断るリアムの態度を俺は勝手に遠慮とと捉えた。
「いいって、これも筋トレになるし」
そう言って彼が転がすようにして囲んでいた俵を担ぐ。もてる重さでよかった。そうでなければ格好悪いところを見られてしまうところだ。
経験上、初対面の相手と関係を築くなら最初はある程度強引な方がいいと思っている。お互いに遠ざけていては関係が進まない。
無理にでも手伝いを申し出てみてリアムが本当に嫌がっていそうならばこの方法は諦めよう。
俵を担ぐ俺にリアムはそれ以上何も言わなかった。諦めたのか、野菜の入ったかごを持って調理場の方へ向かう。
俺もそれについていく。
それにしても、この俵の形には見覚えがある。前の世界で実際にこの形で買ったことはないが、時代劇なんかではなじみのある形だ。
それにこの重さ。
「なぁ、この中身ってもしかして」
気になって尋ねるとリアムは
「米だよ」
と教えてくれる。振り返りもしなかった冷たい態度は気になるが、まさかこの世界にも米があるとは思っていなかったので嬉しくなる。
バルクレストではお目にかかれなかった。昨日の夕飯も洋風だったし、てっきりこの世界に米はないのかと思っていた。
「煙草さえあればいい」そう思っていたが、米がないことが唯一の残念ポイントだと思っていたのだ。
俺は米が好きだ。煙草の次くらいに。
自分がそんなに米が好きだったのを自覚したのはこの世界に来てからだが、やはり慣れ親しんだごはんは恋しくなる。
「米を知っているのか?」
冷たく見えたリアムだが、そんな質問を俺に投げかける。相手からの質問は仲良くなる第一歩と考えていいだろうか。
その口ぶりから察するに米はあまりメジャーな存在ではないのかもしれない。
「まぁね。話に聞いただけなんだけど、食べてみたくて」
何で知っているか詮索されると困る。しかし、せっかく質問してくれたのに単調な返答では会話が続かない。なので少し嘘をついてしまった。
「そうか。運が良かったな。前に商人が持ち込んだ食べ物で、シシリーさんは今絶賛ハマり中なんだ」
元は東方の島国から流れ着いたもので、田舎町の商人がこの家に持ち込んだらしい。
シシリーさんはその味に夢中で定期的に取り寄せているのだそうだ。
ナイス、シシリーさん。
しかし、東方の島国か。
もしかすると前世の俺の故郷と似たような国があるのかもしれない。もしあるなら一度行ってみたいものだ。
「ありがとよ。そこに置いておいてくれ」
いつの間にか調理場に着いていた。言われた場所に俵を下ろす。
リアムはもう俺に興味をなくしたかのように朝食の準備に取り掛かっている。
「……なに?」
ジッと待っている俺が気になったのかリアムは顔をこっちに向ける。
「いや、他にも何か手伝おうかと」
俺がそう言うとリアムは目を開く。そんなことを言うのが不思議だったようだ。
「修行は?」
そう聞かれてびくっとする。サボっていると思われただろうか。しかし、こちらには大義名分がある。
「シシリーさんに『炊事洗濯を手伝うように』言われてるんだ」
俺がそう言うとリアムは一瞬ため息をついた。がっかりしたように見える。
「それならいいよ。シシリーさんには『手伝ってもらった』ことにするから心配しなくても告げ口なんかしない」
ん? どういう意味だろう。急に話が変わったような気がする。
「なんで? やってもいないことを『やった』と報告する必要ある?」
俺がそう言うとリアムはまた目を見開いた。年齢に似合わず無口で大人びた子だと思っていたが実は表情豊かな一面があるらしい。
「なんで……って。だって今まで来た奴は……」
リアムがそこまで言ってようやく俺は彼が何を言っているのか理解した。
彼は恐らく今までここに尋ねて来た他の弟子たちと比べているのだろう。その人たちがシシリーさんに認められたのかどうかは知らないが、どうやら兄弟子たちには「サボり癖」があったようだ。
「俺はちゃんと手伝うよ」
まだ何か言いたそうなリアムを押し切って俺は包丁を握る。
自慢じゃないが、前の世界では一人暮らしでも食費を浮かせるために自炊していた。
高級レストランのシェフのような料理はできなくても野菜の皮むきくらいなら任せてほしい。
皮をむきはじめた俺をリアムはまだ信じられないといった様子で見ていた。手が止まっていたが、火にかけていた鍋がふきこぼれそうになったのをきっかけに再び作業を始める。
「前の弟子って、何人くらいいたの?」
なんとなく気になって聞いてみる。沈黙が続く。一瞬無視されたのかと思ったが少し間をおいてリアムが話し始めた。
「たくさんさ。シシリーさんは有名だから。どこかの貴族とか冒険者に夢見る馬鹿がいっぱい来た」
その口調は明らかにその弟子たちをよく思っていないのだろう。
愚痴り始めて思いがこみ上げて来たのか、彼の言葉は止まらない。
「全員決まって同じことを言った。『修行で忙しいからお前がやれ』って。シシリーさんに嘘を吐くように強要までして」
明らかに怒っている口調だが、料理をする手つきは荒れていない。
「いい気味だった」
リアムが言った。
「全員漏れなく修行についていけなくて逃げ出したからな。いい気味だったよ」
まだ幼い子供が冷たく吐き捨てるようにそう言うのを見て俺は「大分苦労したんだな」と思った。
それから「ええ……シシリーさんの修行ってそんなに厳しいの?」と、少しだけ引いた。
「お前は残るかもな」
リアムが何かを呟いたが、声があまりにも小さくて俺にはよく聞こえなかった。