「いやー、昨日は恥ずかしかったわぁー」
「すみません……」
「おばあ様ったら、ずーっと笑ってらっしゃるんだもの」
「お、お楽しそうでしたね」
「私ももっと着飾ってこようかしら? なんて言い出すし」
「それに関しては、むしろ侍女としてもわりと楽しく」
「リリー」
「はいっ!!」
怒ってるのよと言わんばかりの顔で睨みつければ、リリーの顔が泣き出しそうに歪んでいく。本気で怒ってるわけではないけど、少し意地悪をしすぎたかもしれない。
にっこり笑ってもう一度柔らかく名前を呼ぶと、堪えるように唇を噛むのが見えた。
「ごめんね、冗談よ。恥ずかしかったのは本当だけど、そんなに怒ったりはしてないわ。それより、頼んでいたものは持ってきてくれた?」
「は、はい! でも、こんなものどうなさるんですか?」
差し出されたのは、リリーの私服一式だ。
貶すわけではないけれど、垢抜けてなくて、どこにでもいる女の子のワンピースだ。綺麗に洗濯されているのに、少し色あせて見えるのもポイントが高い。
きちんと靴やボンネットまで持ってきてくれているのを見て、私はにんまりと笑った。
「どうするって、着るに決まってるでしょ? 服なんだから」
いそいそと服を脱ぎ始めた私を、リリーはポカンと口を開けたまま見ている。でも私がリリーの服を被った瞬間、表現できない素っ頓狂な声を上げてうろたえた。
「な、なんでお嬢様がそんなみすぼらしい服を着る必要が!? ダメです、そんなの! お嬢様に埃のニオイが移ってしまいます!!」
「あら、埃のニオイなんてしないわよ。綺麗に洗濯されてるじゃない」
「でもダメですって! だいたいこんなの着てたら、庶民と間違われちゃうって言うか……!!」
「それでいいのよ」
「よ、よくないです……! って、え? ……お嬢様、なにをなさるおつもりなんですか?」
「いいからいいから。ねぇ、髪の毛だけまとめてくれる? ボンネットで全部隠れるようにしたいの」
「あ、はい! それはもちろん……!」
テキパキと仕上げられたのは、高めの場所で結われた簡素なお団子ヘアだ。昨夜のような華美なまとめ髪じゃないのは、服装に合わせてくれたんだろう。
自分の服を私が着ているという事実にとてもとても複雑そうな顔を見せながら、リリーは注文通り、ストロベリーブロンドが見事に隠れる仕上がりにしてくれた。
「ありがと! さ、じゃあ行きましょうか!」
「え? お嬢様、行くってどこに……」
「なんのためにリリーの服を借りたと思ってるの? 当然、町に行くわよ! 一般庶民としてね」
再び悲鳴のような声を上げられたけど、譲る気はない。
領主の娘が馬車も使わず外出するのはちょっと危険だけど、馬車で行ったら意味がない。だって目的は、道端に生えている雑草なんだもの。
どんなものが生えて、どんな治癒に役立つのか知るためには、庶民として歩き回るのが一番だ。
何度も止めようとするリリーをなだめすかして、買い出しに行くメイドのフリで門を出る。
振り返って仰ぎ見た門は、前の人生で追放された日に感じた威圧感などないまま、静かに佇んでいた。
自分の意思で門を出たのに、なんだか少し、感慨深い。
そんな私の内心なんて知らず、リリーは体を縮めたまま挙動不審に、目だけで辺りを見回していた。
「お伴もなく出かけるだなんて……! お嬢様にもしなにかあったら……!!」
「大丈夫よリリー。普通に歩いていればバレないし、お伴ならあなたがいるじゃない。それよりあなたがそうしてる方が、怪しまれそうで心配よ」
笑ってそう指摘しても、リリーは緊張で身を強ばらせたまま周囲に目を配るばかりだ。仕方ないから、さっさとそのへんにある草を調べてしまおう。
「私のことを呼ぶときはティ……いえ、今はジェニーと呼んで。一緒にしゃがんでくれてるだけで助かるわ」