いちいち調べていたらどれだけ時間があっても足りないから、違う種類の草だと思ったものをとにかく集めて、持ち帰ることにした。今日は小さなバスケットを持ってきているし、中は水魔法の得意な子に頼んで水を半分ほど満たしてもらっているから、短時間なら萎れさせる心配もない。
リリーにあんまり心配かけるのも申し訳ないし、確かに、変装しているとは言っても護衛のいない状態で外にいるのは危険ではある。
もちろん、雑草を集めている人間なんてそうそういないからかなり……目立ってはいるみたい。いろんな人がヒソヒソと話しながら不審そうに通りすぎていくのは、ちょっと居心地が悪かった。
「お嬢様、やっぱり人目についてますよぉ。草を取って集めるなら私がやりますから、お嬢様はもうお屋敷に……!」
「どんな場所に生えているかも自分で知っておきたいのよ。目立ってはいるみたいだけど、花束を作ってるんだって自分に言い聞かせてちょうだい。できるだけ早く済ましてしまうから──ッ!?」
そのとき、思いきり誰かにぶつかられ──いえ、故意に誰かに蹴られ、派手に道に転がってしまった。
「ティっ、ジェニー!!」
リリーが今度こそ正しく悲鳴を上げて、私に駆け寄った。慌てて私の肩を抱き寄せてくれたリリーもろともに、気分が悪くなるようなお酒のニオイが取り巻く。
「おいおい、こんなところにちっこいのが蹲ってんじゃねぇよ! 通行の邪魔だろうが!!」
下品な笑い声とともにニヤニヤと私を覗き込んできたのは、酔っ払った男たちだ。
髭は整えられてはいるけど、手が妙にゴツゴツしている。一般的な魔法を使える人で、手を酷使する人はほとんどいない。
だからたぶん──鍛冶師かなにかだろう。
刃物は風魔法が苦手な人が使うための道具だけど、その刃物を鍛える鍛冶師という職業は、魔力をほとんど持っていない人が就くものとして知られている。
賤民として森の中に追放されてはいない分、町中での被差別階級のように扱われているから、たびたび問題行動を起こすとは聞いていたけど……!
「お、お母さんにお花を渡したくて、摘んでただけです! お邪魔になるならよそに行きますから、この子には構わな」
「あァ!? なんだその言い草は。それじゃ俺らが因縁つけてるみてぇじゃねぇか!」
「ヒッ!!」
「ちょっと、リリーになにするんです!」
リリーは私を守ろうと庇ってくれたけど、恫喝されるのを見て黙ってはいられない。リリーを抱きしめ返して睨みつけると、男たちは気に障った様子で顔を引きつらせた。
「なんだそのツラは……! お前みたいなガキまで、俺らを馬鹿にしようってのか……!!」
「──っ!」
殴られる……!!
思わずキツく目を閉じたけど、いつまで経っても予想した痛みはない。
恐る恐る目を開くと、振り上げられていた男の手は一人の少年に止められていた。
「やめなさい。子どもに手をあげるなんて、見下げ果てた行いだぞ」
「なん……っ! 放せ、なんだお前は……!」
「イリアルテ侯爵家騎士団、第四騎士隊所属のザナート・ゼングランだ。騎士として、このような行為を見逃すわけにはいかない」
「騎士だと!?」
名乗りに狼狽し、男は慌てて引き下がった。周囲から感じる視線が自分たちに向かう非難だと気づくと、全員が誤魔化すような歪な笑い方をして後ずさる。
「いや……その、なんだ。こんな道端でほら、変なことしてやがるからさ……。だからほら、立たせようと」
「幼い少女が花を摘む姿のなにがおかしなものか。とにかく酔いが覚めたのなら、さっさと職場に戻ることだな。次に理不尽な騒動を起こすようなら、今後は騎士団全体に問題を周知をしなければならない」
厳しい口調に反論するでもなく、男たちはへつらって頭を下げて逃げていく。とても、私たちを恫喝した同じ一団とは思えない仕草だ。
まったくとため息を吐き、少年騎士が振り返る。
「大丈夫か? ああいう手合いは、己の不運を自分よりも弱い者で晴らそうとするきらいがある。今回は何事もなくよかったが、今度から誰か男性と──」
ばちりと、音を立てるように目が合った。
「……ジェンティアーナ様?」
「ああ……ご機嫌よう、ザナート」
目が合う前に逃げ出せばよかったと後悔しながら、小声で挨拶を口にする。
ザナート・ゼングラン。ゼングラン子爵の三男坊で、私の四歳年上の十六歳。幼い頃には一緒に遊んだこともある──つまり私とソフォーラにとっての幼馴染みだった。