「なあに、ティアナお姉さま」
「ほら、いつも神殿で行われている治癒会では、お布施もできない貧しい人には治癒の恩恵を与えられないじゃない? でも先日ちょっとしたことがあってね、その時思いついたのよ。賤民や、魔力の少ない貧しい人たちを救う方法を」
言葉に、ソフィーの指先がピクリと反応した。
きっと思いもかけない話題だったからだろう。私はやっぱり少し気まずくて、手元のお茶だけを見ながら続きを話す。
「信じられない話かもしれないけれど、普段口にしない植物──例えばそこに咲いている薔薇やアヤメは、人を癒す力を持っているの。先日、離れに勤めている侍女がひどい肌荒れでいじめを受けていてね。それでこの花……ドクダミというくさい雑草なのだけど、これを渡してお風呂に入れさせたら、見違えるほど肌が綺麗になったの。そんな風に、この世の中には」
「──なにを言ってるの、お姉さま」
震えた声に、顔を上げる。
「……ソフォーラ……?」
ソフィーの顔は、嫌悪感で歪んでいた。
「植物に、人を癒す力がある? ひどい空想よお姉さま、いくらなんでも有り得ないわ。そりゃあ薔薇やアヤメが美しいから、食べてもきっと香りが良くておいしいかもしれないけれど……その、お姉さまが持っている草は美しくもないし……ひどい臭いだわ。それをお風呂に入れる? 正気で言ってらっしゃるの?」
「し、信じられないのも無理はないわ。だけど」
「肌荒れていどの治癒すら、治癒師にかかれないほど貧しい侍女がいることもショックだけれど……。あ、そうか! ティアナお姉さま、それはその侍女に騙されたのよ!」
「え?」
「お姉さまはその侍女が我が家にふさわしくないとお思いになって、早く辞めさせようとその花を渡したのでしょう? その侍女はきっとお姉さまの思惑を察して、慌てて治癒師にかかったんです! それで肌を綺麗にはしたけれど、お姉さまに意趣返しをしようと、草で治っただなんて嘘を……。お姉さまは純粋だから、それを信じてしまわれたのね」
ソフィーが、なにを言っているのか分からない。さっきソフィーはなんて言った?
貧しい侍女がいることがショック? そんな差別的なことを口にしたかしら?
女神の再臨と言われている可愛いソフィーが、そんなことを言うわけがない。きっと聞き間違いだわ。
ふるると頭を振った私に、ソフィーは涙目で迫った。
「お姉さま、まだ魔法学を受けてらっしゃらないことを負い目に感じていらっしゃるのね? だからそんな、ありもしない空想に取り憑かれて……。よく考えていただきたいの。そんなことを口にするのは、私たちに魔法を授けてくださった神に対する冒涜よ。誰かに聞かれでもしたら」
ソフィーは心の底から私に怯えて、必死に説得しようとしているように見えた。
仕方がないことかもしれない。今まで考えてもいなかっただろうから。だけどソフィーなら分かってくれるはず。
「私の空想だと思ってもいい、だけどお願いだから聞いてちょうだい。植物の力で人を癒す方法を広く伝えることができたら、魔法を使えない人たちや、治癒師にかかることもできない貧しい人を」
「そもそも、そのお考えがどうかしています! 賤民も、貧しい人たちも! 生きている価値なんてないのに、なぜ救わねばならないんです!」
──それは衝撃的な一言だった。
「え……?」
「だってそうでしょう!? 魔法は、神が私たちに授けてくださった生来の能力です! それを持たなかったり微弱にしか持っていない人間は、そもそも神から愛されていないんですよ! 能力があれば貧しい生活になることもないんですから!」
「待って、待ってちょうだいソフォーラ、それは違うわ! あなたまさか、魔力が少ない人も賤民と一緒だと言うの? 神は、そんなこと」
神が賤民を愛していないというなら、雑草に人を癒す力が備わっているわけがない。魔法なんて使わなくても、健やかに生きていけるように世界に散りばめられた神からの愛だ。
少なくとも私はこの恩恵を受けて以降、そう考えるようになった。
だけどこんな言葉は、膨大な魔力という愛を享受しているソフォーラには、届かない。
さっきまでキラキラと輝いていたはずのソフィーの瞳が、ひどく濁ったように見えた。
「ジェンティアーナお姉さま、大丈夫よ。きっともうすぐお姉さまも魔法学の勉強が始まるはずだもの。そうしたらそんなくだらないことを考えなくても済むわ。私たちは貴族なんだから、王族の皆様を支え、救うべき人のことだけを考えればいいの」
ソフォーラに私の言葉が届かなかったように、私にも、妹の言葉が響かない。
ソフォーラの言う救うべき人とは──誰のことだろう。