど、彼もまた怨念の末に妖怪になって、何が始まりだったかは忘れたみたい。

 封印されてからは、自由をなくした伊達家への恨みでいっぱいだったらしいけど。


 薩日内さんが死ねないことに悩んで苦しんできたことを話すと、カワウソは素直に「悪かったな」と謝った。


「呪ったなら解けるでしょ? 薩日内さんの呪い、解いてあげなよ」


 けど、カワウソは両手の人差し指をツンツンと合わせて首を傾げて可愛いこぶった。かわいいけど、話し方がおじさんだから総合して可愛くない。


『いんやぁなぁ……おれの呪いは人に移せば解ける系のやつだからな……薩日内が誰かに呪いを渡すと決めれば、呪いは解けんじゃねぇか』

「呪いを渡すって……そんなことできるわけないじゃないですか! 孤独と戦うようなものですよ!?」

『この世の中だ。ずっと生きていたいと本気で願う人間はいるはずだぜ? いつの世も一緒よ』


 カワウソの言葉には妙に説得力があった。だって僕が生きたがりなんだもの。生きたくて生きたくて、それが永遠であって欲しいと願う人はきっといる。


「けれど対象を見つけるって……どうやって? 私は宮城県から出られませんよ」

「観光ガイドで見つければいいじゃないですか! 50万とか変に縛らないで母数を増やすんです!

 都市伝説みたいに“不老不死が叶うかも”って掲示板で流して、物好きになすりつけましょう!」


 我ながらナイスアイデア。カワウソも「それいいね」とハイタッチしてくれた。なんだこの猛獣。可愛いじゃんか。


 それでも薩日内さんは浮かない顔。誰かに同じ思いをさせるのが嫌なのかな。優しいんだろうけど、自分が救われたいなら他の犠牲は仕方ないと思うけどね。


 その人自身が望んだ不老不死なら、別に気に病まなくたっていいんだから。


『なんだよ。それとも死ぬのが怖いのか?』

「いえ……それでも、私が1人で長く生きることは変わりないので……妖怪は見えますし、話せますが」


 結局1人で決められないってことかな。キッパリハッキリ物を言う人だけど、ちゃんと弱いところがあるんだ。


 僕は薩日内さんの両手を取って握り、しっかり目を見つめた。というか、無意識に体が動いてたんだ。


「なら薩日内さんの呪いを半分だけくれませんか? 僕が一緒に生きます」

「衛宗さんに? いえ、結構です。あなたは頼りないし、そもそも社会経験もない。それに、伊達家の子孫なのに……」

「伊達家の子孫の言うこと聞いてください。まだ伊達家の家来の気分なんですよね。だってさっき僕に謝った時、そんな感じでしたもん!」


 その人に薩日内さんが呪いを渡せば、薩日内さんだって苦しみから解放されるはず。

 でも今すぐ現れたら嫌だ。


 僕は薩日内さんを知りたい。すでにいろんな意味で頭が埋め尽くされてるから。


「僕は病弱で、この世のことをあまり知りません。だから薩日内さんに教えて欲しいんです。宮城県から出られなくてもいい。ご先祖様が愛したこの街を知り尽くしてから死にたい。それと、薩日内さんが見て来たものを僕も知りたいんです!

 このお願いって、すごくファンタジーじゃないですか!?」


 薩日内さんが女性としてどう思っているかとかは、わからない。好きとか、守りたいとかもわからない。


 僕はこの世に生まれて22歳ってだけの人間で、社会的には小学生より幼いのかも。

 家族ですら「生きてるだけでいい」って言うんだから、ある意味見放されてるし。


 それでも、僕にできることは何か考えなきゃ。ならさ、ご先祖様が一方的に託した呪いをなんとかするのが子孫の役目じゃない?


 薩日内さんにそう語ったら、手をキュッと握り返してくれた。


「生きるのも死ぬのも、私と一緒でいいということですか?」

「いいよ! 信用できないなら、薩日内さんから離れられない制限をかけてくれてもいい! そうしたらちゃんと社会に馴染めますよね!?」

「まぁ……伊達家の評価も下がらずに済みますね」

「ほら! ウィンウィンじゃん!」

『そうか……?』


 薩日内さんとカワウソも、色々引っかかるところはありそうだけど。僕はお互いにとっていいことだと思ってる。


 人を見送るのが辛くて死にたがる薩日内さん。

 まだ世間を知らなくて生きたがる僕。


 「誰かと居たい」が同じなら、薩日内さんの呪いを変わってくれる人が現れるまで一緒に生きる。

 いいことじゃん。


 薩日内さんは手を解き、立ち上がった。そしてライダースーツに付着した土を払う。


「条件が2つあります」

「なんですか?」

「1つ目は、呪いを譲渡する相手は私が決めること。

 そして2つ目は、決して男女の関係にはならないということです。わかりましたか?」

「え」


 1個目はわかるよ。でも2個目はやる気削がれるなぁ……と思ったけど、人の感情は後からどうにでもなるもんね。

 別に薩日内さんのことが女性としてドキドキする、みたいな感情は今のところないし。


「了解です! 僕はまだ、薩日内さんのおっぱいに惹かれてるだけだから、恋愛感情はありません!」


 親指を立ててグーサイン。顔にメリッとグーパンチ。鼻が折れちゃいないだろうか。

 素直なだけなのに、どうして殴られてしまうんだろう。


「1つ追加します! 性的な目で見るのも禁止です! 本当に最低ですね!」


 薩日内さんは怒って山を降りようとする。僕も慌てて追おうとしたら、カワウソが肩に乗って来た。


『呪っちまった責任がある。薩日内に恨みはねぇ。最後まで見届けさせろぉ』

「じゃあ僕じゃなくて薩日内さんに乗ってよ! 肩におじさん乗ってるみたいでヤダ!」

『アホタレだなぁ。おれは伊達家が嫌いなんだ。薩日内が嫌がることしたら、おめぇに噛みついてやんのさ。こうやって――』

「あだ――ッ!」


 耳をがじりと噛まれた。容赦なく噛みちぎろうとしてくるから、妖怪といえど侮れない。


 僕には妖怪が見える。そりゃ、政宗公も同じらしい。時を超えて薩日内さんを見守るよう、選ばれた血筋と捉えていいのかな。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?