「ティアナお嬢様にこんなに良くしていただいて……! 辞めるわけがありません、この恩をお返ししないまま、どうして辞めることなんてできるでしょう!!」
リリーの目は、キラキラと自信に溢れ始めていた。
「ティアナお嬢様が我慢しろとおっしゃるなら、一か月どころか半年、一年でも耐えてみせます。今まで以上に励むことも誓います! だからご安心ください、お嬢様。私は例えお嬢様付き侍女になれなくても、いつでもお嬢様のご命令に沿いますから」
握り返してくれたリリーの手の温かさに、力強い味方の存在を感じる。元々リリーを気に入ったのは私だけど、こんなに恩を感じてくれることになるとは思ってもいなかった。
私が授かった神からの恩寵、その力を試す意味合いもあって助け船を出したことが、少しだけ後ろめたい。
だけどこんなに慕ってくれるなら、私も応えよう。いつか必ず、この屋敷を追い出される未来が決まっているとしても。
「ありがとうリリー、そう言ってくれるだけで充分よ。今日からまたお願いね」
「はい! こちらこそ、精一杯勤めさせていただきます」
リリーを見送ってから、そっと扉に耳をつけて外の様子を伺う。
やっぱりリリーの豹変ぶりは噂になっているみたい。ひそひそと侍女たちが話す声が聞こえた。
あれほど綺麗に治すならそれなりの報酬が必要な治癒師にかかったんだろうとか、自分の肌荒れも治したいとか世間話程度のものだ。
もっとも、わざわざ私の部屋の近くでリリーの悪口を言うような間抜けはいないか。
ソファに戻り、天井を仰ぐ。
今回の件で、私もようやく、自分の授かったものに自信を持つことができた。私の知る限り、この世界の植物は四種類に分けられる。
食べられる植物。食べてはいけない植物。道具にできる植物。そして、見て楽しむ植物だ。
舌や目で楽しみはするけど、それ以上のことは知らない。まして植物に、治癒魔法に似た能力があるだなんて考えたこともなかった。食べるための加工はするのに、なんだか不思議だ。
魔法があるから、そんな手間のかかることをわざわざ調べることもなかったのかもしれない。食べ物だけは本来の魔法じゃどうにもならないから、そちらの研究だけは熱心だったんだろうか。
「なんにせよ、この知識はありがたいわ。魔法が使えない者でも、人を癒すことができるんだもの」
治癒魔法を使えるのは百五十人に一人。だけど植物を使えば、効果はゆっくりでも万人が自分で自分の病に対処することができる。
これはとんでもない話だった。
「これを広めることができたら、本当に、私たちの扱いをひっくり返すことができるかもしれない」
そのために私がすべきことはなんだろう?
もちろん、身近な人たちの悩みを魔法ではなく、植物の力で解決することも大事だ。
だけどそれじゃ、結局私一人がこの知識を行使するだけになってしまう。
「誰もが植物の能力を知って、使うことができるようにしたい。でも私一人が大声で喧伝したところできっと、植物に治癒の力があるだなんて誰も信じないわ。笑いものになるだけで終わってしまう……」
そもそも私が大勢になにかを広めるなんて、無理がある話だ。
私がおばあ様と離れで暮らしているのは、表向き行儀見習いということになってはいるけれど、一度家門を追放された記憶のある私にはもう分かっている。
お父様とお母様は、魔法が使えない私を家の恥だと思ってる。
だから本宅に私が足を運ぶことを嫌がるし、私をいないように扱う。おばあ様に預けっぱなしにして目につかないようにし、社交の場にも絶対に同席は許さなかった。
「……ソフォーラのように、神殿で大人数を癒すなんてパフォーマンスができれば、少しは……」
はたと気付く。
そうだ、私にはソフォーラがいるじゃない!
「ソフィーは私を慕ってくれているもの。だったら植物の力のことを話して、宣伝に協力してもらうことは可能だわ……!」
女神の降誕とまで噂される慈悲深い妹、ソフォーラ。あの子なら、きっとこの気持ちを理解してくれるはず。ドクダミの実物を持って説明すれば、説得もしやすいかもしれない。
そう考え、私はまた庭園へと飛び出した。