少年は名前をリアムと名乗った。
シシリーさんの子かと思ったがそうではないらしい。
「住み込みで働いているんだ。か……シシリーさんには孤児だったところを拾われた」
リアムは俺を部屋に案内すると後は何も言わずに一階に戻ってしまう。とっつきにくいような性格ではないし、親切だ。ただ何となく壁を感じる。あえて距離を置かれているような……。
まぁ、いきなり客としてやってきたんだから当然か。
俺は特に気にせずに「荷物を置いたら中庭に来て」とシシリーさんに言われていたので部屋を出た。
リアムが屋敷の構造を大まかに教えてくれていたので中庭にはさほど迷わず行くことができた。
「リアムには会った?」
と彼女が聞くので俺は頷いた。
「そう。炊事や洗濯、基本的な家のことはあの子がやってくれる。君にも手伝ってあげてほしいけど、最初の内はまず無理ね。きっとボロボロで動くのがやっとになるもの」
それだけ厳しい修行になるということだろうか。
シシリーさんはそう言って木剣を投げた。
「まず、君がどれくらい動けるのか見せてもらおうかな」
冒険者の試験まで約一か月。正確にはもう一か月を切っている。町から町へ移動した日だからって休ませてもらえるとは思っていない。
修行はさっそく始まるらしい。
俺は懐に手を伸ばす。シシリーさんは「ボロボロになる」と言ったが、これさえあれば俺は並大抵の攻撃には耐えられる。
「ストップ」
煙草を取ろうとするとシシリーさんがそう言った。
「煙草は置いて」
ああ、そうか。事情を知らなければここで俺が煙草を吸い始めるのはおかしい。
不真面目に思われそうだから最初に説明した方がいい。
「あの、俺の『ギフト』は……」
俺は自分のこの能力を「ギフト」として話すことにした。これがこの世界でそう呼ばれている能力と本当に同種の物なのかはわからないが、「別の世界から転生してきた」なんて話よりは説明しやすいからだ。
「『ギフト』は知っている。でも使っちゃだめ」
俺の言葉を遮るようにシシリーさんが言う。きっとさっき渡した手紙に書いてあったのだろう。彼女は俺の能力について知っているようだ。
しかし「使っちゃだめ」とは?
「君は冒険者になるために来た。冒険者はいつ魔物に襲われるかわからない。常に煙草を吸える状況とは限らない」
困惑する俺にシシリーさんが話を続ける。
一理ある。確かに魔物に不意打ちされた時、煙草を吸っていなければ俺は簡単に命を落とすだろう。
「でも俺、これなしじゃ本当に何もできないですよ」
恥も外聞もなくそう宣言する。できないことを恥だとは思わない。こうして明確に伝えておくことも大切なはずだ。
「構わない。できないことをできるようにするのが修行の意義だから。今日から七日間で君に基礎を叩き込む。冒険者としての動き、戦い方、全て。まずはどれくらい動けるか見せてもらう」
シシリーさんはそう言って手に持った木剣を構える。「話は終わり」とでも言いたそうだ。
その反応は俺の予想通り。「何もできないならしょうがない」となるような人ではないだろうと思っていた。
俺も剣を構える。ちゃんと構えるのは初めて。ストンプと模擬戦をした時はただの棒立ちだった。
彼の構えを参考にして真似る。
「くすっ……懐かしい構え」
シシリーさんが笑う。どことなく楽しそうに見えるのは気のせいか。
脳裏にはストンプとの模擬戦が浮かんでいる。彼は速かった。強かった。
煙草を吸っていなければ俺は間違いなく死んでいる。シシリーさんはどうなのだろう。ストンプの冒険者時代の知り合いで、俺を預けるくらい信頼している相手だ。きっと同じくらい強い。
正直怖かった。俺は剣術に慣れていない。戦うことにも。何より痛みに慣れていない。
対峙するシシリーさんの圧で足が震える。
しかし、今更「やっぱりやめます」などと言い出せる雰囲気ではない。仮にも一度冒険者になると決めたんだ。そんな情けないことを言うつもりもない。
攻められたらまず防げない。ぼこぼこにされて終わりだ。それなら、いっそ……。
俺は地面を強く蹴ってシシリーさんに向かっていく。姿勢を低くし、剣を後ろに構える。
全部ストンプの真似だ。この後彼はどうしていたか……ああ、そうだ。剣にフェイントを混ぜて俺の腹を打ったんだ。
あれほど多角的で素早いフェイントは到底真似できないが俺の中にある攻撃のイメージはストンプの動きしかない。
出来るだけ動きが似るように、フェイントになるように剣を振る。
そして見据えたシシリーさんの脇腹目掛けて剣を振りぬいた。
「うん」
彼女が相槌を打つのを確かに聞いた。その後、強い痛みを感じた。それと浮遊感。
自分が返り討ちにあったと理解したのは地面に転がった数秒後だ。
「う……」
感じたことのない痛みを感じて俺は地面にうずくまる。呼吸ができない。逆に腹を打たれたらしい。
「落ち着いて、ゆっくり息を吸うんだ。そのくらいなら痛みはすぐに治まるから」
いつの間にか近づいてきていたシシリーさんが横ばいになる俺の腹に手を置く。ひんやりと冷たい手だった。気持ちがいい。
「見込みあるよ。手紙には剣を握ったことないと書かれていたけどそうは見えなかった。君はきっと私と同じタイプだね」
俺の腹を擦りながらシシリーさんはまた楽しそうに笑っていた。