この世界には「冒険者」と呼ばれる職業がある。
女神アーティアが言っていた通り、確かにこの世界には「魔物」が存在している。中には愛煙鳥のように人に害を与えるどころか持ちつ持たれつの関係を築き上げ「国鳥」にまで上り詰めるような魔物もいるみたいだが、大抵は人々の悩みの種になっているようだ。
世界中を冒険しながらそういう類の魔物を討伐・捕獲する職業。それが「冒険者」である。
最近普通ということについてたまに考える。
前世の俺は間違いなく普通の平凡な人間だった。
それが、なんの因果か異世界転生して快適な喫煙ライフを送っている。
これは普通とはあまりにもかけ離れた出来事だろう。
では、その普通からかけ離れた「異世界転生者」の中での普通とは?
あまり詳しいわけではないし、実際に異世界転生した人を俺以外に知らないからラノベや漫画、ゲームなんかから得た情報をもとにした推測でしかないが、異世界転生者は「冒険者になる」のが普通ではないだろうか。
でもよく考えてみてほしい。
俺の中での魔物のイメージは畑に被害を出すクマやイノシシ、もしくは前の世界では出会うことのなかった諸外国の野性味溢れる猛獣たちをより大きく、そしてより獰猛にしたような存在だ。
もう一度言う。よく考えろ。
戦えるわけがないだろう。
前世でのほほんと暮らしていた俺が異世界で魔物を相手に戦う? 考えただけで恐ろしい。
戦うのが嫌で衛兵の道を早々に閉ざした俺だ。冒険者なんてなれるわけがない。
まぁ、そう言った戦えない奴らを助けるための「女神の願い事」だったのだろうが、それを他に類を見ない圧倒的価値の高い嗜好品に代えてしまった俺には関係のない話だ。
だから、俺は冒険者にはならなかった。
「おーレイ坊。今日もちゃんと来てるな。偉い偉い」
ジムさんと話していると恰幅の良い白髪の男性がにこやかに近づいて来る。
この人はカッパーさん。父に紹介してもらって知り合った今の俺の師匠である。
「ほんじゃあ、行くか」
カッパーさんはジムさんに軽く挨拶をした後、俺を誘う。
これから向かうのは町の外。といっても危険な場所じゃない。町のすぐ近くの森の中で小動物はいても凶暴な魔物はいない……らしい。
そこに何をしに行くかと言えばこれも単純。木を伐りに行くのだ。
つまり俺の新しい職業は「木こり」だった。
「レイト―」
町の外に向かう途中、美味しいお茶や健康的な食事を出すことで評判の茶屋の従業員に声をかけられる。
元気いっぱいに手を振るその姿に元気をもらいながら俺も手を振り返す。
彼女の名前はシャナ。
赤毛の髪を後ろで結び、健康的な肌色をした可憐な少女だ。
俺とは同い年で、家も近く幼馴染である。レイトの記憶を辿ってみても彼女と遊んだことを鮮明に覚えている。
ここだけの話だが、俺が乗り移る前のレイトはシャナのことが好きだったのだと思う。
彼女のことを思い出すたびに胸のあたりが温かくなる。
悲しいのは、レイトの肉体ほど俺が彼女に惹かれていないことだった。
俺が乗り移る前、自由に動いていた時の状態を女神アーティアは「CPU」と表現した。
その言葉は的を得ているように思う。
俺が乗り移る前の存在のレイトは俺の性格をそのまま反映した生き写しのような性格をしていた。
実際身体に意識が入った今も、他人の身体に乗り移った感覚はなく妙にしっくり来ている。
意識のない状態のときのことはまるでずーっとぼーーとして過ごしていたかのような感覚なのだ。
その状態のレイトの思考回路は俺の性格を忠実に再現している。考慮されていないのは俺の前世での経験だった。
前のレイトが惹かれていて、俺が惹かれないのは俺の中に前の世界分まるまる残った三十四年間の経験のせいだろう。俺から見てシャナは確かに可愛いと思うが「幼すぎる」のだ。
そう考えるとシャナにも悪いことをした気になってくる。
これはきっと自惚れではないだろう。彼女もレイトのことが好きだったはずだ。
レイトは容姿に恵まれていると思う。母アーリーも父ストンプも整った顔立ちだし、父親譲りの金髪と青い目は見る者をうっとりとさせる……と思う。
自分で言うのが恥ずかしくなってくるが、客観的に見ても中々のイケメンのはず。
そんな幼馴染みと長く過ごしていれば好きになってしまうのも頷ける。二人が惹かれあうのも必然だ。
……なんだか俺がすごく気取っているように見えるかもしれないが、これはあくまでレイトとシャナの話。
俺にはシャナを口説く気なんかさらさらない。
幸い、二人の恋はまだ始まったばかり。シャナもきっと自分の感情に気付いてはいないだろう。
俺はこのままシャナと仲の良い友人として接していけばいい。
「どうした、ずっとぼーっとして」
声をかけられてハッとする。どうやら考え事をしている間に門を通り抜けて町の外に出ていたらしい。
門の警備は衛兵の隊長である父が責任者だったはずだが、タイミング悪く今日はいなかったらしい。
いれば必ず声をかけてくるので考え事をしていてもすぐに気づくはずだ。
カッパーさんが道を逸れてずんずんと森の中に入っていく。
おいて行かれないように必死で俺も後に続いた。