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第14話

「それでも、一歩一歩進むしかないのよね。コツコツ進めていれば、いつか広める機会ができたときにチャンスを逃さずいられるはずよ。そのために私がすることは」


 屋敷の庭園にある花から調べ始める?

 いいえ。貴族の屋敷に植えられてる花なんて、派手で色も鮮やかなものばかりだもの。どこにでも咲くような花じゃないと、広めたところで手に入らない。それじゃ意味がないわ。


 じゃあ郊外の森にでも出かけてみる?

 もちろんいつかはそうしたい。なにより賤民として追いやられた人たちが集落を作っているのは森の中だもの。そこにある草木を調べるのは、私の未来を救うためにも必要なことではある。


 でも、今じゃない。


 なぜなら家門を追放されれば、領民たちにも魔法が使えないことが知られることになる。社交的な露出をほとんどしていない私ではあるけど、それでも一応は貴族だ。年に一度は領民の前に顔を出しているし、追放後に後ろ指を刺されるのは、以前の人生からも間違いない。

 歩くだけで石を投げられるようになったことを考えれば、できるなら早いうちに町の植物を調べ尽くしてしまいたかった。


「ふむ。じゃあとりあえず、やることは決まったわね」


 うだうだと考えを廻らせている間に、それなりの時間が経っていたみたい。意識してはいなかったけど、お湯から出ている部分は、ぐっしょりと汗で濡れていた。

 ここまで汗だくだと、もうしっかり洗ってもらったほうがいいかもしれない。


「あの、リリー? ちょっとお願いがあるんだけど」


 おずおずと声をかけると、ほどなく数人の侍女が入ってきた。手にはそれぞれ、私のお風呂用品を持っている。

 まだなにも言っていないのにとポカンとするばかりの私に、最後尾から入室したリリーがにっこりと笑った。


「お時間から考えて、お嬢様の身支度を命じられる頃合いかと思い、準備しておりました。あとはお任せください」

「あっ、ちょ……っ!」


 それからは、あれよあれよという間に泡だらけだ。私が全身汗まみれなのをいいことに、全員で足の爪から頭の先まで、いろんなもので磨き上げてくれてしまった。

 知らない人が見たら、今夜どこかのパーティーでデビュタントでもするのかと疑われそうなピカピカぶりだ。


「今日の予定はあと夕食だけなのに、いくらなんでもやりすぎよ。これじゃおばあ様に笑われちゃうわ」

「申し訳ありません。ティアナお嬢様がつねからお美しいのは重々承知しているんですが、お体も御髪もしっかり洗わせていただけると思うと、楽しくなってしまって……」


 つまり私は、お人形遊びの着せ替えにされたわけだ。


 とはいえ、私だって女の子だし、綺麗とか可愛いと言われるのは嫌じゃない。むしろ褒めてもらうのは大好きだ。

 それにリリーのように正直に話されると、多少のことは笑って許してしまう。


「そんなにしょんぼりしなくたっていいわ。おばあ様だって、孫娘が寝ぼけ眼でご飯を食べる姿を見るより、身綺麗にして背筋を伸ばしている姿を見るほうが気持ちがいいはずだもの。──ああでも、そうね。もし申し訳ないと思ってくれるなら、明日、一つお願いを聞いてくれない?」

「お願いですか? もちろん、ティアナお嬢様の願いならなんでもお伺いしますけど……」

「本当? ありがと! じゃあ明日、楽しみにしてるわね!」


 パチンとウインクすれば、リリーは少し、ほんの少しだけ嫌な予感を覚えたように、顔を引きつらせていた。

 だけど、約束さえしてしまえばこっちのもの。どんなお願いか、詳細を聞かなかったのはリリーの落ち度なわけだし。

 少し性格が悪いかしらなんて考えながらも心の中で舌を出し、おばあ様の待つ食堂の扉を開く。

 扉の向こうからはいい香り。そしてにこやかな微笑みで私を待っていたおばあ様が、私を目にした途端、耐えきれなかった様子で噴き出した。


「あらまぁ、ティアナ! まぁまぁどうしたの可愛らしい!」


 髪も服も、家族間の夕食とも思えないほどキラキラに仕立て上げられた私の姿に、おばあ様が声を上げて笑った。

 そりゃそうだ。ドレスもナイトドレスじゃないし、髪だって高く結い上げられて髪飾りまでつけられてる。まるでお気に入りのドレスを着たいがために、晩餐会ごっこだと言い張る小さな子どもの有様だもの。

 まぁ笑われるとは思ってた。思ってたけど!


 家族から微笑ましげに爆笑されるのは、いくらなんでも居たたまれない!


 ……この恥ずかしさの代償は、明日頼む、少しくらいの無茶なんだから。

 リリーがどんなに悲鳴を上げても、困り顔で許させようと心に決めた。

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