明晰夢。
睡眠中に見る夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見る夢のことである。
半年前から毎日毎日、私は妙にリアルな夢を見る。
そこは日本ではないどこかの異世界で、そこで私は私ではない別人として生きていた。
最初こそはリアルな夢だな、としか思わなかったが、欠かさず毎日見るそのリアルな夢があまりにも不思議で私はスマホを片手にその夢を見始めて1週間後にはこの現象は何なのかと調べた。
その結果が明晰夢。
明晰夢の説明の続きには、明晰夢の経験者によると夢の形を自分の思い通りの形に変えられるともあった。
私が毎日見る夢の私には美しい恋人が3人もいる。
恋人がいない私にとって3人も美しい恋人がいる夢は最高に楽しく、甘い素敵な夢だった。
つまり私は無意識の内に己の欲望を夢にしていたのだ。恐ろしい女である。
恋人が3人って。現実でなら最低だ。
そんな夢を毎夜見る私の名前はエマ。
今年で23歳になるごくごく普通の社会人。仕事は普通に順調だし、恋人はいないが毎夜毎夜素敵な夢を見られるしで、私はとにかく今の現状に満足しており、幸せだった。
今日も何事もなく1日が終わった。私は今布団の中にいる。あとはもう寝るだけ。
「ふふっ」
今日は一体どんな甘い夢が見られるのか、私は楽しみで1人笑みを溢した。
そして瞳をゆっくり閉じて今日も幸せな気分の中で意識を手放した。
*****
夢の中で意識が覚醒する場所、時間はいろいろだ。
今日意識が覚醒した場所は豪華絢爛な私の部屋だった。
私は今、裸でベッドに寝転がっており、窓から溢れる日差しから今が朝なのだと予想ができる。
先程まで夜だったのに、夢の中では朝となると時間感覚がおかしくなりそうだが、それについては半年もこんな感覚の中で生活していたのでさすがにもう慣れた。
ここでの時間はたった数時間。
所詮私が見ている夢なのだから何日も、何ヶ月もは望まない。
だが、このたった数時間がいつも私を満たしてくれていた。
ここでの私はとある異世界の中にある、とある国のたった1人のお姫様。年齢は現実と同じ23歳で5歳ほど歳の離れた美しく、優秀な兄が2人いる。
そして私も彼らと血が繋がっているだけあり、それはそれは美しい…というか、彼らとはそっくりだが、現実と全く変わらない姿をしていた。
アッシュグレーの胸元まで伸びだサラサラの髪に気の強そうな少し釣り上がった猫目の強気美女、これが私の容姿だ。
自分で言うのもなんだが、私は美女だ。これは紛うことなき事実である。
「おはよう、エマ」
私が起きたことに気がついたようで隣で寝ていた私に負けず劣らず美しい男、リアムが私に優しく声をかけてきた。
声の方へとくるりと体を向ける。
「おはよう。リアム」
そして私はリアムににっこりと微笑んでいつものように挨拶をした。
私の目の前にいるリアムの格好も裸だ。
この状況からしておそらく事後なのだろう。
リアムの容姿は金髪碧眼。絵本の中から出てきた王子様のような麗しい見た目で甘いマスクをした美青年。年齢は私より一つ上だ。
彼こそが夢の中にいる私の3人の恋人の内の1人である。
「いい朝だね」
「ええ、そうね」
私を優しく抱きしめてリアムが甘い笑顔を私に向ける。私もそんなリアムに答えるように甘く微笑んだ。
するとリアムの美しい顔が少しずつ私に迫ってきたので私はゆっくりと瞳を閉じた。
「…ん」
チュッといつものように音を立ててリアムと軽いキスをする。
それから唇を優しく舐められ、私は小さく声を漏らした。
「エマ、口を開けて?」
リアムが甘い吐息と共に私の耳元でそう囁く。
寝てそうそうなんて刺激の強い夢なのだろう。
「…」
私はそう思いながらも黙って口を開けた。
「エマ…愛しているよ」
とろけるような甘い笑みを浮かべて今度は深くリアムが私にキスをする。
何と甘美な時間なのだろう。
だがしかしリアムは私にこうするしかないので今必死に私に愛を囁いているのだ。
リアムは私のことを恨んでいる。
深いキスが終わるとリアムはまた私を優しく抱きしめた。
できることなら私のことなんて触りたくもないだろうに。
私はただ愛が欲しかった。
私はずっと愛に飢えていた。だから私は無償の愛を私に捧げることを私好みの男たちに強要させた。
私はこの国の姫であり、魔術の力は国の中でもトップレベル。権力も純粋な魔術の力も持っている私を誰も止めることなどできなかった。
私の恋人たちはその力によって捕らえられた者たちだ。
私の為だけに作られたこの宮殿の外へ出ることは許されず軟禁され、そこで彼らは私に必ず尽くし、愛を囁かなければならない。
リアムは隣国の王子様であり、外交官だ。
以前私の国へ外交官として訪れた際、私はその美しい姿と何よりも一緒にいる時間があまりにも楽しく、彼が欲しいと思った。
すぐに隣国にリアムを私に渡すように言ったが、可愛い息子を婚約者としてならまだしも、物のように欲する私になど渡したくなかったようでいい返事は返ってこなかった。
だが、私は欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる質。
私は1人で隣国へ向かい、城の兵士を全員倒し、国王に剣の先を向けてこう言ったのだ。
「殺されたくなければリアムを私に渡しなさい」と。
そうすれば国王は簡単に私にリアムを渡した。
そしてリアムは今、私にここで愛を強要され、軟禁されているのだ。
私のことを恨まない訳がないだろう。
彼は私が何を望んでいるのか一度だけ伝えるとすぐに嫌な顔一つせずそれに従った。
今日までずっと。
「リアム、離して。シャワーを浴びたいわ」
「離したくないけどそれは仕方ないね。一緒に入らない?」
「そんな気分じゃないの」
「わかったよ」
私の願いを聞いてリアムはすぐに私を解放した。
リアムは本当に私の望む言葉、態度をいつもくれる。
今も引き際をよくわかっており、私を引き止めたりしなかった。
私は甘いマスクの笑みを未だに浮かべているリアムに背を向けるとシャワー室の方へ向かった。