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第13話

「レイト、お前冒険者にならないか?」


模擬戦のあと二人で練兵場のベンチに腰かけて話す。袋から煙草を取り出して吸い始めた俺にストンプが言った。

また吸っているのかと思われるかもしれないが、戦いながらの煙草は正直吸っている気がしなかった。

前の世界でもたまに聞く言葉だが「ながら煙草は意味がない」のだ。


「今、世界に多少の混乱が広がっている。魔物の増加だ。今までは安全とされていた場所にも魔物が出没するようになった。昨日の件もその一例だろう」


カウベルが突進してきたのは街道で魔物に襲われ、混乱したからだと聞いた。

この町の周辺は比較的安全で、魔物被害は滅多に出ていなかったらしい。


町に滞留する冒険者も少ない。


「そもそも魔物の数に対して冒険者の数が足りない。手が足らないから救えない命がある。そのせいで人々の不安が増してるのさ。だからレイト……」


「お前は冒険者になるべきだ」恐らく、ストンプはその言葉を飲み込んだ。昨日帰宅してから何かを言いかけてやめたのも同じ言葉だろう。


多分ストンプ自身もまだ迷っている。好きなことをさせてやりたい、危険な仕事に送り出すのはどうなのかという親心だろう。


「父さん。俺、煙草が好きなんだ」


葛藤しているストンプに俺の方から話しかける。

行動を見てれば予測はつくだろうが、面と向かって言うのは初めてだった。


「煙草が吸えれば後は割とどうでもいいと思っていた。安全な仕事をして、最低限の食事ができて、後は煙草さえ吸えればそれで幸せだって」


その言葉にストンプが肩を落とす。冒険者にはならないと判断しただろうか。


「でも、父さんと戦って気が変わったよ」


煙草を吸うと強くなる。そんな変な能力が自分に備わっていると知ってから俺はずっともやもやしていた。


そのもやもやがストンプの言葉で晴れた気がする。「特別な人間には特別な道がある」その通りなのかもしれない。


異世界転生をして特別になった俺がその特別の中で普通を探したのは間違いだったのかも。もちろんそういう選択があったていいだろう。第二のとはいえ自分の人生だ。誰にも文句は言わせない。


しかし、女神アーティアの言葉を思い出した。


「ヘヴンズに良い効果を与えてくださることを期待します」


彼女は確かにそう言っていた。

その良い効果がなんなのかはまだよくわからない。単に人助けをしろってことなのかもしれないし、もっと違う意味があるのかもしれない。


ストンプと戦ってわかった。あの剣は彼の努力の結晶だ。

素人でもわかるくらい卓越した剣技と動きからはストンプがどれだけ必死に生きて来たのかが想像できた。


俺もそうなりたいと思った。

力を持て余して暮らすのではなく、この力を使って何かがしたいと。


「父さん、俺なるよ。冒険者に」


俺がそう言うとストンプは確かに嬉しそうな顔をした。



翌日、俺はカッパーさんに仕事を辞めたい旨を伝えた。

決心から行動に移すまでが速すぎると思うが、ストンプ曰く冒険者になるためにはアリストリア王国の首都アストリアで行われる試験を受けなければいけないらしい。


その試験が行われるのが年二回。夏と冬に一階ずつだ。

そして夏の試験まで残り一か月となっていた。


俺の住むバルクレストから首都アストリアはそう遠くない。馬なら一日、歩きでも二日か三日ほどで着くらしい。

それならば試験の数日前に町を出れば間に合うかと思われそうだがそう言うわけにはいかない。


「お前には能力はあるが技術がない。それではきっと試験には合格できないだろう」


とストンプは言った。確かに俺は戦ったことがない。昨日ストンプを倒せたのもほとんどまぐれ。能力のおかげである。


試験は毎年内容が変わるらしく、試験のためだけに対策はできないという。

そこで首都アストリアに住むストンプの知り合いを頼ることになった。


「あいつは……まぁ変わっているが実力は保証できる。それにお前にとって一番いい戦い方を教えてくれるだろう」


含みのある言い方が気にはなったが、夏の試験を逃すと次は半年後だ。なると決めたのならなるべく早い方がいい。

俺はストンプの知り合いに一か月鍛えてもらうことにした。


それでカッパーさんにやめる旨を伝えにいったのだ。

彼からすればいい迷惑だろう。入社した新人が入ってすぐにやめるようなもの。それも即日退社だ。

本当に申し訳ない気持ちになりつつ頭を下げた俺をカッパーさんは怒らなかった。


「いいさ。もともと仕事は俺一人で手が余ってる。レイ坊が来てくれて助かったが、いなくてもなんとかならぁ」


そう言って豪快に笑っていた。

それから


「それにレイ坊は何か特別なことをしてくれる雰囲気がある。お前の門出を温かい気持ちで見送るよ」


と背中を押してくれる。

その言葉に感謝しながら俺は何度も頭を下げた。


さらにその翌日。


俺は父ストンプに渡された手紙を持って、そして心配そうな母アーリーとシャナ、何もわかていなさそうなハリーとローリ、わざわざ仕事を休んできてくれたジムさんとカッパーさんに見送られながらアストリアに向けて旅立ったのだった。

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