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第7話

「木こり」といっても必要としているのは木材じゃない。

時期や場合によっては木材を目的にすることもあるみたいだけどそういう時はもっと大人数になるらしい。


カッパーさんはずんずんと森の中を進んでいくが、俺はその後をついていくので精一杯だ。

そもそも舗装されていない道に慣れていない。


目的の場所に辿りついた時には俺の息はすでに弾んでいた。


辿りついたところには杉の木に似たまっすぐな大木が何本も立ち並んでいる。


「今日はこいつにしようか」


カッパーさんがその中の一本に当たりをつけて手際よく切り倒す。

倒木に巻き込まれないように気を付けて、気が倒れた後にようやく俺の仕事が始まる。


まずは手斧で枝を落としていく。使ったことのないこの道具での作業も少しずつ慣れて来たところだ。

それでも本当に天まで届くのではないかと思えるほど背の高い大木の枝をすべて落とすのはなかなか大変だ。


切り落とした枝は一か所にまとめて縄で縛る。

この枝も町に持ち帰って薪として売るが、あくまでついでである。


本当に必要としているのは木の幹の方だった。

どういう成分なのか詳しくは知らないがこの杉に似た木の幹は削って乾かし、粉にして他の薬草と混ぜるといい薬になるらしい。


カッパーさんは長年この木の幹を一人で集めているその道のベテランだ。そのカッパーさん曰く「重労働の割に稼ぎが少ない」仕事らしい。


薬の材料と言っても高く買い取ってもらえるのは薬草の方。大量に消費するが、一度に大量に手に入る木の幹の方は安く見積もられる。


それでも「誰もやらなかったら誰かが困る」という理由でこの仕事を続けているカッパーさんを俺は尊敬する。


とはいえ、一本の大木の幹を一日かけて削っていく作業は確かに重労働だ。腰も痛くなるし、筋肉痛にもなる。


そもそも枝を落とすところまででへとへとだ。


この日も枝をすべて切り落として俺がへばって来たところでカッパーさんが


「休憩しようか」


と声をかけてくれる。

夢中になっているし、森の中では太陽の位置も見えない。腕時計などもないため俺には時間がわからないがカッパーさんは正確に把握している。


それによればちょうど昼頃だという。

確かにお腹が減った。


カッパーさんが切り落とした木の切り株に腰を下ろし、俺はその横の倒木にまたがるようにして座る。


鞄の中に入れたていたお弁当を取り出して倒木の上で広げる。

お弁当と言ってもこの世界の食文化は前の世界ほど進んではいない。


大抵は安いパンに野菜と一切れの肉端をはさんだサンドイッチとか携帯と保存に適した干し肉やビスケットなどが働く人たちの昼食になる。


今日の俺の昼食は干し肉とビスケットだ。

正直、味に関しては思うところがある。干し肉はやけに硬いしやけに塩辛い。そのかわりにビスケットはほとんど無味でぱさぱさ。口の中の水分を一気に持っていくため皮袋に入れた水を飲みながらじゃないと飲み込めない。


たまにラーメンやハンバーガーのような味の濃いものが無性に食べたくなるが、そんなことは些細なことだ。

俺にとって大事なのはもっと別の物なのだから。


「ふぅー。美味い」


昼食を早々に済ませた後、待ちに待った至福の喫煙タイムが始まる。

俺の横でカッパーさんも煙草に火をつける。


俺がこの仕事を選んだ最大の理由がこれ、「上司も喫煙者」である。


前の世界では俺は普通の会社員だった。休憩時間は決まっていて、就業中どうしても煙草を吸いたくても煙草休憩は許されない。


以前は各々好きなタイミングで煙草を吸えたらしいが昨今ではそれも見直されつつある。

そこに文句はない。喫煙者だけ自由に煙草を吸えて、吸わない人は休憩できないという意見は確かにその通りだと思う。


しかし、喫煙者としての本音ではやはり「吸いたくなった時に吸いたい」だ。


その点、今の職場は最高である。

カッパーさんはただ喫煙者というだけでなく煙草を吸う感覚が俺とほとんど同じなのだ。


俺が吸いたくなる頃に決まって「そろそろ一服しようか」と声をかけてくれる。

こんな過ごしやすい職場はない。


煙草を吸い始めるとどこからともなくカラスのような鳴き声が聞こえて来て愛煙鳥が降りてくる。

前にジムさんが「あいつらは目ざといから煙草を吸ってると勝手にやってくる」と言っていたがその通りのようだ。


煙草を吸うとこの鳥を召還できるみたいで少し面白い。


「レイ坊は変わっているな」


俺が煙草の灰で愛煙鳥に餌付けしつつ戯れていると不意にカッパーさんがそんなことを言った。

なんのことを言っているのかわからずにキョトンとしているとカッパーさんがフフッと笑う。


「普通若い奴はこの仕事を嫌うもんさ。辛いだけで大して稼げるわけでもないからな。若い奴は大抵冒険者とかそう言うのに憧れて町を出て行ってしまう」


カッパーさんは少し寂しそうな顔をしている。もしかしたら若者が町から離れてしまうのが嫌なのかもしれない。


前の世界でも田舎の若者離れはよく話題になっていたしな。


カッパーさんの言う通り確かに町の若者は成人すると町を出ていく傾向にある。

レイトの友人でも成人したら冒険者になるために町を出て行った人は多い。


町に残ることを選んだ俺やシャナの方が少数派だ。


とはいえ、何も町のためを思ってとかそんな高尚な理由は俺にはない。

単純に危ないことはしたくないというだけだ。


それにお金にも大して興味がない。毎日満足に吸えるだけの煙草を買うお金さえ稼げればそれでいいのだから。


「まぁいいことさ。弱音も吐かず働くレイ坊をワシは買ってる」


そう言うカッパーさんの目を俺はまっすぐに見れなかった。



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