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第9話

「失礼します、ジェンティアーナお嬢様。リリー、本日より復帰いたしました」


 ゆっくりと開いていく扉の向こう側を、私は前のめりになって注視する。

 予想外にもらったプレゼントの箱を開ける瞬間のような、それとも突然渡された課題の教本をめくるような、そんな気分だ。

 ドキドキとハラハラが一緒に襲いかかってきて、いっそ胸が苦しいくらい。

 そんな私の前で、だんだんと扉が開いていく。

 やがてスカートの裾が除き、肩が見え、そしてリリーの顔が見えたとき、私は思わず息を飲んだ。


「なんてこと。リリーあなた、その顔」


 リリーの肌は、見違えるほど綺麗になっていた。

 肌荒れのあとも全然残らず、つるりと輝くような白い肌だ。荒れていたときはもしかして、目も少し腫れていたのかもしれない。前回会ったときより、目も大きく、丸くなっていた。

 あまり私が見惚れているものだから、リリーも照れくさくなったみたい。ほっぺたをぽぽっと紅色にして、眉尻を下げて笑って見せた。


「そうなんです、まるで治癒師にかかったように綺麗になって……。まさか、治癒魔法なしでこんなに綺麗になるとは思ってもいませんでした」

「ええ、私も驚いたわ。こんなに良く効くなんて」


 私がリリーに勧めたのは、ドクダミという雑草の葉だ。

 花が咲いているものをたくさん採って、三分の二は乾燥させて朝晩一杯ずつ、お茶として飲むこと。

 そして残りは生のまま刻んで麻の袋に入れ、浴槽で煮出すように湯を貯め、毎日体を浸すこと。

 たったそれだけ。


「湯を使った翌日から、驚くほど肌のかゆみが引いていたんです。だからその、あまりに独特な香りでしたけど、お言いつけを守りました。──ありがとうございます。みんな、私の顔に驚いていました」

「そう、そうね。だって本当に美人なんだもの。驚かなかったら嘘よ!」


 リリーは少し、涙ぐんでいた。

 これで少なくとも、汚いなんて理由ではいじめられないはず。少し安心した。

 それにリリーの仕事についてや、私がリリーと親しくしても嫌がらせなんてさせないように、少しだけ対策は考えている。


「ねえリリー、もしなにか嫌がらせをされたとしても、一か月だけ我慢してくれない?」

「一か月、ですか?」

「そう。あなたは良く気がつくから、きっと侍女長やおばあ様からも可愛がられるわ。そうなったら、私付きの侍女になってもらいたいの」

「ティアナお嬢様付きに!? でもお嬢様、私はまだ、新人で……!」

「新人だからなに? もう一か月もここにいるんでしょう。それに、あなたは他の侍女たちの知らなかった庭園の花畑のことだって知ってたわ。それってリリーがほかの子たちより、屋敷のことを勉強している証拠じゃない」


 これには確信を持っていた。

 あの子たちはあの時、私の言葉に困るばかりで心当たりもないようだった。庭のことは基本庭師に任せていると言っても、仕事の都合でいくらでも庭を歩く時間はある。

 それをこの二週間、私はしっかり目にしてきた。

 リリーしかあの花畑に思い至らなかったのは、この子が屋敷に上がってから、面倒な仕事を押しつけられてきたからだ。


「だからお願い、一か月頑張ってちょうだい。そうしたらきっと、あなたの努力に報いるわ」


 手を握り、間近に迫って懇願する。リリーの見開いた瑠璃色の目元が、だんだんと赤らんだ。

 小さな唇が震えたかと思えばぎゅっと引き結ばれ、やがて、大きな涙がポロポロと流れ出す。


「リリー、どうしたの!? 私、なにか悪いことを言った!?」

「ちが、違うんです! 私、嬉しくて……!!」


 拭っても拭っても止まらないらしい涙を止める権利は、たぶん私にはないんだろう。悲しい涙じゃないならなおさらだ。

 私は手を握ったまま、黙ってリリーの独白に耳を傾けた。


「私本当は、お嬢様にお暇をいただいたあの日、とても辛くて……! 納屋で一人置き去りにされている間、辞めて、実家に帰ってしまおうかと思っていたんです。だけど……!」


 しゃくり上げたリリーは、まだ涙を流しながらも、ふわりと花のように笑ってくれた。

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