「──は?」
ザナートに悪意はない。それは分かってる。だけど今彼ははっきりと言ったんだ。
魔力が乏しい人間は、神から愛されていない存在なんだと。
「あなたも、そういう考えなのね」
「え?」
「……なんでもない。とにかく付き合ってくれたことにお礼は言っておくわ。リリー、屋敷に戻りましょう」
自分の声がひどく冷たい音になっている自覚はあったけど、止められなかった。混乱しているザナートを置き去りに、リリーの手を引いて足早に屋敷まで戻った。
あんまり速く歩きすぎて、途中でボンネット帽が外れてしまったことにも気づかなかったくらいだ。おかげで髪がこぼれ見えて、門番たちは慌てて私を敷地に通してくれた。
だけどそんなことも気に留められないくらい、私はとにかく、悔しかった。
一日付き合ってくれたリリーにお礼を言って、一人で部屋に閉じこもる。ソフィーの言葉を聞いたときみたいに、すぐに考えを整理したいなんて気持ちにもなれなかった。
私が気づいていなかっただけで、きっと貴族の中ではあの考えが。ソフィーやザナートの考えが普通なんだ。
私がおばあ様に育ててもらったから知らなかっただけ。社交界にもまだ出ていなくて、同じ年代の友だちも全然いないから、知ることもできなかっただけ。
魔法を使える人間は、魔力の大きさで神の愛の大きさを比べてる。そのことにようやく気づいて、私はとてもショックだった。
彼らの傲慢な態度は、自分たちが神に愛されているという自信によるものだったんだ。母に愛された子どもが、迫害されている継子に優越感を抱くようなものだ。
たったそれだけの理由で、魔力を持たない人間、そして魔力の少ない人間を差別し、偏見で語る。
なんて浅ましい世界だろう。
ベッドに倒れ込み、ひとしきり枕を叩いても、涙が出たって気分は晴れない。そのことにまた腹が立って、私は枕に顔を押しつけて叫ぶしかできなかった。
やがて、ドアをノックする音がした。
「……はい」
「ジェンティアーナ、入ってもいいかしら」
おばあ様の声だ。
熱を持った目元をこすって、ゆっくり立ち上がる。ああ、そういえばリリーに借りた服を着たままだった。皺だらけにしてしまって、あとで謝っておかないと。
ドアを開けると、おばあ様がワゴンに積んだたくさんの本と共に立っていた。
「……おばあ様? それは……」
「ええ、あなたに渡そうと思って持ってきた物よ。入ってもいい?」
「あ……はい、もちろんです」
ガラガラと音を立てて運び入れられた本は、どれも真新しい物ばかりだ。むしろタイトルも入っていないように見える。
さっきまで沈み込んでいたのも忘れてそれをまじまじと眺めていると、おばあ様は一冊手に取り、パラパラと開いて見せてくれた。
どのページも白紙だ。
「リリーから聞いたわ。今日、町に雑草の蒐集に行っていたのですって? そこでゼングラン子爵のご令息に会った」
「……はい」
「今は彼も平民の身分に身をやつし、当家の騎士となってくれてはいるけれど──培われた認識というものは、なかなか変わるわけではないから」
おばあ様は、彼が男と言ったのか理解してらっしゃるんだ。だけどそれが、この本の山とどう関係するんだろう。
黙ったままの私に、おばあ様はにっこりと笑う。
「一歩ずつ進む他はないのよ、私のジェンティアーナ。あなたが知ったこと、理解したことを一つ一つここに書き留めて、あなたを理解してくれる人たちに共有していきなさい。そうすれば、いつかあなたになにかあったとしても、これを見た人たちが必ず使い続けてくれる」
手渡された本は、ずっしりと重かった。
「誰にとっても有益なものは、それを求めている人に伝えれば必ず、自然と広まっていくものよ。だからどんな偏見を聞いたとしても、決して負けないで」
──そうか、本に書いてしまえばいいんだ。
私は草で治癒することのできる人を見つけて、大勢の前で実演することばかり考えていた。実際に効果を見せた方がなによりも効果があると思っていたから……だけど。
「本なら、私がいなくてもどうやって活用すればいいか一目瞭然だわ……! どこに生えているかとか、どんな怪我や病を治癒するのかもまとめておけば、誰でも草を治癒の手段として使うことができるようになる!」
今日採取してきたものだけではこんな量の本を埋めることはできないと思うけど、庭園の花々、草木、ゆくゆくは森の植物も書いていければ、きっと膨大な量になる。
いつの間にかおばあ様が退室していたことすら気付かないほど、私の胸はドキドキとうるさいほど高鳴っていた。