「レイト! 無事でよかった」
家に入るなり飛び込んできたのは母アーリーだった。
レイトにとっては母親でも俺にとっては違う。
前に世界の記憶がある俺にはレイトの記憶も共にあるとしてもアーリーを心の底から母親と思うことはまだできていない。
親しみがあり、不思議と安心できる温かい存在だがこうして抱きしめられるとドキドキしてしまう。
「母さん。大丈夫……俺は大丈夫だから」
そう言ってアーリーを安心させて肩に触れ優しく引き離す。アーリーの後ろに弟のハリーと妹のローリ、そして二人を支えるようにシャナが立っていた。
「おばさんすごい心配してたのよ。興奮したカウブルが森に入っていったって聞いて」
シャナが言う。他人事のように言っているが安心したのは彼女も同じようだ。
まだ幼いハリーとローリは状況がわかっていないようだったが不穏な空気だけ感じているらしく、まだ心配そうにこちらを見ている。
俺はなるべく安心させられるように微笑みながら近づいて二人の頭を撫でる。
「ごめん、心配させて。でも父さんが来てくれたし、俺は怪我もしてないから」
それからアーリーとシャナにも聞こえるように言う。
「おじさんもそう言っていたけど……」
シャナはそう言いながら俺の身体をじっと確認する。怪我をしていないか自分の目で確かめようとしているのだと思うがじろじろと見られると気まずいし恥ずかしいのでやめてほしい。
どうやら俺が帰ってくるずっと前にストンプが来て俺の無事だけを伝えておいてくれたらしい。
ただ、詳細な説明がなかったのでアーリーもシャナも心配していた。
ストンプも俺がどうしてカウブルの突進を受けて無事だったのか上手く説明できなかったのだろう。
本人の俺でさえわかっていなかったのだから仕方がない。
その理由だが、練兵場の丸太の件である程度俺の中では解明できている。
キーワードは女神アーティアへの願い「快適な喫煙ライフ」だ。
もちろん俺は「好きな時に好きなだけ煙草を吸える環境で生活したい」という意味でこの望みを願った。
アーティアもそれ以上の考えは持っていなかっただろうと思う。
そしてその部分に関してはこれまでの経験から十分に叶えられていると俺は思っていた。
では、カウブルの件は何だったのか。
普通の人間ならあんなに大きな牛に突っ込まれて無傷では済まないだろう。立派な角に引き裂かれ、太い四つ足に踏まれれば骨折だってする。
俺の体力や運動能力は通常レベル。それも理解した。ただ、「煙草を吸っている時以外は」である。
どうやらカウベルにぶつかっても何ともなかった肉体の強さや練兵用の丸太を軽く小突いただけで折ってしまう強さは喫煙に起因するらしいというのが俺の導き出した答えだ。
カウベルに襲われたのはカッパーさんと煙草休憩をしている時だった。
最初に丸太を見て拳を痛めた時、側にいる愛煙鳥を見て「もしや」と思った。そしてダメもとで煙草を吸いながら丸太を殴ったら見事に破壊した。
信じられないような話だが、どうやら俺は「煙草を吸う」と「強くなる」らしい。
さらに拳の痛みが消えたことを踏まえると煙草を吸っている間に回復もするのだろう。
それはなんとなく理解した。ではなぜ、俺にそんなチート能力が備わっているのか。ここでようやく出てくるのが女神への願いだ。
それも「快適な」の部分。確かめようがない以上、推測するしかないのだがこの「快適」なの部分に秘密が隠されていると思えてならない。
女神の願いを叶えているのが女神自身なのか、それとも別の何かなのかは知らないが願いが叶う過程でこの「快適な」が拡大解釈されてしまったのではないだろうか。
「快適」に過ごせるように高い耐久力を、高い腕力を、高い回復力を俺に与えてしまったのではないだろうか。
そしてそれは俺が望んだ「喫煙ライフ」に関連していて、煙草を吸っている間だけ起こるのではないだろうか。
言うのは二度目だが、これは俺の推測だ。こんな予期せぬ挙動、ゲームの不具合のような話はにわかには信じがたい。
しかし不思議と確信があった。
俺の無事を確認したシャナは自分の家に戻り、少ししてストンプも帰ってくる。
魔物被害の報告書やら何やらで今日は忙しかったらしい。
随分とくたびれた顔で帰って来たストンプはまずアーリーと抱き合い、それからハリーとローリの頭を撫でる。
それから俺の方に顔を向けて
「本当に無事でよかった」
と言った。そんなストンプに俺は練兵場の丸太を壊してしまったことを素直に白状する。
てっきり怒られるかと思ったがストンプは
「お前が?」
と驚いた後に何か考える素振りをしてそれから笑顔を向ける。
「気にするな。もともと数が少なくて困っていたし、木工所に言って新しい丸太をいくつか運んでもらうことにするよ」
そう言いながらストンプが俺の肩を叩く。
本当に怒っている様子ではない。ただ、俺には彼が何か言葉を言いかけて飲み込んだように見えた。
怒られなかったことには安堵しつつ、その飲み込んだ言葉が何だったのか俺は少し気になった。