「失礼いたします、ティアナお嬢様。お茶をお持ちしました」
「ありがとうリリー、そこに置いておいてくれる? またなにかあったら呼ぶわ」
「分かりました」
あれから私は、植物の治癒力を書き留めることに集中していた。
ソフィーのように神殿に出かけたり、同年代の令嬢との交流がなかったのも、ここに来て功を奏したと言ってもいい。これまでは貴族女性として受けていた最低限の教育以外、時間を持て余すばかりだった私に、明確な目的ができたんだから。
あの日集めた雑草はどうにかもう記載し終わって、今は庭園の植物について書き留めている。驚いたのは、野菜として知られているもの以外にも、以外と食べられる植物が多いことだった。
例えばよく道に生えている雑草の中でも、オオバコというものは炒めたり蒸したりして食べられる。半信半疑でリリーに頼んで作ってもらったけど、苦みが口の中をさっぱりさせてくれて、予想よりずっとおいしかった。
オオバコは前の人生でも、森の中で一年中見かけた草だから、食材としても充分活用できる。
「この世の中、魔法が溢れているせいで知らないことが多すぎるんだわ。町なら水一杯は魔法で出せばいいけど、森の中では川から汲んできたり、昔誰かが掘った穴から湧いている水を引き上げたりしていた。火だって、石と金属をぶつけてなんとか作ったりできていたし、本来魔法なんかなくても、この世界はそれなりに回っていけるはずなんだわ。だけど魔法があるから、逼迫した状況にならない限り誰もそんな知恵を得ようともしないし、逼迫したとしても発想がない。……まるで」
まるで、そういう苦労をしたくない人間が、楽をするために魔法を生みだした世界みたい。
一度筆を止め、頭を振る。そんなことはどうでもいい。私がやることは、町の草木と庭園の植物すべてを調べ上げてまずは一冊の本を埋めて、そして。
「自分の意思で家を出て、森へ追いやられた人々にこの知識を広めること」
おばあ様に教えてもらった。有益なものは、求めている人に伝えれば必ず、自然と広まっていく。
この知識を誰が一番必要としているかと問われれば、魔法が使えない人たちだとしか思えない。
そのために貴族という肩書きは、むしろ邪魔だと思えた。
前の人生で私が森の集落に馴染めなかったのは、初対面時、貴族のプライドを捨てきれずに高慢な態度をとってしまったせいもあるけれど──そもそも、貴族というものに強い拒絶感を持っている人たちがいたことも原因の一つのはずだ。
だから私は、自分が魔法を使えないことを知って潔く貴族籍を捨てた少女として、謙虚な姿勢で対面したい。
それにおばあ様が生きていらっしゃる間に出奔すれば、それなりの支度金は渡されるはず。
「前回は賤民だと宣告された直後、わけもわからないまま放り出されたから……服や生活必需品も、ほとんど持って行けなかったのよね……」
住みついた廃墟に、以前住んでいた人が残していたものがあったから、なんとか生き延びることはできたけど。
でも自分から出ていく覚悟を決めておけば、その日に向かって自分で準備を整えていける。
問題は、リリーとのあの約束だった。
「一か月後にリリーを私付きの侍女にするって約束……。もし果たせたとしても、私はすぐに屋敷を出てしまう。それじゃ約束を反故にしたのも同じだわ」
あの約束をした日、私はかなり事態を楽観視していた。
ソフォーラに差別意識なんてない、魔力のない人や貧民を救うことにも協力してもらえると思い込んでいたし、実演すればみんな納得してくれるだろうと思ってた。
だけど植物による治癒は、魔法のように、すぐに効果を見せてくれるものじゃない。遅かれ早かれ、私の甘い思惑なんて打ち砕かれてたに違いないんだ。
どちらにしろ、私はリリーとの約束を反故にしてしまう。
「……夕食のあと、リリーと話そう。仕事が終わったら部屋に来てと言って──私が賤民であることも話して、謝るしかない」