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第17話

痛みから回復してようやく動けるようになるとシシリーさんは「模擬戦は終わり」と伝えた。

彼女の期待に応えられたのかは疑問だが「どれくらい動けるか見る」というのは終わったらしい。


その後、彼女が俺に様々な剣術の型を見せてくれる。


「私は何でも一度見れば覚えられる質だった。冒険者になってから魔物と戦う仲間や他の冒険者を見て強さを吸収した。君もきっと同じタイプだと思う」


その言葉通り、彼女の技は多彩だった。型が変わればまるで別人のように剣の質が変わる。

それが素人の俺の目にもはっきりとわかるのだから相当熟練しているのだろう。


そしてその動きはわかりやすかった。さすがに「一度見れば覚えられる」とまではいかないが、「見て学ぶ」のは俺も好きだ。

言葉で教えられるよりもずっとわかりやすい。


「明日からは私がまず基本の型をいくつか見せる。その後に模擬戦をして実戦形式でも見て学ぶ。それを繰り返す。いい?」


模擬戦か……。俺は先ほどシシリーさんに打たれた腹を擦る。反撃されたのはわかったが、何をどうして、どう打ち返されたのかは理解できていない。

明日からもしばらくは何もわからないまま返り討ちになる日が続きそうな気がする。彼女の言った通り本当にぼろぼろになって動けなくなるかもしれない。


「まだ痛む?」


腹を擦っていた俺が気になったのかシシリーさんが尋ねる。

打たれた時ほどの激しさはないが、確かにまだズキズキと痛みは続いている。


「ええ、まぁ」


俺がそう答えるとシシリーさんが中庭の隅を指さした。


「じゃあ煙草休憩しよう」


「じゃあ」の意味が分からなかったが俺はお言葉に甘えることにした。

中庭の隅に椅子が二つ並んでいる。


そのうちの一つにシシリーさんが腰かけて煙草を咥える。

俺も隣に座り、火を持っていない彼女の煙草に火をつけてから自分の煙草にも火をつけた。


じんわりと腹の痛みが引いていく。ああ、そうだ。煙草には回復する効果もあったのだ。

すっかりそのことを忘れていたため少し驚いた反応になる。


「もしかして……煙草を吸うと怪我も治るの?」


俺の反応に気付いたシシリーさんが俺よりも驚いている。俺が頷くと彼女は白い煙を空に吐いた。


「すごい『ギフト』だね。手紙で読んだときは変な能力って思ったけど」


と言って笑う。

確かに煙草を吸っている間だけ強くなるなんて、すこし間抜けにも思える能力だ。

しかし、ボロボロになっても煙草さえ吸えばまた修行できる。時間がない俺にとってはありがたい。


「この家には至る所に愛煙鳥がいるから好きなところで吸っていいよ。ただ、夜の寝たばこには気を付けてね」


シシリーさんの忠告に「寝たばこによる火事は世界が変わっても共通の問題か」と思った。


シシリーさんは一本目を吸い終わると立ち上がった。そして二本目を吸おうとしている俺を見てくすっと笑う。


「本当に煙草が好きなんだね。神に与えられた『ギフト』か。煙草好きの君にはぴったりの能力だ」


本当は「与えられた」のではなく「願った」のだが、俺は彼女の話に合わせて頷いた。


もう暗くなる。今日の修行は終わりらしい。本格的に始まるのは明日からだそうだ。


「煙草の吸い過ぎは身体に毒だよ」


去り際、彼女はそう言って家の中に戻っていった。



翌日。日が上り始めたまだ薄暗い朝に俺は起きる。

修行だ。


中庭に行って剣を振る。昨日シシリーさんが見せてくれた型を真似してみる。

彼女はまだ起きてきていないため、これで合っているのか不安になるが言われた通りのことをしているのだ。


「私、朝が弱いの。だから本格的なのはお昼からになるけど、それまで自由に剣を振ってて」


昨日、夕飯の時にシシリーさんにそう言われた。

だからなるべく早く起きて、彼女が起きるまでこうして剣を振っているのだ。


しばらくそうしているとだんだんと明るくなってくる。

額に汗をかき、腕は重くなってくるが初日から泣き言は吐いていられない。


「ん?」


ふと人影が目に入って剣を振る手を止める。中庭から見える屋敷の廊下をリアムが歩いていた。

かごに食材を乗せて運んでいる。朝食の準備だろうか。


食事は基本的に彼が作っているらしい。まだ幼いのにすごいと思う。昨夜の夕飯も大した腕前だった。

リアムは野菜やら何やらを載せたかごを少し運び、それを置いて戻り、今度は俵を転がしながらかごのとこまで運ぶ。

そしてかごをまた前に持っていき、というのを繰り返していた。


一人で食材を運ぶのは大変そうだ。まだ子供の彼には俵を運ぶのも一苦労だろう。


「手伝ってあげてほしい」とシシリーさんに言われたのを思い出して俺は彼を手伝うことにした。

シシリーさんが起きるまではほとんど自由時間のようなものだし、屋敷に泊めてもらっている以上ただ飯なのも気が引ける。


「手伝うよ」


俺がそう言って俵を持つとリアムは意外そうな顔をした。


「別にいいよ……客人にそんなことさせられない。これは俺の仕事だから」


とぶっきらぼうに言う。

壁を感じるのはやはり気のせいではないようで、その表情が少し嫌そうにも見えるのが悲しい。


しかし、そんなことでくじける俺ではない。師匠となったシシリーさんに手伝いを命じられたことは確かだ。師匠の言いつけは守るべきだろう。


それにせっかく同じ家に住むのだから嫌われるより仲良くなりたい。


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