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第3話

「レイト、あんた……そうかいもう成人したのかい」


店の店主、トヨリさんは感慨深そうに言った。

この店は町でも評判の雑貨屋で簡単な薬や裁縫道具、日持ちする食材など様々なものが売られている。

まぁ、前の世界で言うところのコンビニのような店である。


こちらの世界では菓子や甘味といった嗜好品はまだ珍しく大都会でもないと滅多に手に入らない物らしいがトヨリさんはどういうわけかたまに駄菓子を仕入れてきては町の子供に安く売ってくれる。


そのせいか子供からの人気も高く、トヨリさんも町中の子供たちの顔と名前を把握するレベルで親しくしているようだ。


俺の意識が入る前、CPU操作だった時のレイトも例外ではない。


「売るのは構わないけど、ほどほどのしておきなよ。これで身を亡ぼす奴だって少なくないんだ。間違いなく本質は毒なんだからね」


小袋に入った煙草を渡しながらトヨリさんが怖いことを言う。


「ははは」


と相槌を打ちながらそれを受け取り代金を渡す。「ほどほどにしろ」と言われても無理な相談だ。

何しろこっちは煙草を吸うために異世界にやって来たようなものなのだから。


煙草を買い、ライターはさすがに見当たらないのでマッチも買う。


医者に禁煙を命じられてから久しぶりの喫煙だ。一か月ぶり……いやレイトの身体にとっては十六年と一か月ぶりか? いやいや、この身体では初めてなんだから記念すべき初煙草か。


だんだんと訳が分からなくなってきたがそんなことはどうだっていい。重要なのは待ち望んだ瞬間をようやく迎えられるということだ。


煙草を片手に周囲をウキウキと見渡す。煙草を吸うために必要なのは煙草と火をつける道具、それからもう一つあるのだ。


しかし、肝心のそれが見当たらない。


「あれ、トヨリさん。喫煙所はないの?」


探しても見つからないのでより詳しそうな人に聞く。

そう煙草を吸うために必要な場所、それは喫煙所である。


レイトの肉体に備わった十六年分の記憶はこの世界について俺の知らないことをいろいろと保管してくれる重要な情報源だ。

しかし、知っていることは俺の性格を反映したレイトが取った行動の範囲内で学んだことだけ。


いくら煙草好きの性格を反映していても一度も吸ったことのない物にはそこまで興味を示さないらしく、記憶を辿っても煙草に関する情報は少ない。


辛うじてこのトヨリさんの店に煙草が売られているのを知っていたくらいで喫煙所の場所などは記憶を遡ってみてもわからなかった。


「ん?」


俺の質問にトヨリさんは困ったような顔をする。まるで「何言ってんだいこいつは」とでも言いたげな表情だ。


「まさか……」


その瞬間俺の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。

前の世界でも喫煙所を探すのは一苦労だった。


元々臭いや副流煙、健康への被害などから嫌煙されがちな煙草。

喫煙所の数は年々減少していき、驚くほど少なくなっている。


それに加えマナーの悪い喫煙者の増加。愛煙家の俺から言わせれば煙草のポイ捨てなど死罪に値する蛮行だが、平気で捨てていく人間もいるという。


そう言った奴らのせいでさらに肩身の狭くなっていく喫煙者たち。

全員が全員口にはしないがある種の不安を抱えているのだ。「このまま行ったらいつかすべての喫煙所がなくなるんじゃないか」と。


先ほどのトヨリさんの反応、そして煙草を売る時のセリフ。あれは確実に煙草にマイナスなイメージを持った人の発言だ。


それは仕方がない。煙草を吸わない人からすれば喫煙者なんて毒をまき散らす迷惑人間だろう。

毒使いが人目を気にせず武器を振り回しているようなものだ。


だからこそ喫煙所が欲しかったのだが……。


しかし、トヨリさんのような人が他にもいたら? いや、きっと大勢いるだろう。

その人たちの影響で喫煙所は減っているのではないか。


前世の喫煙所問題はこの異世界でも引き継がれているのではないか。そんな考えが頭に浮かんだのだ。

仕方がない。仕方がないのかもしれない。しかし、それでは俺の快適喫煙ライフが崩壊してしまう。


「喫煙所って一体なんだい」


心配で頭を抱える俺をよそにトヨリさんは平然と言ってのけた。


「え? あのほら、煙草を吸える場所ですよ。ああ、もしかしてこっちでは呼び方が違うのかな。吸煙場とか? 煙草吸い集会所とかかな」


慌てた俺はしどろもどろになりながら説明する。「喫煙所」は確かに前の世界の呼び方だ。「煙草」は「煙草」で通じたのでそういうものだと思っていたが名称が違う可能性は十分ある。


しかし、俺がいくら説明したところでトヨリさんは困惑した様子になるだけだった。しまいには怪訝そうに俺を見つめて


「あんた大丈夫かい? わけわかんないことばっか言って。煙草なんて好きなところで吸えばいいじゃないか。ほら」


と言って街行く人を指さした。

俺の視線はトヨリさんの指先の向こうに集中する。


その先にあるのは広い大通りだ。いくつもの店が並び人通りも多い。


酒屋の店主が店の開店準備の途中で休憩しているのが見えた。通りに面した場所、店の前に積んだ酒樽に腰かけて美味しそうに煙草を吸っている。


それだけではない。休憩しているその店主だけではなく、向かいで話し込んでいる人たちも。


道を歩く商人らしき男も、ちょっとカッコいい風貌のお姉さんも皆が皆あちらこちらで煙草を吸っているのだ。


歩き煙草をしている人も少なくない。


「マジか」


目の前の光景が信じられず、俺の口から思わずそんな言葉が漏れ出ていた。

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