家督を継げる立場にないという理由から平民になり、うちの領地を守る騎士団に入団したとは聞いていたけれど、まさかこんな形で会うことになるとは思ってもいなかった。
ぽかんと口を開けたまま私の姿を眺めたザナートは、やがてはたと気付いた様子で機敏に周囲を見回した。
「馬車はどうなさったんです!? まさか侍女の一人もつけずに外に……!」
「ちゃんと侍女は連れてきてます! さすがにそこまで馬鹿な真似はしません!」
「……隣の彼女のことですか? だとしたら、年格好もあなたとほぼ変わらないじゃないですか。さっきのような者に付け入る隙を与えないためにも、せめてもう少し屈強な……」
「屈強な侍女なんてうちにはいません!」
「なら……っ」
色々と提案をしてくれたけど、お忍びで屋敷の外に出るには無理なものばかりで、とにかく全却下するしかない。心配してくれているのは分かるんだけど、こっちにもこっちの都合というのがあるんだから、多少理解して欲しいところではある。
子爵令息だけあって、ザナートはそれなりの美男子だ。貴族はそもそも美形が多いから普段はあまり目立たないけど、町中にいるとやっぱり目立ってしまうらしい。
物腰の柔らかな貴公子というより、筋肉質な体つきも、特に女の子たちの目を惹くみたい。さっきから私たちに注がれていたのとは種類の違う、ちょっと熱の籠もった視線が痛い。
「助けてくれたのはありがたいけど、ザナートだってなにかやることがあってここにいるんでしょう? 今からは気をつけるから、もう行ってもらっても──」
「いいえ、普段外に出ることも少ないジェンティアーナ様がこんな場所にいるんです。イリアルテ侯爵家騎士団の者として、護衛しないわけには」
「だったらせめて離れて見ていてくださらない? 私、まだやりたいことがあるの」
「やりたいことって──もしかして、花を摘むことですか? 立派な庭園があるのに、なぜこんな」
「……言ってもすぐには理解してもらえないわ」
ソフォーラですら理解してくれなかったのに、他の貴族に理解してもらえるとは思えない。──ううん。リリーのように、植物の力を実感した人間以外にはきっと無理だ。
私が少し思い詰めた顔をしたのに、ザナートも気づいたらしい。ほんの少しだけ戸惑って目を泳がせたあと、彼は少し離れた場所でこちらを眺めることにしてくれた。
「いいんですか、ティアナお嬢様。騎士の方にあんな……」
「いいのよ。彼だって貴族令息として育ったんだもの。たまに変なことをして、息抜きの一つもしたくなる気持ちは分かるはずだわ」
「変なことだなんて! 説明を受けなくても分かります。これは先日、お嬢様が私の肌を綺麗にしてくださったあれと同じなのでしょう? 色々と調べて、もっといろんな人を助けようとなさってるのでは──」
リリーににっこり笑って、目を閉じる。ほら、リリーは分かってくれていた。
だったら今の私には、それだけでいい。
「実感した人でないときっと理解してもらえないわ。さっきみたいなことに遭わないためにも、早く採取してしまいましょ」
ポンとリリーの背を叩いて、作業を再開する。
それからは町中を歩き回りながら、黙々と草を集めることに没頭した。
領民たちはやっぱり私たちの行動を変な顔でチラチラと見ていたけれど、鍛冶師の男たちのように危害を加えてくることはなかった。小さな子どもが花を摘んで走り回るのと同じだと思ったのかもしれない。むしろ、そう思ってくれている方が都合がいい。
昼食はリリーが持ってきてくれたサンドウィッチと水で済ませて、一日かけて町中の雑草を集める。ザナートは途中で帰るだろうと踏んでいたんだけど、予想に反して、私たちの作業が終わるまでずっと見守ってくれていた。
帰る頃には、ちょっと申し訳ない気持ちになってたくらいだ。
「ごめんなさいねザナート、結局こんな時間まで付き合わせてしまって。あなたの用事もあったはずなのに」
「気にしないでください。休みを持て余していたんで、ちょうど良かったんです。それより、何事もなく安心しました」
「そうね」
もしかしたらザナートが睨みを利かせていたから、誰にも危害を加えられなかったのかもしれない。そう思ったときだった。
「しかしやはり神からあまり愛されていない人間は、心根も貧しいのかもしれませんね」
その言葉に、目を見開く。