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第5話

「まさかお前……愛煙鳥を知らねえのか?」


酒場の店主は心の底から驚いたように言った。

愛煙鳥……なんだその心躍るネーミングは。


聞いたことがないような、でも何か知っているような不思議な感じがする。

レイトの記憶に何か引っかかるものがあるようだ。


「マジか……その年で知らないやつがいるとは思わなかったぜ。国鳥だぞ? 国で保護してる鳥だ」


酒場の店主が信じられないとでも言いたげな目で俺を見る。

悪気はないのかも知れないがなんとなく馬鹿にされているような気分になる。


煙草を吸ったばかりだから、このイライラはヤニ切れのせいではないはずだ。


しかし、店主が「国鳥」と言ったことで思い出した。


あれはまだレイトが幼かった時、まだ俺の意識が乗り移る前のことだ。


父親に肩車をされてこの町を散歩したことがある。

夕暮れ時、一面の小麦畑が夕日に照らされて輝いていた。


「うわぁ、綺麗だね」


目をキラキラさせてそう言った俺に父親が教えてくれる。


「この町が……この町が綺麗なのは国鳥のおかげなんだよ。愛煙鳥さ」


確かにそう言っていた。


転生して意識を取り戻してから今の今まで大して気にしていなかったが、この町は確かに綺麗だった。

それは風景としてとか雰囲気がという話ではない。

道にごみの一つも落ちていないのだ。通常ごみも、煙草の吸殻でさえも一つも見当たらない。


転生する前の国も諸外国から「清潔で綺麗な国」という印象を持たれていた。しかし、町を歩けばポイ捨てされたごみの一つや二つは落ちているし、不法投棄なんかも問題になっていた。


どれだけ気を付けても、そういうことを対して気に留めない一定数の輩がいる。

壁で道にごみを投げ捨て、ガムを吐き出していくようなやつらだ。


そういう一部の人間のせいで町は汚れて行ってしまうものだが、この町はきれいすぎる。


もう一つ気づいたことがある。

遠目で見たらカラスそのものなのであまり気になっていなかったが、町のいたるところにあの黒い鳥、愛煙鳥がいるのだ。


「こいつらは人の出すごみが好物なのさ。特に煙草の吸殻がな」


いつの間にか二本目を吸い出していた酒場の店主がその煙草を空中に投げる。

颯爽と飛んできた愛煙鳥がくちばしで咥えて飛び去っていく。


その様子は確かに鳥に餌付けをしているように見えた。


俺の中のレイトの記憶も酒場の店主の言葉を肯定する。


愛煙鳥は見た目は動物そのものだが、分類的には魔獣とになるらしい。


人の出したごみを体内に蓄え、それを魔力で溶かして糧にする。

火のついた煙草は特に大好物のようだ。


さらに驚くべきは愛煙鳥の呼吸なのだと店主が自慢げに教えてくれる。


「ほら、よく見ると煙草を吸っている奴の近くに愛煙鳥が自分から近づいていくだろう? あれは吸い終わった煙草を貰うのを待っているだけじゃなく、吸っている最中の煙も吸い込んでいるのさ」


愛煙鳥にとっても煙草の煙はリラックス効果のあるものらしい。煙を好む鳥だから文字通り愛煙鳥。

何ともわかりやすい。


そして吸い込んだ煙を吐き出すときにそこに含まれる有害な成分を取り除いてくれるらしい。


神だろうか。


「まぁ、そういうことだから兄ちゃんも煙草を吸うときはなるべくあいつらの目につくとこでな」


店主はそう言って店の準備に戻て行く。

嫌な奴かと思ったが結局はいろいろと親切に教えてくれたいい人だった。疑ってしまったことを心の中で謝罪する。


それにしても、喫煙所の概念はなく町のどこで吸っても怒られない。吸殻や落ちた灰は鳥が食べてくれて煙による周囲への健康被害も前の世界ほど気にしなくていいとは……。


なんてすばらしいところなんだここは。


転生前に俺がアーティアにお願いした「快適な喫煙ライフ」は希望通りに叶えられている。


そして、実はその「快適な喫煙ライフ」に俺の意図せぬ効果があったことに気付くのはそれから少し経ったある日のことだった。



数日後。

朝起きて町を散歩してからの喫煙はすっかり俺の日課になっている。


「おう、レイト。今日も早いな」


煙草を加えながら店の前を掃除している酒場の店主、ジムさんとはもうずいぶんと仲良くなった。


朝顔を合わせればお互い手を止めて一服するほどの中だ。


「まさかお前がアーリーとストンプの息子だったとはな。ストンプの奴、最近店に全然顔を出さないから気づかなかったぜ」


ジムさんが言う。アーリーは俺の母親、ストンプは父親の名前だ。

二人とジムさんは昔ながらの知り合いらしい。


ジムさんも若い頃に冒険者をしていて、その頃に出会ったのだとか。


俺が小さい頃はよく店に顔を出していて、幼い俺はジムさんと会ったごとがあるらしい。

レイトの記憶を遡てみても覚えていなかったから、記憶が残らないほど俺が小さかった時の話だろう。


最近はすっかり疎遠気味になっていてジムさんも成長した俺に気付かなかったらしいが俺との出会いを皮きりにまた父はこの店に通い始めたようだった。


「今日も仕事か? 毎日頑張るねぇ」


俺の腰の道具袋を見てジムさんが言う。

この世界では成人した人は皆何らかの職業に就く。


大抵は父親の後を継ぐらしいが、特に強制されているわけではない。


俺が衛兵にならないと言った時、父ストンプは少し悲しそうな顔をしたが反対はしなかった。

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