ルークに愛を囁かれながら朝食を終えた私は先程ルークと共に座っていたソファで1人寛いでいた。
帰り際にいつもの調子で「エマの側にまだ居たい」と涙目で訴えてきたルークだったが、ルークの役目はもう終わったのでさっさと解放してあげた。
去り際までしっかり私に愛を囁けるルークは偽りの愛囁きテストがあったら満点を獲得できるだろう。
コンコンッと強めに扉がノックされる。
この強めのノックはレオだろう。
レオも私の恋人だ。
この時間的に身だしなみ係でもしに来たのだろうか。
「入るぞ」
返事をしようとした時にはもう遅く、ガチャッと勢いよく扉が開かれた。
そして扉を開けた人物がコツコツと足音を鳴らしてこちらにやって来る。
「おはよう、エマ」
「おはよう、レオ」
私の目の前に現れた涼しげな目元をした美青年、レオはニコリとも笑わず、私に挨拶をする。
なので私はそんなレオとは正反対ににっこりと笑って挨拶をした。
レオの容姿は闇夜を思わせる紫がかった癖のない黒髪で、瞳の色は印象的な真紅。
涼しげな目元が少々冷たそうな印象を与えるが、美しい顔立ちをしている美青年だ。
年齢は私と同じである。
レオはリアムやルークのように愛想はよくない。
「今日はどうする?」
「そうね。化粧はいつも通りで髪はふわふわに巻いて欲しいわ。口紅はレオの瞳と同じ色を。レオが塗ってね」
「わかった」
レオに無表情のまま尋ねられたので、私は今日の身だしなみのオーダーをレオに伝える。するとレオは簡潔に返事し、右手を私にかざした。
レオの魔術によって私の体が淡い金色の光に包まれる。
「どうだ?」
そして光が消えたのと同時にレオはまた魔術を使って大きな鏡を私の前に出現させた。
私はその鏡で自分の姿を確認する。
「完璧よ、レオ」
鏡に映る私はまさに私がイメージした通りの姿になっていたので私は満足げにレオにそう答えた。
さすが我が国きっての魔術師だ。
魔術を使わせればレオの右に出るものはいないだろう。例えこの私でさえも。
「そうか」
口数も少ないし、無愛想だが、魔術を使っている時、その魔術を褒められた時、レオはほんの少しだけ嬉しそうな目をする。
私はそれが大好きだった。
なかなか懐かない猫が少しだけ心を開いてくれたような感覚と同じである。
「最後に口紅を塗りなさい」
「…ああ」
私に笑顔でそう命令されるとレオは私の前に跪き、魔術で自分の右手に口紅を出現させた。
そしてそれを慣れた手つきで私の唇に乗せる。
「できたぞ」
「そう。ありがとう」
口紅を塗り終わったレオが少し熱っぽい視線を私に向ける。
何といい視線なのだろう。
普段の彼からは想像もできない姿だ。
「ふふ、どんな色か確かめたいわ」
レオが何を求めているのかわかった私はお決まりの言葉を笑顔で口にした。
「…」
するとレオは無言で私の唇にキスを落とした。
私がレオに口紅を塗ってもらう時はいつもこうやってキスをさせてレオの形の良い唇に色を移させている。
「ああ、綺麗ね」
やがて触れるだけの短いキスを終えると名残惜しそうに離れたレオの美しい顔を見て私はうっとりとした。
冷たい印象のある美しいレオの顔に私の唇から移したレオの瞳と全く同じ色の真紅は
扇情的でとても映えている。
こんな表情を浮かべているレオだが、彼も私の被害者であり、私を恨んでいる。
彼は我が国の魔術師専門学校を歴代最高成績で卒業した魔術師だ。
何故か卒業後姿を消した彼だったが、姿を消して街を歩いている所を偶然私が見つけ、彼をここへ連れ去った。
冷たい印象があるもののその美しい容姿と、突然姿を消した幻の存在である、最高の魔術師が純粋に気になったからだ。
彼は魔術師として優秀であり、強い。
先程も言ったが私もきっと彼には敵わない。なら何故彼を連れ去り、今も軟禁できているのか。
まず彼を連れ去れた理由は2つ。
1つ、レオは自分の魔術を絶対的に信じて自分の姿が絶対誰にも見えないと疑いもしなかったこと。
2つ、そうして油断しているレオよりほんの少し弱いだけの私が隙をついたこと。
この条件を満たせたのでレオを捉えることもそう難しくはなかった。
それでは今何故レオは普通の状態でも私に囚われ続けているのか。
それは今彼は私よりほんの少し弱くなるように力を封印されているからである。
レオの右耳にのみつけられているルビーの小さなピアス。
このピアスには強力な私の魔術が込められており、これを付けている限り、私よりほんの少し弱くなるのだ。
もちろん自分では取り外しはできない。
それを取ることができるのは私だけだ。
最初こそ私の目的を聞くなり、私に怒りをぶつけ、その魔術で私を倒そうとしたが、私より弱いので私に押さえ込まれた。
それでもレオは何度も私に挑んできて、何度も本気の殺し合いをした。
だがその内私を倒すことは今の状態では不可能と察し、今では私のいいなり、私に傅いている。
幻であり、最高の名を得た魔術師である彼がこの宮殿に軟禁されて、他の恋人たちと同じように愛を強要される。
私を恨まずにはいられないだろう。
「…エマ」
レオのことを考えているといつの間にかレオが私の隣に座ってもの欲しそうな目で私を見ていた。
彼もまたこうするしかないのだ。
「エマの方が綺麗だ。もう、我慢できない」
苦しげな吐息を吐きながら私をキツくレオが抱きしめる。
私を求めているフリが随分上手くなったものだ。
それでも偽りだとしても私は満たされるし、欲しいと思ってしまう。
身だしなみを整えてもらったばかりなので拒もうとしたが、そんな力は湧かなかった。
また治してもらえばいい。彼には素敵で偉大な魔術がある。
そう思ったのだが。
「まって…」
瞼が急激に重たくなる感覚がしてレオの胸を軽く押した。
「ご、めん。…わた、し、もう」
「ああ、もうそんな時間か」
徐々に意識が薄れていく中でなんとか言葉を発するが伝えたいことがうまく言えない。
だが、レオはそれでも理解した様子で切なげな表情を浮かべた。
「おやすみ、エマ」
そしてレオは私にそう囁いた。
この意識が遠のく感覚は夢から覚める感覚だ。