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第13話

 私を心底哀れみ、懇願するように手を握りしめていたソフォーラは、小一時間もしないうちに本宅へと戻っていった。刺繍のモチーフを探しに行くと行ってある以上、あまり長居するわけにもいかなかったんだろう。

 お姉さまも一緒に刺繍をと誘われたけれど……私はまだ外の空気を吸っていたいからと断って、ソフィーを見送った。何度も何度も、気を病まないようになんて言いながら手を振る妹に手を振り返しながら、苦笑いしかできなかったことが、少し悲しい。

 ガゼボに一人残った私は──重い痛みを訴える額に手を当てて、蹲るようにため息を吐くしかできない。……実際のところ、かなりショックだった。


「魔力を持たない人たちだけでなく、魔力量の少ない人にまであんな偏見を持っていたなんて。神殿で、崇拝すらされているあの子が……! だったら前の人生で、私を見送ったあの子の涙はなんだったの。私を、心から蔑んでいただけなの……!!」


 いつの間にか、雨が降り始めていた。

 パタパタと葉を打ち鳴らしていた雨粒は、時を置かずひどい土砂降りになっていく。ざぁざぁと激しく地面を叩く音が、私を世界から隠していく気がした。


 ぱちゃんっと、水たまりに足を踏み入れる音がする。


「ティアナお嬢様。お迎えに上がりました」

「……リリー」


 桶をひっくり返したような雨の中、風魔法で器用に雨を避けて立っていたのは、リリーだった。


「バスケットの中身はすべてお召し上がりになりましたか? お疲れでしたら、部屋で少しお休みに──」

「ううん、休むのは嫌」

「そ、そうですか?」


 優しい言葉を拒絶した私に、リリーは少しうろたえた様子で目を泳がせる。顔は綺麗になったのに、咄嗟の時、やっぱりオドオドとした態度を出してしまうみたい。

 でも変わらないその素直な感じが、今の私には心地よかった。


 静かに息を吐き、リリーに手を差し出す。


「休まないけど、一人で考えごとしたいの。お風呂の準備をしてくれる? 冷たい飲み物も用意してくれると嬉しいんだけど」

「かしこまりました。考えごととのことでしたら、お世話は最低限にいたしますね。お湯もぬるめにいたしましょう」

「うん、そうしてくれると助かるわ」


 やっぱり、リリーの気遣いは気持ちいい。


 リリーに手を取られ、水たまりを飛び越える。

 風魔法のおかげで一粒分も濡れることなく離れに帰れた私は、服を脱ぎ捨てるみたいにお風呂に直行した。

 即座にお風呂に入れたのも、リリーが先に、水魔法が得意な侍女に話を通してくれたからだ。自分には向いていないなと思う仕事を、リリーは積極的に周囲に依頼する。各自の得意分野をある程度把握していないとできない分担だ。

 自分で苦手なことでも請け負って、とにかく主人に気に入られようとする侍女が多い中で、これができるのは正直助かる。


 やっぱり苦手なことを時間かけてやるよりも、得意なことをパッと終わらせてくれたほうが、こちらとしても助かるもの。


 それにリリーのこの、手柄を一人占めしようとしないところが、以前から勤めている侍女たちにも理解され始めているのかもしれない。

 今も多少の嫌がらせを受けているようだけど、だんだん私的に会話できる相手が増えてきているようにも見えた。

 私がしたことなんて、リリーの肌を綺麗にする手伝いをしただけだけど。それでも少しは役に立てたと思うと、沈んでいた気持ちが少し楽になった。


「っはー……。落ち着くぅ……」


 お風呂に身を浸すと、じんわりとした暖かさが体に染みる。

 すごくいい香りがすると思ったら、なにかお湯に入れられてるみたい。浮かんでいる麻袋を掬い上げてみると、なかにローズマリーの葉が入れられていた。

 料理にも香りづけで使われる花ではあるけど、お湯に入れてもいい香りがする。きっとこれにも、治癒の力があるんだろう。


 さっき感じた重苦しい衝撃を、このお湯が柔らかくしてくれている気がする。可愛い妹が、まるで見知らぬ他人に見えたことは、残念ながら事実ではあるのだけど。


 お湯をすくい、思いきり顔に打ち付ける。


「モヤモヤしてる場合なんかじゃないのよ。ソフィーが頼れないなら、他の手を考えるだけだわ」


 考えるべきは、誰もが植物の能力を知って、使うことができるようにするための手段。


「まずはどんな植物がどんな能力を持ってるか調べるのが先決よね。それも……できるだけ、誰もが手に入れられるくらいありふれた植物がいい」


 ツユクサやドクダミは、時期さえ合えばたぶん街中でも手に入れられる。実際リリーは、ドクダミを自宅の近くで採取できたらしい。

 いろんな雑草をまずは採ってみて、どんな人に効果があるのか知りたいと願えば、きっと望んだ通りの知識が得られるはず。

 それを調べていくのは難しいことじゃないけれど、広めるのはきっと、難しい。

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