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第11話

翌日のこと。拍子抜けするほど穏やかな日常を俺は過ごしていた。


朝、仕事前にジムさんと一服し、カッパーさんと共に森に向かう。


木を伐り、昨日と同じように幹を削る。

作業の最中、カッパーさんはいつも通りだった。


ちょうどいいタイミングで「煙草休憩」を提案してくれて、その後も普段と同じ。

昨日のことが気になっているはずなのに何も聞いてこないのか彼の優しさだろうか。


俺とってはありがたい。自分の力の秘密が喫煙に関連していることはわかってもそれを人に明かすべきなのかどうか俺は迷っていた。


俺が求めるのは平凡な生活だ。危険のない仕事をして、稼いだお金で煙草を吸う。それだけでいい。

それだけでいいはずなのに、なぜか俺は昨日からずっともやもやしている。


仕事を終えて二人で町に帰る。俺が考え込む時間が多かったからだろうか、いつの間にかカッパーさんとの間に会話はなくなっていた。


町に着き、これから商人のところに買取をお願いしに行くかという時に門の方から来たストンプに呼び止められた。


「カッパーさん、すいませんがレイトを少し借りてもいいですか」


ストンプが言う。珍しいことだ。

俺に何か用事があるとしても仕事がすべて終わるまで待つ、ストンプはそう言う人だと思っていた。


「ごめん父さん、まだ仕事が」


俺はそう言ってまた後で話を聞こうとしたがカッパーさんが俺の言葉を遮る。


「いいさ、今日はもうそのまま帰ってよいぞ」


彼は優しく言うが、俺は迷った。昨日も先に帰らせてもらっている。二日連続というのは悪い気がする。

俺が遠慮しているのを感じたのかカッパーさんは明るく笑う。


「ははっ、買取ぐらいワシ一人でもできるわい。それよりもレイ坊、今日はずっと何か悩んでおったな」


そう言われてドキッとする。あれだけ考え込んでいたらさすがにバレていて当然か。

もしかすると心ここにあらずで仕事をしていたのをカッパーさんはあまりよく思っていなかったのかもしれない。


木こりの仕事に誇りを持っている人だ、俺の仕事態度に腹を立てるのも当然か。


「すまんな。無駄に年を取ったが、ああいう時にどう声をかけたらいいのかワシにはわからんかった。悩みがあるなら父親に聞いてもらうといい」


謝ろうと思ったら先にカッパーさんの方が謝罪する。

どうやら俺の勤務態度に怒っていたわけではないらしい。


カッパーさんは薪と木の幹の詰まった袋を担いで商店通りの方へ消えてしまった。


残された俺とストンプ。

なんだろう普段ならばそう感じることはないのだが、今日はストンプの纏う空気が重苦しく感じる。


「ついてきてくれ」


ストンプに言われ後ろを歩く。向かったのは練兵場だった。


「すまなかったな、仕事中に。暗くなる前に確かめておきたいことがあってな」


練兵場につくなりストンプが言った。

それはもうすっかり夕焼けに染まっている。もう少しすればすぐに暗くなるだろう。

買取をしに行っていたら確実に夜になる。


ストンプはその前に俺に話したいことがあったというわけか。


「ほら、これを使え」


ストンプが腰に差していた木剣を俺に放り投げる。彼の手には木剣がもう一本握られている。


「話したいこと」ではなかったらしい。


「これは?」


なんとなくその意味を理解しながら木剣を拾い尋ねる。

今からストンプがやろうとしていることはわかる。しかしその理由はなんだろうか。


「レイト。俺は今まで、お前の進む道に文句をつけたことはない」


ストンプはそう言った。その言葉からは話の本質が見えない。しかし俺は黙って聞いていた。聞かなければいけない気がした。


ストンプの言うう通り、レイトの記憶を辿ってみても今まで彼に何かを強制されたことはない。

息子に興味がないわけではないだろう。注がれている愛情は前の世界の父親と変わらないと思っている。


「お前が『冒険者にはならない』とわかった時は確かに寂しい気もした。しかし、自分の道は本来自分で決めるべきだ。どんな職業を選んだとしても立派に勤め上げてくれれば文句はない」


そう言いつつストンプはまっすぐに俺を見た。青い透き通るような目が俺の目を見ている。

彼の目に俺の目はどう映るのだろうか。俺が感じているのと同じように真剣さを受け止めているのだろうか。


「冒険者時代、様々な奴に会った。いい奴、悪い奴。戦いが苦手な奴に勝てないとわかるほど強い奴。ギフトってやつだな。それを持ったすごい奴にも何人も会った」


ギフト……。前に一度ストンプが話してくれたことがある。

この世界には普通の人ではありえない超常的な力を持つ人がいるらしい。そういう人たちの能力の総称が「ギフト」である。


ギフトは「神からの贈り物」だと考えられている。俺が思うに「女神の願い」と同系統のものだろう。

もしかするとギフトを持っている人は俺と同じ異世界転生者なのかもしれない。


「自分の道は自分で決めるべきだ。俺はそう思っている。でもな……『特別な力を持っている奴には特別な道が用意されている』そんな風にも思うんだよ」


ストンプが木剣を構える。

経験したことのない緊張感が漂っていた。

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