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第15話

名前を呼ばれて驚く。

この女性とは確かに初対面のはずだ。

アストリアに来たのは初めてだし、知り合いはいない。


一方的に知られている……いや、俺の名前を知っている。思い当たるのは一つだけ。


「もしかして……シシリーさんですか?」


俺が尋ねると女性は小さくため息を吐き、頷いた。

それから「やっぱり」と呟く。それがため息の延長のような言い方だったので俺は少し心配になった。


シシリー・ボーンズ。それは俺が冒険者の試験を受けるまで戦い方を教えてくれるはずの師匠となる人の名前だった。


「あの……どうして俺だとわかったのですか?」


シシリーさんは俺の顔を知らないはずだ。俺も彼女のことは名前しか知らなかった。

ストンプに渡されたメモを頼りにこれから家を訪ねる予定だったのだ。まさかこんなところで、それも向こうから名前を呼ばれて出会うとは思っていなかった。


「似てるんだよ、君は。あのクソ野郎に」


シシリーさんの機嫌が一気に悪くなる。出会ったばかりだが彼女が到底言わなそうな「クソ野郎」という言葉に驚く。

「クソ野郎」とはストンプのことか。

このタイミングで渡すのはどうかと思ったが、ストンプには「あったらまず渡せ」と言われている。


恐る恐る手紙をシシリーさんに差し出す。

彼女は無言でそれを受け取るとジッと読み始め、やがて小さく舌打ちをして手紙をびりびりに破く。


風に乗った紙きれを愛煙鳥がおいしそうについばんでいた。

「ごみなら割と何でも食べる」らしいが、愛煙鳥が煙草以外を食べているのを見るのは初めてだ。


シシリーさんは紙に群がった愛煙鳥の中心に吸い終わった煙草を投げ入れてから立ち上がる。


「行こう。君の修練場……しばらくは家替わりでもあるけど、その場所に案内しよう」


そう言ってスタスタと歩き始める。俺は慌てて荷物を持って追いかけた。


「あの、手紙にはなんて?」


歩きながら俺が尋ねると彼女は横目で俺を見ながら答える。


「君のことや、修行の件の念押しだよ。修行をつけてくれっていう手紙自体は昨日先に届いている」


シシリーさんは淡々としている。機嫌が悪いのか、これが彼女の普通なのかわからない。


「まったく……久しぶりに連絡してきたと思ったら『息子に修行をつけてくれ』だと? それも昨日の今日じゃないか……。相変わらず非常識にも程がある」


込み上げてくる怒りのせいだろうか、独り言のようだが声量が大きい。全部聞こえてしまう。

機嫌は悪いようだ。


「あの……すいません」


申し訳なくなりシシリーさんに謝罪する。彼女にしてみればいきなりこんな話をされていい迷惑だろう。


彼女はハッとした表情になる。本当に自分の声が漏れ聞こえているとは思わなかったようだ。

取り繕うように咳ばらいをする。


「君が悪いわけじゃない。昔からアイツの奔放さには振り回されていてね。それを思い出して腹がっただけだ。ちょうど後継を探しているところだったし、弟子をとるのも悪くない」


彼女はそう言うと立ち止まり、俺の方を向いて顔に両手を添える。そして覗き込むようにじっと見つめた。


その仕草にドキッとする。顔が赤くなっているかもしれない。


「うん。やっぱり、髪と目の色はアイツに似ている、でもよく見れば目の形と鼻はアーリー似だね」


シシリーさんはそう言って微笑む。

ストンプの知り合いだと言っていたが、アーリーのことも知っているらしい。アーリーも昔は冒険者だったらしいし、その繋がりだろう。


それから彼女は再び歩き出した。どこで変化したのかはわからないがさっきよりも上機嫌に見える。

彼女の行動の意図は掴めなかったが、なんとなくいい人のような気がしていた。



アストリアの町は東西南北の方向で大きく四つに分けられる。シシリーさんについていき辿りついたのは東区の一角だった。


「大きい……」


思わず圧倒される。といっても豪邸という感じではない。「修練場」と彼女が言ったようにどちらかといえば前世の道場に近い建物だった。


門を潜ると修行をするための庭があり、人型の木の人形や弓道で狙う的のようなものが並んでいる。


その向こうに家がある。


「あそこが私の家。二回の角部屋が空いているからここに住む間はそこを使って」


そう言われ、先に荷物を置いてくるように言われ、家の中にお邪魔した。

当然かもしれないが、畳ではない。


階段を探して廊下を歩く。家の中もかなり広いようだ。これだけ広いと迷いそうだ。

階段を見つけても彼女の言う「角部屋」を探すのでさえ苦労しそうだ。


「お困りですか?」


後ろから声をかけられる。誰かいるとは思っていなかったので驚いた。シシリーさんの声ではない。でも聞き覚えがある。


振り返ると茶髪の少年が立っていた。大通りで煙草を吸う場所を教えてくれたあの少年だ。

少年も俺のことを覚えていたらしい。一瞬意外そうな顔をする。


「今日来るお客さんってお兄さんのことだったんだ」


少年はそう言うと俺を通り越して廊下を進んでいく。もうすっかり俺に興味をなくしたのか、やけに冷めた感じの子だと思ったが少年は途中で立ち止まり振り返った。


「ついておいでよ。部屋がわからないんでしょう?」


どうやら案内してくれるようだ。


俺は少年に礼を言い、彼を追った。

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