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第12話

ストンプの迫力に足がすくむ。彼は元冒険者。引退後も日々修練し鍛えている。普通に考えて俺が勝てる相手ではないだろう。


「父さんは俺が『ギフト』持ちだと思っているってことだよね? だから力を試そうと?」


わかりきっている質問をするのは時間稼ぎのためだ。時間が経てばストンプの考えが変わるのではないかと淡い期待を抱く。


「まぁそうだな。お前には何か不思議な力がある。それを試してみたい」


ストンプは確信を持っているようだった。元冒険者としての勘だろうか。


「俺は剣を振ったことないんだけど」


「構わないさ。見たいのは剣術じゃないからな」


俺の言葉に即答する。もうこれ以上は無駄だろう。これ以上何を言ってもストンプの気が変わらないのはわかった。


俺の本気を見たいか……。ストンプの言う「ギフト」の存在を隠すことは簡単だが真剣な目をする彼にそれだけはしたくなかった。


もし俺が力を隠せばきっとストンプは気付くだろう。そして息子に隠し事をされたと傷つくかもしれない。

何より真剣な相手に真剣に向き合わなければ俺自身が後悔しそうだ。


「覚悟は……決まったようだな」


俺の目を見てストンプが言う。何でもお見通しのようだ。

懐から煙草を取り出し、口に咥えて火をつける。


「おいレイト……」


ストンプが困惑する。さすがにこの行動は予想もつかなかったらしい。

まぁ、彼から見ればこれから真剣に模擬戦をしようという人間が目の前で一服を始めたのだから驚くのも無理がない。


でも安心してほしい。まだ完全な確証があるわけではないが……。


「これが、俺の本気だ」


俺の口から出た言葉にストンプが二ッと笑う。

そしてそのまま急に走り出した。


そうか「始めっ」とかそういう合図は特にないのか。


そんなことを思っている間にストンプはもう目の前に来ていた。

速すぎる。彼の方が「ギフト」持ちだと言われても納得できる。


剣を振り上げる。常人に達人の剣筋は見極められるのか。答えは否。

辛うじて見えた右の不利に自分の持つ木剣を持っていき防ごうとするが、そこにストンプの剣は来ない。


左の脇腹に衝撃が走る。


「嘘……でしょ」


本当に信じられないことだが、ストンプの剣の衝撃は昨日のカウベルの突進よりもはるかに大きい。

あの巨体を軽々と持ち上げた筋肉量を思い出す。この世界では冒険者になるような人は皆これくらい腕力があるものなのか。


しかし、痛くはなかった。


喫煙の効果はやはり存在する。


振り切った木剣に手ごたえを感じたのかストンプはそのまま流れるような連撃を見せる。

これ、俺が特別な力を持っていなかったら多分死んでいるレベルだ。


剣は早すぎて目で追えないし、闇雲に振り回すだけのこっちの剣も当たる気がしない。


「ずいぶんタフだな……。それだけでもう驚いたが、きっとそれだけじゃないんだろうな」


ストンプの声が聞こえた。速すぎてその姿を捉えることもできない。


「ほら、目を瞑っていたら攻撃は当たらんぞ」


気付けば俺は無意識に目を瞑り始めていたらしい。ストンプの忠告でそのことに気付く。

木剣で打たれても痛みは感じないが、それと反射的に目を瞑ってしまうのは別の問題だ。


攻撃が来るとわかるとどうしても一瞬身体が竦み、瞼は閉じる。

でもそうか。見えないのはストンプが速すぎるせいだけじゃない。俺が目を閉じているからか。


勇気を出して意識的に目を見開く。煙草のおかげで痛くはないんだ。意識していれば激しい剣激にもそのうちなれるはずだ。


目を開いた瞬間ストンプの姿が映る。「見えた!」と思ったが彼は両手を振り上げていた。

渾身の一撃。彼の様子から察するにそう表現するのがいいだろう。


振り下ろされた剣はまっすぐに俺の脳天を打ち付けた。


だから……俺が普通の人だったら死んでいるぞ。


「なに?」


驚きの声を上げたのはストンプの方だった。

目を見開いていたから何が起きたのかよくわかる。打ち付けた木剣が俺の頭に当たって折れたのだ。その時のぱきっという乾いた音も俺の耳が捉えている。


いくら相手が頑丈だからといってまさか木剣が折れるとは思っていなかったのだろう。驚いたストンプには素人目に見ても明らかな隙が出来ていた。


「えいやっ」


間抜けな声を出しながら木剣を突き出す。今まで剣を振ったこともないのだから許してほしい。


木剣はストンプの身体を捉え、弾き飛ばす。


「しまった」と思った。丸太を軽くへし折るほどの力だ。いくらストンプが強いと言っても相手は人間。大けがをさせてしまったかもしれない。


「父さん!」


吹っ飛んでそれから地面に転がり落ちたストンプの元に駆け寄る。

息はあるし、意識もはっきりしているようだ。よかった。


彼の手元を見ると折れた木剣の柄の部分が握られている。その柄に正面から衝撃を受け止めたような不自然なヒビが入っている。どうやら俺の攻撃を咄嗟に柄で受け止めたらしい。


「痛っ……てて。なんていう力だ」


ストンプはそう言って体を起こす。


「ごめん父さん。正直まだ力の使い方がよくわかっていないんだ」


俺がそう言うとストンプは笑った。


「いいさ。俺もまさか負けるとは思っていなかった。最初の一太刀以降は少しむきになっていたしな」


ストンプの最初の剣は折れの腹を狙ったものだった。それを食らっても俺が平然としていたので「思いっきりやってもいい」と判断したようだ。


吸っていた煙草がほとんど残っていない。

ずっと口に咥えて戦っていたのだが、興奮して呼吸の両が増えていたようだ。


俺の持つ煙草を狙っている愛煙鳥が暗くなりだした空に向けて一声に鳴いた。

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